緩衝地帯セントス
「本当ならもっと長旅でも良かったんですけどね」
カトリーヌは少しだけ残念そう。
実はもう緩衝地帯セントスのエリア内を馬車で移動中だから仕方ない。
獣人の国ステルドの街シルマはゼルディア大陸の南東方面に位置している。
西の大陸ゼルディアからセントスへの道は2か所あり1か所がシルマの南東にあるので入り口には数日で着いた。
この緩衝地帯セントスは西のゼルディア大陸と東のミューマ大陸を結ぶ唯一の陸地になっている。
もちろん船は存在していて海路での移動もかなり無理をすれば出来るそうなのだけど利点が無い。
近海は問題ないが少し離れると大型船でも即沈没させられるほど凶悪な魔物が多数生息しているからだ。
聖魔戦争へのゲートがある場所になっていて種族問わず集まる場所になっている。
そのため東西の大陸でこの土地の覇権を争っていた時期もあった。
各大陸内の種族の争いもあり、争いの種を減らす意味で緩衝地帯とすることに決まった。
それ以降、独自の文化で発展を遂げ今に至っている。
エリアの境に広場があり検問所と言ってるが掲示板の内容を確認してから入れと言われるだけだ。
エリアから出る際に人間以外は自分の種族の大陸ではない方に行く場合は厳しいチェックが入る。
人間にチェックが甘いのは人間だけが両大陸にエリアがあるからと言われている。
内容は前日聞いた話とほぼ同じ。
魔法は使えない。
犯罪者であってもセントス内に居る間は保護される。
セントス内で起きた犯罪はセントス内で裁く。
エリアマスターの意思・意見は絶対。
中立な独裁国家と言う感じか……。
僕の場合はここでも魔法が使えてしまうからそれだけ気を付けないとな。
街道はしっかり整備されている。
人通りはほとんど無いのが気になる……。
「聖魔戦争の登録はどうします?私はあまり参加したくないですけど……」
カトリーヌが不安そうに聞いて来た。
チェイン内容は他言ないけど僕は参加しないと駄目だからなぁ。
「帰還するために参加する必要があるけどカトリーヌは参加しなくて良いよ」
彼女が強いと言っても危険な場所に連れて行くのも悪いし、僕も心配だから。
それにピーフェみたいな強さを相手に1000体倒す必要があるんだよね。
「でも妖精の世界に行ったらピーフェと会えるかもしれないですよね」
確かに会えるかも知れない、だけど観光に行く訳でないからなぁ。
「聖魔戦争がどんなものか分からないけど戦争だから危険だよ、帰って来るって言ってたから信じよう」
そうですね、と納得してくれたようだけど参加したら妖精を倒さないとダメなのでカトリーヌには辛いだろう。
僕も辛くないと言えば嘘になるけど。
少し遠くの方に結構大きくて高い建造物が見える、あれが言ってた塔かな?
あの辺りが中心部って事になるんだよね?
壁も無くて街自体も開放的に見えるし思ってたより活気がある。
入り口の広場に馬車を止めて少し散策することにした。
他のエリアと変わらず商店なども普通にある。
「私、セントスには初めて来たんですがいろいろ商店があって人も多いですね」
「東西の大陸を自由に往来することが出来ないので経済的に反映してるんだと思うよ」
争いを無くすための緩衝地帯としての役割が貿易に要となっているんだろう。
人間やエルフも居るしあれがドワーフか。
初めて見るけどイメージしてたままって感じ。
あとは小人族と亜人か。早く会ってみたい。
「ひったくりだ!誰か捕まえてくれ!」
ドワーフが道に倒れて叫んでいる、誰も捕まえようともしないが治安は良いとか言ってなかったか?
「逃がしませんよ、盗った物をその人に返してあげてください」
カトリーヌが仁王立ちで相手を威嚇している。
僕も横に立って相手が逃げないように間合いを詰めていく。
ギャー!と言う叫び声を上げてひったくりの両手が手首から切断されている。
「セントス内で人の物を盗む手など要らない。騒がせたな。盗られた物はこれだけか?」
褐色の肌の女性が荷物をドワーフに返してあげているが、手首から切断はやりすぎじゃないか?
街の人はそれを見ても全く反応しない。
「そこの人間と獣人、見ない顔だな。ケガはなかったか?私はラルド。セントスの治安を担当している者だ」
「ラルドさん!いくら何でも手を切るのはやりすぎですわ」
「ここは他国と違う。規則に従って処理するだけだ。気に入らないならさっさと出て行く事を勧める」
「でも!」
「意見するのか?私の説明が聞こえないならそんな耳は必要ないし、理解出来ないならその頭も要らないな」
ラルドは剣を抜いてカトリーヌに切り掛かる。
ガキン!僕は反射的にその攻撃を受け止めていた。
貰っていたオリハルコン製の武器のおかげで手は無事だった。
武器と言っても格闘用なのでグローブみたいな感じだ。
「お前も邪魔をするか人間!」
明らかな戦闘態勢なのに気配や殺意を感じない。治安担当と言っていたから戦うと犯罪者にされるんじゃないか?
「ラルド、そこまでだ」
1人の人間が突如現れてラルドが敬礼している。
「その男は俺の知り合いだ。セントス内でそいつが何をしても見逃す事とする。女の方も今回は見逃せ」
優しそうな瞳の青年は知り合いと言ったけど誰だ?
「俺はそこに見える塔に居る。後で必ず来い」
そう言い残して男は忽然と消えた。
「お嬢さん、セントスの中では正義感を出さない方が身のためですよ。」
ラルドと言う女性はそう言い残して去って行った。
「助かりました、幻妖斎様。先ほどの紳士はお知り合いですか?」
「セントスに知り合いは1人だけ……仮面が違うけどフォーゲルだと思う」
「武闘大会の時と雰囲気が全く違って優しそうな方でしたね」
確かに雰囲気が違いすぎて最初は誰か分からなかった。
セントスって魔法禁止のはずだよな……。
「あのラルドって人、魔法使ってたけど何故だろう?」
「魔法?攻撃は早く鋭いですけど魔法攻撃はしてないですよね?」
「攻撃の時に気配を……殺気さえも感じなかったんだ。多分魔法で気配などを完全に消していたと思う」
「魔法禁止結界が張られてありますし幻妖斎様の勘違いではないですか?」
一瞬だったし勘違いかもな、魔法が使えるなら他の人も使ってるだろうし。
ひったくりの被害にあったドワーフからお礼を言われた。
彫金細工で良い職人を知らないかと聞いてみた、ちょっと作ってもらいたい物があるんだよね。
彫金細工ならドワーフよりも小人の方が得意で良い職人も多いと教えて貰った。
ドワーフにも居るけど細かい作業は小人族の方が上手いそうだ。
「このままセントスに滞在せずに早く出ませんか?危険そうですし不安ですわ」
「それはやめておくよ。必ず来いと言われたし一度塔に行く。」
「でも……」
「エリアマスターの意思は絶対だと言われてるし、セントスを出る検問で問題が起きるとマズいからね」
フォーゲルはさっき「女の方も今回は見逃す」と言っていた。
このまま出ようとするとカトリーヌの命が危ない気もする。
武闘大会を去るときに、勝てる力を付けて会いに来いと言っていたはず。
それがセントスに入るなり必ず会いに来いと言うのは何か理由がある。
中央にある塔まで歩いて行くが近づくにつれて人がどんどん居なくなる。
遠目で見ると新しそうに見えたが年季が入っているな。
塔の周りに人影は全くない。
パッと見た感じ、入り口らしい場所が見当たらないんだけど。
とりあえず近くに行って入り口を探すことにした。




