ゴブリン集落討伐の見学
「幻妖斎殿!あなたでも闘技場内での私闘は大問題になりますよ。ディール、直ちに身柄を確保し連行せよ」
メルディスが語気を強めて命令する。
え?こんな事になるとは、ただ言い逃れは出来ないので着いて行くしかない。
「待て!これは男同士の勝負だ。その男を連れて行くことは俺様が許可しない」
「うるさい、その男も連行しろ!」
メルディスはそう言い放った。
まぁ、そうなるよね。グリアでも喧嘩両成敗と言う感じか。
「その声、スピリエだよね?こんな所で私の婚約者に絡んで何してるのよ、どうせ負けて拗ねてるんでしょ」
カトリーヌの知り合いだったのか、ちょっと悪いことしたかな。
「姉ちゃんの婚約者が人間だなんて親父が認めても俺は認めないからな!」
メルディスたちが整列して敬礼している。
姉ちゃんって言ってたな。カトリーヌの弟って事は轟鬼の息子か。
とりあえずヒールで怪我を治してあげる。
「ヒールなんてしなくても良かったのに。そもそも幻妖斎様に勝てるわけが無いでしょ!」
スピリエがうつむいて黙っている、弟には厳しいのね。
「今の勝負は引き分けだよ、攻撃は稚拙だけど頑丈さは轟鬼殿の息子なだけあって一流だ」
彼は負けを認めてないし決着つく前に止められたから引き分けで良いよね。
「俺の親父はダグラス叔父様じゃないぞ、アルベールだ」
ダグラス叔父様?アルベールって確か族長の名前……。
「今日は引き分けで許してやるよ。でも婚約は破棄させるからな」
こう言い残して走り去っていった。
ディールたちが慌てて後をついて行く。
彼はスピリエ・ライオネル。
まだ14歳でカトリーヌとは本当の姉弟のように育ったようで仲は良いと言う。
現族長の息子という事で部隊の指揮権で言うと轟鬼よりも上位になるそうだ。
叔父の轟鬼の強さに憧れて弱い存在を守る強い族長になりたいと言っているらしい。
ただ、まだ弱いのに強い気で居るので部隊の大人からは(虎の威を借る猫)と揶揄されていて本人の耳にも届いているようだ。
「私の幸せを願ってくれていて悪い子では無いのです。最強の男と結婚して欲しいと言ってましたから」
人間は非力で弱いというイメージが定着しているから仕方ないのかな?
心配なことがある。
かなり激しく何度も殴りつけて怪我までさせてしまったけど……。
普通に考えればそれだけで婚約破棄させることが出来そうな気もする。
メルディスに事の顛末を説明した。
連行は許可しないと言われたので無罪放免になった。
スピリエがシルマに居た理由は厄災が起きた時に視察に来ていた為らしい。
厄災の間は毎日、街に出て人々に声をかけて安心させていたようだ。
獣人にとってライオネルと言う家名はそれだけで勇気を貰える存在なのだと言う。
宿に戻りカトリーヌとこの後どうするか相談している。
予定ではシルマから首都に向かって轟鬼とアルベール族長に挨拶するつもりだった。
「予定を変更する必要は無いと思いますわ。スピリエの事は無視しておけば良いのです」
そうは言っても族長の息子だからな、この辺りの対応の仕方を間違えると大変なことになっても困る。
明日メルディスに相談してみることにした。
「その事でしたら何も心配はいらないです」
翌日、相談に行ったらメルディスがそう断言した。
仮定ではなく断言したのはスピリエ本人が「勝負だから問題にする気は無い」と言ったのだそうだ。
その代わり今日、魔物の討伐にスピリエと共に行って欲しいと言われた。
少し離れた場所に小さなゴブリンの集落が出来ていて今のうちに壊しておく必要があるようだ。
「戦闘自体に参加する必要はなく後方で見ているだけで良いそうです」
どう言う事かと聞いたら、「兵を指揮して魔物を倒すことで威厳を見せたいのでしょう」と教えられた。
一応、スピリエの護衛もかねての参加かと思ったが、それも必要ないと言われた。
ゴブリン程度なら問題ないので新兵の要人護衛訓練も兼ねているのだと言う。
確かに実践経験を積むなら安全な段階からなれる方が良いだろうな、という事で着いて行くことになった。
ピーフェは「あいつ好きになれないし、ゴブリン討伐なんて退屈だから宿で待ってる」と言って戻っていった。
討伐へと向かう部隊に隊長クラスが居ないし緊張感が無い。
その上、スピリエは女性を連れてきている。
ゴブリン相手とは言っても油断しすぎではないか?
