ライオネルクロー
「俺っち今日からしばらくの間、妖精界エッセンに帰る。理由は……聞くな」
「何故ですか?私たちが怒らせるような事をしましたか?」
カトリーヌが早口で問いかける。
「違うよ。さっきも言ったが理由は聞かないでくれ。すぐまた帰って来るさ、心配すんな」
ディールから屋敷に来て欲しいと伝言があった。
ピーフェは留守番していると言っている。
「僕たちが帰るまではここに居てくれよ」
その問いかけにピーフェは寂しそうに「おう」とだけ返事をしてくれた。
屋敷に着くと入り口で轟鬼が待っていた。
案内されて中へ入ると広間に細マッチョなオジさんが佇んでいる。
「ここは公式の場じゃないから普段通りで行くぞ。紹介しよう、俺の弟の獣人族長アルベール・ライオネルだ。隣が息子のスピリエ」
アルベールとスピリエがこちらに向かってお辞儀をしてくれた。
「そして、こいつがカトリーヌの婚約者で武神の弟子の流 幻妖斎だ」
まさか族長が来ているとは知らなかったので慌てて僕もお辞儀をした。
「初めまして、流 幻妖斎と言います。カトリーヌさんと婚約させていただいてます。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」
獣人族の礼儀とか全く知らないが挨拶はこんな感じで良いのかな?
「お久しぶりです。アルベール叔父様が首都グリオベーゼを離れるなんて珍しいですね」
カトリーヌが挨拶をして抱きついている、挨拶なのか?
「ハハハ、息子が獣化しゴブリンキングと倒したと聞き慌てて転移魔法で来たのだ」
やっぱり理由はそれか、年齢的にもかなり珍しいらしいからお祝いしたくなるよな。
「幻妖斎殿、そなたに確認したい事がある」
アルベールが確認したい事とは3つ。
本当にゴブリンキングを息子が単独で倒したのか?
息子が獣化した時に光の竜が空に舞い上がったと言うのも本当か?
僕の本当の目的は何か?
丁寧に説明をしていった。
ゴブリンキングを単独で倒したのは僕とカトリーヌ、さらに兵士の全員が確認している。
光の竜に関しては僕が使用した技であることを説明する。
スピリエは「俺が言った通りだったでしょ。竜の化身とかじゃないんだって!」と言っていた。
兵士たちが「獣化するときに体から光の竜が上空に翔けて行った、スピリエは光の竜の化身だ」と騒いで本人も困っているらしい。
最後の問いの答えは最初から決まっている。
「目的は元居た世界に戻る事です。その目的は初めから今まで微塵も変わりません」
「幻妖斎様が元の世界に戻るには叔父様の許可が要るのです、認めてあげてください」
しばらく沈黙が続いた。ほんの数秒だと思うが時間が止まったように感じた数秒だ。
「良いだろう。獣人族長、アルベール・ライオネルは幻妖斎殿の帰還に異議はない」
カトリーヌもこれでほんの少しだけど帰還に前進できたと喜んでくれている。
「ただし、少し条件がある。条件ではないか……願いの類だな」
願いと言うのはカトリーヌを悲しませないで欲しいと言う事だけだった。
彼が言うには婚約も帰還も許可するつもりはなかったと言う。
族長に会うため姪を利用していると思っていたが兄である轟鬼からそれまでの経過を聞いて心が揺らいだ。
だが元の世界に帰ってしまうと孤独になり悲しい思いをする、帰れないと愛する者の願いが叶わず悲しい思いをさせてしまう。
「お前が認めなければカトリーヌの笑顔が俺たち兄弟に向けられることは二度とないはずだ。幸せとは他者から強要されるものではない」
悩んでいた時に轟鬼のこの言葉が決断の決め手になった。
「安心してください、叔父様。共に生きていく中で悲しい思いをする事があっても私が不幸になる事はありませんわ」
僕が答える前にカトリーヌがこう答えてアルベールは納得したようだ。
スピリエがアルベールに突然話しだす。
「俺、セリアージュと結婚したい。自分の気持ちに昨日気が付いた。反対しないよね?」
「族長の妻と言うのは大変だぞ、セリアージュにその覚悟はあるのか?そしてお前は彼女を守れるのか?」
「あいつには説明した。俺もサポートする。もっともっと強くなって絶対守るよ!」
結婚の許可はすぐ出た。
轟鬼が「かわいい甥っ子のためだ俺が鍛えてやる」と言っていたのでこれから大変だろう。
この後はどこへ向かうのか聞かれた。
武器の短刀が1本砕けたのでドワーフの国へ行こうと思っていると答える。
「カトリーヌは冒険者なので問題ないと思うが念のため通行許可証を発行しておこう」
通行許可証?ドワーフの国ってそんなものが要るの?
