風の刃と風の衣
セントスの街を出て3日過ぎた。
まだセントスの領地内に居るが、これでも分かれ道までは馬車を使ったので少しは早い方だ。
ゼルディア大陸から来た時と違って結構な数の人を見かける、ミューマ大陸の方が活気があるのかな?
「馬車が無いと遠いね。疲れてないかい?」
「私は平気ですよ。あの馬車は快適でかなり速いんですけど、二人きりでの初めての場所の旅って嬉しいですね。」
海が近くにあるので風が潮の香りを運んでくる。
砂浜でもあれば少し遊んでいけるのに……と思いながら見に行ったが見事な断崖絶壁だった。
ただ、景色はすごく良い。遮る物が無いので海が綺麗に見える。
落ちていく夕日が彼女を赤く染めて美しい絵画のように見えた。
「綺麗だ……」
「えっ?」
「ん?」
「幻妖斎様に綺麗と言われたの初めてです。かわいいとは何度か言って貰ってますけど……」
うつ向いて恥ずかしそうに言われた。
そういう意味で言ったわけじゃないんだけど。なんて言えない。
カトリーヌは、かわいいと言う感じで美しいと言う感じではないが気品のある顔立ちだ。
話し方は優しいが活発で僕も元気を貰える、一緒に居て楽しいし笑っているのを見ると僕も嬉しくなる。
婚約もしてるから本当なら抱き寄せてキスをする流れなんだろうけど……。
暫くの静寂が続いた。
「そろそろ晩御飯にしましょうか」
カトリーヌが気を利かせてくれたんだと思う。
そのまま何事もなく翌朝を迎えた。
お昼前には検問所についた。
鎧を着た兵士が数名だけ居るが、やる気も無く立ってるだけで見る感じで弱いのが分かる。
少し気を付ければすり抜けるのは簡単だろう、この検問所って意味があるのか?
獣人のカトリーヌには厳しい検査があるはずなんだけど、何も言ってこない。
槍で地面に落書きをしている兵士に声をかけた。
「ミューマ大陸に入りたいんですけど通っていいですか?」
「あぁ、どうぞ。ここまで来てるんだから問題ないよ」
「本当に良いんですか?通りますよ」
兵士は邪魔ものを追い払うように手で追いやってきた。
念のため、他の兵士にも声をかけたが、気だるそうに通って良いと言われるだけだった。
楽に通れたのは嬉しいのだけど、カトリーヌも「本当に良かったのでしょうか?」と心配している。
エリアマスターのフォーゲルにも聞いているから問題は起きないだろう。
僕たちはドワーフ領のヴィルゲータに足を踏み入れた。
エリアの境なので他人が全く居ない。
セントスに用が無ければ来る場所じゃないから仕方ない。
聞いた話とは違って道はしっかり整備されている。
道標となる板にイルゴルと書いてあるので矢印の方へ、この道を行けばいいのだろう。
歩いていると道から少し離れた所に首の長い生き物がいる。
キリンだよな……ゼルディア大陸では見た事が無いので少し懐かしい。
「あ、ワイルドジラフですわ!生きているのを初めて見ました」
「珍しい生き物なの?僕もグリアで初めて見たけどさ」
「毛皮が珍重されていて、肉も貴重で美味しいと評判みたいですよ。倒しましょう」
「襲ってこないし、魔物じゃないならお金に困ってないし、素材目当てで倒すのは止めておこう。」
「え?ワイルドジラフって、かなり凶暴な魔物だと聞いてますよ」
シュバイツの所で学んだ魔物の書類で確認したら確かに魔物だ。
ワイルドジラフ。
攻撃範囲に入ると素早く走ってきて踏みつけや、尻尾でのなぎ払い、頭突きを行う。
骨は特に硬く武器が折れる恐れもある。
弱点は尻尾で切り落とすとバランスが取れず立てなくなる。
カトリーヌが珍しそうに覗き込んでくる。
「魔物図鑑の写しですか?今度、私にも見せてください。戦ってみても良いです?」
「待って、ちょっと試したい事があるから今回は僕に戦わせてくれるかい」
使うのはもちろん風の刃だ。
契約した時に発動はさせたが威力は見ていないので試しておきたい。
妖精の力は1つしか発動できなず、他者への付与は出来ない。
二刀流の場合はどちらかにしか使えず、風の刃と風の衣の併用は不可。
2つ使用した場合は後から使った方が優先され最初の効果は無くなる。
他人に使えるならカトリーヌの防御に風の衣が使えそうだけど無理なんだよな。
詠唱が必要なので咄嗟の使用には向かないが、慣れておかないと。
右手を前にかざし詠唱を開始した。
「光の風よ、集いて全てを切り裂く刃となれ」
伸ばした右の手のひらに光と風が集約して剣の形になった。
持っている感覚はあるけど重さが全くない、不思議な感覚だ。
エターナルファントムを使ってワイルドジラフに近づいて軽く切り上げた。
皮や肉だけでなく特に硬いはずの骨すらも感覚が無いほどに鮮やかに切れた。
この技……かなりヤバいのでは?
扱い方を間違えると味方にも被害が出そうだ。
風の衣の方も確認しておきたい事があるので使用する。
「光の風よ、集いて全てを防ぐ衣となれ」
僕の体が一瞬、激しく光り風が吹いて消えた。
自分の感覚としては闘気を薄く纏っている感じと似ている。
「僕の体に何か見える?」
「薄い闘気ですか?注意してみないと見えない感じです」
カトリーヌに聞いたらそう答えた。
闘気の扱いが上手い彼女でも注意しないと見えないなら普通の人には見えないだろう。
「最初のは魔法剣ですか?初めて見るタイプです。オーラとも違いますよね?」
「あれは妖精の力だよ。フォーゲルのおかげで使うことが出来るんだ」
「妖精の力ってあのようなことも出来るんですね。もう新しい武器は必要ないんじゃありませんか?」
「この力は、ずっとは使えないんだ。使えなくなる前に何とかしないとダメなんだよ」
ラルドは、「契約期間は私が良いと言うまで」と言っていた。
契約自体が僕の成果ではないので、今この瞬間に使えなくなっても文句は言えない。
ただラルドの話を聞いた限り、しばらくは使えるだろう。
ワイルドジラフは貴重と言っていたのでマリスのポーチに仕舞っておく。
他に魔物は居ないようだった。
カトリーヌはあまり戦う事が好きではないと思っていた。
僕がそう言うと「見た事ない魔物とは戦ってみたいだけです」と返された。
対峙した時に迷わないため、動きや戦い方を知っておきたいそうだ。
確かに情報があると違うからな……さっきはすぐ倒してしまったので参考にならないだろう。
その夜、夜営をしていると物音がしたので僕は武器を構えた。
「あれは魔物では無くて普通のウサギですわ、足を怪我をしているみたいです」
カトリーヌはそう言うとウサギを抱きかかえた。
回復魔法で足を治してあげたけど動物にも効果があるようで良かった、傷までは消せなかったけど。
後で聞いた話だけど、獣人である彼女は獣に好かれやすいそうだ。
「鶴じゃないけど助けたウサギが恩返しに来たりしてね」
「何の話ですか?」
「僕の国で助けた鶴が恩返しに来る昔話があってね」
聞かせて欲しいと言うので、覚えている内容を話した。
ずっと歩きっぱなしだったので疲れていたのか、話の途中で彼女は寝てしまった。
朝、起きたらウサギは居なくなっていた。
あれがイルゴルの街だな。
まだ少し距離はあるけど街が見えて来た。