「カトリーヌ様、お久しぶりです」
女性がカトリーヌに声をかけて来た。
「あれ、セリアージュちゃん。こんなところで何をしてるの?」
「スピリエに……じゃなかったスピリエ様に召し抱えていただいて身の回りの世話をしてます」
そう言うとスピリエの所へ走って行った。
セリアージュと言う女性はスピリエの幼馴染でよく遊んでいたようだ。
スピリエが彼女に片思いをしているようで指揮する姿を見せ気を引きたいのだろうと言っていた。
そんな理由で惚れてる女性を戦場に連れてくるのもどうかと思うぞ。
まぁ、それだけ安全だと言う事だろう。
メルディスやディールは戦場に無関係の非戦闘員を連れて行くことに猛反対をしたようだ。
族長の息子には逆らえないんだろうな……。
1時間ほど行軍を続けているがまだ集落につかない。
街道から少し離れていて畑が点在している。
耕作放棄地かと思ったがそうでは無いようだ。
作物が荒らされているが厄災の弊害だと教えて貰った。
「厄災の時は街道付近も魔物が出ますから作物は諦めるしかないのです。冒険者に世話や収穫をお願いは出来ないですからね」
少し寂しそうにカトリーヌが呟いた。
「それならスピリエたちに頑張って貰ってゴブリンを早く退治して元に戻さないとね」
そう言った僕に彼女は頷いた。
街道を外れて報告があった場所へ着くと学校の体育館くらいの大きさの集落がある。
見つけた集落は結構大きいと思ったがカトリーヌは「まだ小さくて良かった」と言っている。
これで小さいのか。中にはパッと見て100体前後のゴブリンが居るが部隊は50人しかいない。
「敵の数が多いんじゃないか?僕とカトリーヌも参加した方が良いのでは?」
スピリエに伝えてみたがこの数なら問題ないと相手にしてもらえない。
「逃げられると厄介なので反対側に行って集落から逃げるゴブリンが居れば退治して欲しい、頼めるか?」
僕たちは集落の反対側に移動した、スピリエは2名の兵士と共に正面から逃げるゴブリンを倒すそうだ。
集落の反対に移動するとき見た兵士の顔は精悍だった。
「一匹も残さず打ち取れ!討伐作戦開始!」
号令と共に兵士が一気に突入する。
乱戦……かと思ったが3人組で敵を確実に倒していく。
組と組の連携も取れていて死角を互いにサポートしている。
個々もそこそこ強くて剣の扱いも上手い人が多い。
部隊の戦闘を見るのは初めてだけど新兵と言っても流石は兵士だ。
外周から囲って倒していくので逃げだすゴブリンは居なかった。
「新兵と言っても護衛隊や警備隊は冒険者ならDランク位の強さはありますからね」
確かに弱いと任務が務まらないからかなり鍛えてあるんだろう。
みんな片手剣で戦ってるけど格闘の人が居ないし、なんで獣化して戦ったりしないのかと思った。
「獣化って誰でも出来るわけじゃないですよ、一定の強さと言うかエネルギーが無いとダメなんです。獣化できれば部隊長になれる位ですね」
それは知らなかった、獣人は全員獣化できると勝手に思ってた。
何歳で獣化したかも強さに係るようで最年少は轟鬼の12歳、アルベールは17歳の時で17でもかなり早く、通常は20歳超えないと獣化できないのだそうだ。
カトリーヌも獣化できるのかと聞いたら顔を真っ赤にして怒られた。
「獣人の女性にその質問は絶対ダメですよ!これは絶対ですから忘れないでくださいね!」
ここまで強く注意されたのは初めてだった、すごい剣幕で言われたので注意しよう。
ゴブリンも残り20体位になっているのであと少しで終わりそうだ。