不思議に思ったので聞いてみたら「異世界人だから知らなくても仕方ないか」と教えてくれた。
東西の大陸を結ぶ要所の緩衝地帯セントスから、来た大陸と違う大陸へ入る際に人間以外は厳しい審査がある。
Bランク冒険者なので基本的に問題は無いが念のためと言う話だ。
ドワーフと小人をこっちの大陸ではほとんど見ないのそれが理由だと言う。
セントスに関して忠告された。
小さなエリアで中心部に塔があり繫栄している。
エリア内では魔法禁止結界が張られていて魔法が使えない。
ならず者や各国の犯罪者が逃げ込む場所だが、どの種族も手を出せない。
治安は安定していてセントス内で犯罪を犯さなければ問題ない。
セントスで各国の犯罪者を見かけても手を出すとこちらが犯罪者となるので気を付けろと言う。
街には(ヱーヴェの階段)と言う上っても何もない階段がある。
聖魔戦争に参加する場合は階段の横にある台座に手を触れておくと開催されるとき強制転移されるそうだ。
用事が無ければサッサと抜ける方が良い場所だ、と強く言われた。
緩衝地帯セントスか。
フォーゲルがエリアマスターを務めていて族長会議が行われていると言われている上に聖魔戦争の参加場所になっている。
僕の帰還にとって重要な場所だとは思う……が今はあまり関わらない方が良い。
族長会議には関われない、フォーゲルに今はまだ勝てない、聖魔戦争も行われていない、もっと力を付けてからだな。
轟鬼に砕けた短刀を見せてくれと言われ渡すと「やはり魔鉄製か」と言っている。
「短刀1本では戦いにくいだろう。ジジィの弟子なら格闘も得意だろ、これをやるから使え。オーラも問題ないはずだ、斬撃なども防ぐことだ出来る。」
手甲のようなものを投げて来た、ライオネルクローと言う名前だと自慢された。
「宮殿の倉庫からオリハルコンを持ち出してドワーフに頼んで造った。若気の至りのおかげで親父に殺されかけたが……」
さらっとオリハルコンとか言ってるけど流石に貰えないだろう。と遠慮して断った。
魔鉄以上の強さはオリハルコンでしか出せず、現在はほぼ流通していないと言う。
魔鉄はオーラにある程度は耐えるが強すぎると今回のように砕けてしまう。
「娘の夫の武器がポキポキと毎回砕けていては真面な武器も用意できないとライオネル家の恥になるからな」
ドワーフに頼んで、これを短刀に作り変えろと言われ半ば無理矢理渡された。
ライオネル家のと言ってはいたが多分僕のためだろう。
族長引退しているから宮殿から持ち出したものを僕へ渡す理由に過ぎないと思う。
僕はカトリーヌの事が好きだ。
叶わないが連れて帰ることが出来れば一緒に帰りたいと思ったこともある。
帰還方法はチェインを解除して不死で無くなった後に死に匹敵する外傷を受けるだけ。
シュバイツは、肉体生成分のエネルギーと魂を転移させると言っていたはず。
これだと今の肉体は死体としてグリアへ残ることになる。
グリアに住む人は僕が地球に戻れたかを知る方法が無い。
チェインを解除して帰還するために他人の前で死に匹敵する外傷を受ければ死体だけが残り帰れたか分からない。
だからと言って誰にも見つからないように行うと愛する人が突然消えた悲しみだけが残る。
悪態をついて嫌われ別れるようにしても結末を知れば結果的に悲しませてしまう。
僕が望む日本への帰還と言う結末はどの方法を取ってもカトリーヌを悲しませてしまう事になるんじゃないか?
以前カトリーヌにその話をしたら「何も分かってくれてないんですね」と少し怒られた。
宿に帰るとピーフェの姿が無い。
小さな文字で「顔を見ると寂しくなるからまたな、すまん」と書いた紙が木の実の下に敷いてあった。
僕とカトリーヌは明日、出発する。
前に作って貰った豪華な馬車でセントスへ。




