契約
僕は妖精の世界に戻ってきた。
真っ白な世界から戻ると景色がある事だけで安心できる。
「シルフは居るか?私の所へ来い」
呟くというより囁いた程度で隣にいる僕でやっと聞こえる程度だ。
少し待つと1人の妖精がすっ飛んできた。
妖精と言ってもピーフェや来た時に会った妖精より大きい。
かなり息を切らせているので大急ぎで来たんだろう。
「この人間と契約してやれ、期限は……そうだな、私が良いと言うまでだ」
いきなり契約とか言われてるけど、何の事だろう?
妖精に名前は無い、ピーフェが言っていた言葉を思い出した。
「待ってください、契約って何ですか?それに妖精には名前が無いんじゃ?」
「良く知っているな、上位妖精のみ名前がある。契約とはシルフの力を借りることが可能になるだけだ」
「闇属性のレイスに友達が居るんですがシルフさんって光属性ですよね?問題は無いですか?」
「属性とは光と闇どちらを信仰するかの違いだけ。双方と契約することも可能で問題は無い」
反射的にピーフェを友達と言ってしまった。
「闇の領地に行きたがっていたのはそう言う事か。行ったとて名無しのレイスを探し当てるのは、ほぼ無理だろう」
「ピーフェって名前を付けたんです。呼んだらきっと……」
ラルドはピーフェと言う名前を聞き少し考えこんでいた。
「妖精に名前を付けたか。面白い人間だ。だが今回は諦めろ」
僕が妖精界に居るのは特別なのでやはり闇の領地へはいけないそうだ。
聖魔戦争なら好きに動けるが他属性の神が入ると動揺させてしまうらしい。
聞くと神が妖精に用事があるときは神の世界に呼び出すのが通常なのだという。
神が妖精界に来ること自体がほぼ無いようで光の領地では少しざわついているようだ。
契約と言ってもシルフから出た光が僕に当たって終わった。
説明はラルドがするので帰って良いと言われ安心した顔で帰っていていく。
シルフの力を借りると強力な風魔法を使えるそうだ。
もっとも、神龍の涙を飲んでいる僕にとっては必要はない力だと言われた。
それなら必要ないのでは?と思ったが(風の刃)と言う力が有効だろうと言うのだ。
妖精の力を武器に纏わせ強化するというオーラや魔法剣と同じではないかと言う力だ。
実際は雲泥の差で、オーラや魔法剣は武器に纏わせると武器自体に負荷が掛かり破損する事もある。
風の刃は武器に負担が掛からないどころか武器に風属性が浸み込んで強化されるという。
オーラなどは刀身を覆うので長さが変わらないが、風の刃は短刀を長剣や槍のように扱う事も可能なようだ。
最大の利点は素手の状態でも剣の形を作って攻撃する事が出来るという事かな。
問題なのは魔法ではないので詠唱が必要と言う点だけ。
「光の風よ、集いて全てを切り裂く刃となれ」
短いしこれ位なら何とかなるだろう。
「この技は妖精の力なので神には効果が無いから気を付けろよ」
魔法やオーラなどの人類の力は効果があるようだ。
魔法以外の妖精の力は神に使っても吸収されてしまうらしい。
風の衣という防御の力もあるらしいが不死の僕には無意味だろうと言われた。
「お前のポーチの中に聖なる装備があるようだが、それも故意に使用していないのか?」
聖なる装備?
もしかしてシュバイツから貰った杖をコートかな?
取り出して見せてみた。
「神樹トネリコと不死と龍の力か。珍しい物を持ってるな。」
「杖は打撃に向かないですし、短刀の時にコートは動きにくくて使ってませんでした」
「トネリコの枝やコートは魔法親和性が高い、コートは防御にも優れてるぞ、常用して慣れろ。」
神が珍しい物と言うほど凄いものだったのか。
ん?でもコートってサイクロプスの攻撃で穴が開いてたぞ?
「新しい短刀が見つかるまでは魔法主体の方が良いのかなぁ」
「その杖でオーラや魔法剣を使えば良いではないか?通常使用で壊れる心配は皆無だと思うぞ」
「コートにもオーラって関係あるんですか?」
「そのコートにオーラを纏わせたら人型の神の攻撃程度なら防げると思うが何も知らないのか?」
ため息をつきながら髪をかき上げ可哀そうなものを見るような目で見つめられた。
シュバイツにしたら神と戦うときのために用意してくれたのかも知れないけどその効果は知らなかった。
「ラルドさん、あなたが神様なのは疑いないですが僕にそこまで協力してくれる理由は何ですか?」
シュバイツにも聞いたけど直接神に聞いてみたい事だ。
協力的すぎる、ラルドは当初は僕に対して攻撃までしようとしてきた。
「私としてはお前が元の世界へ帰還することを内心は望んでいない。言い方は悪くて済まないが大厄災を終わらせる道具として利用したいからだ」
間髪を入れず答えた。
「チェインを解いたものが邪龍を倒せることが前回分かった。神は地上の争いに手を出せない決まりなのでな」
師匠が倒したという話だったな。
しかし武神と言われる師匠まで道具扱いか……。
「先ほども言ったが私はグリアの神だ、グリアの民の安寧を願っている。そのためにお前が帰ると困るのだ」
身勝手すぎる気もするが神として人類を守る方法があるなら手放したくないという事は分かる。
自分に「様」を付けなくて良いと言ったのも僕が異世界人でグリアの民として見ていないからだろう。
「だがそれでは意味が無い。自分の世界に戻れないことを憐れみ帰還を願う気持ちも嘘ではない。お前に判断を任せることにした、そのための助力だ」
帰還を無理矢理に止められても邪龍を僕が倒しに行かなければ居ないのと同じことだ。
意味が無いという事はそう言う事だろうか?
ラルドには……いや、グリアに住む人々にも悪いが僕は帰りたい。
カトリーヌはいつか死ぬ、不死では無いのだから当たり前のことだ。
愛している人が死んで消えた世界は悲しすぎる。
彼女が生きている間に日本へ戻ってお互い別の世界で幸せに暮らしていると思って生きよう。
それが僕たちの出している結論だ。
幸いなことに獣人の寿命は180年前後らしい。
まだ150年近くはあるから何とかなるのではないか?
「ラルドさん、それでも僕は帰りますよ。力ずくで止めますか?」
「帰還を願うのも、民の安寧を願うのも本心だ。両方が叶わなくても、どちらかでも叶うなら止めはしないよ。」
「僕が居なくなっても師匠……武神やフォーゲルが居るから大丈夫では無いですか?」
「そうだな……」
なぜかラルドは悲しそうな顔をしている。
その理由を聞こうかと思っていると再び歩き出し妖精界の案内をしてくれた。
雰囲気も分かってセントスに戻る。
「帰って来ないから何かあったのではと心配してましたよ」
カトリーヌが僕を見て嬉しそうに抱きついて来た。
いろいろあって時間感覚がズレていたのか1日過ぎていたようだ。
ラルドの正体は隠して妖精界の話をカトリーヌにすると喜んでいた。
僕の絵画の才能は皆無なので写真とかあればいいのだけど存在していないので仕方がない。
高校の時に描いた絵を幼稚園児が書いたかと思ったと言われた下手さだ。
「フォーゲルさんが『塔に居るので1人で来い』と言ってました。感想を聞きたいとか言ってましたけど、私はまたお留守番ですね」
「では、私と食事でもどうですか?ドワーフが料理している店がありますよ」
ラルドがカトリーヌを誘ってくれた。
ドワーフの料理と聞いて楽しそうにしてる。
西と東の大陸でそんなに違う物なのかな、僕も少し食べてみたい。
この2人どんな会話してるんだろう?
いろいろと気になるけど塔に向かわないと。
僕は急いで塔の方に走った。




