射撃大会の戦士隊長
翌朝、広場に結構な人が居る。
2人で出かけると3メートル四方の区画に分かれて複数の射撃場がある。
手前の台に弓が置いてあって、少し大きいけど祭りの縁日の射的の弓バージョンだな。
広場入り口で券を購入して好きな場所で券を渡して参加するタイプだ。
バラ売りと5枚10枚があるが割引などは無いし余っても返金不可と言われた。
とりあえず10枚購入しておく。
どの区画でも難易度は同じだそうだ。
違うのは背景だけで湖だったり荒野だったりいろいろな場面が書かれている。
そうは言っても、この背景が職人渾身の絵で写真と間違えるような出来栄えで驚いた。
カトリーヌがやってみたら510点だった。
「弓も矢もオモチャですけど精度は良いですね、ただ子供向けなので強く引くと壊れそうで力加減しながらだと軌道がズレて当てにくいです」
試しに僕もやってみたが515点で確かに大人にはちょっと難しい。
「あれ?あなたがたは……先日は失礼しました」
突然声を掛けられたけど誰だっけ?
カトリーヌがトリアーグの宿でお会いした方ですと教えてくれた。
「あーあの酔っ払いの……すいません、ご隠居さんといた人ですね。今日はお1人ですか?」
「改めましてマールです。主のジオルグは『散策してくるから子供はここで遊んでいろ』と銀貨10枚渡してどこかに行きました。いつもの事です」
少しあきれた感じで言っているが表情を見ていると尊敬してるんだろうなと言うのが分かる。
ここなら確かに子供が遊ぶのには良いかもね、商品でお菓子や飲み物もあるし。
年齢を聞くと26歳らしい、子供だと思っていたが普通に成人だった。
せっかくなので少し一緒に回ることにした。
マールは楽しそうに会場を回っているが弓の腕前がすごかった。
構えも綺麗だし500-600点を毎回とれている。
カトリーヌも600点は越えたけど周りを見ていると大体300点くらいのようだ。
僕は慣れてきて720点までは取れた。
お昼を過ぎた頃、マールが「主が帰ってきました」と言って走って行く。
さすがに今回は酒は飲んでいない、改めてみるとカッコいいな。
エルフって美形が多いけど歳をとってもハンサムなのが分かる。
マールが僕たちを紹介してくれてトリアーグの件を話したが本人は覚えていないようだった。
部屋を間違えるくらいに泥酔してたし仕方ないか、僕もマールに声を掛けられなかったら分からなかったし。
「この方たち、弓の扱い上手ですよ」
マールがそんな事をいうからジオルグから「俺と遊びの勝負をしようじゃないか」と言われてしまった。
勝負と言っても負けた方が今晩のご飯を奢るというだけの内容だ。
方法は隣り合った区画で同時に開始して点が高い方の勝ち、同点の場合は早く撃ち終わった方の勝ちとシンプルだ。
遊びと言っても勝負に負けるのは悔しいから勝つ。
空いている区画を選んで券を渡して開始する。
何度かやってみて大体の感じは分かっているし、ジオルグは過去はともかく今日はこのオモチャの弓は初めて打つだろう。
狙いを定めて打つ、それを繰り返す、相手の方を見る余裕はない。
昔から本番には強いタイプではあったけど久しぶりに実感した。
満点だ。これで負けは無いな。
「幻妖斎様、負けてしまいましたわ」
カトリーヌがそう言うので何かの間違いじゃないかと思ったがジオルグも満点で僕より早く撃ち終わっていたそうだ。
受付の人が驚いている中、「よし、俺の勝ちだ!食事行くぞ」と引っ張って行かれる。
まだお昼過ぎですよと言ったら今から夜までお前の奢りで飲むと言われてしまった。
連れて行かれたのは以前、雪村たちと会った特別個室のある食堂だった。
マールが「ここはかなり高い店では」と言っているがジオルグはお構いなしだ。
ジオルグが酔って他の客に絡むとマールがかわいそうだし個室が空いていたのでそこにした。
「俺には酒だ、マールはいつものジュースで良いな、お前たちは飲むなら自分で頼め。あと特別コース4人分」
メニューも見ないで注文したぞ。しかも特別コースと名前聞いた瞬間にマールの顔が不安そうだった。
カトリーヌは少し飲めるというので料理に会うという事で店員がお勧めた葡萄酒を頼んだ。
マールってジュースで良いの?と聞いたら「ジオルグ様が酔うと後が大変なので私は飲まないようにしてます」だそう。
僕とカトリーヌは自己紹介をしたら、Bランクの冒険者と知って驚かれた。
次々に運ばれてくる料理の美味しさと豪華さに正直驚いた。
グリアに来て今まで食べた中で一番美味いな。
「ジオルグさんの弓の腕前には感服しました、僕は勝ったと思ってましたからね」
そう言うと「エルフだから弓は得意なんだ」とちょっと自慢気に言っていた。
エルフは森で獲物を捕るため弓が上達するらしい、近接武器だと枝に当たったりして危ないからだそうだ。
「こう見えても俺は過去には戦士隊の隊長も務めてかなり有名だからな!」
自慢げに言っているがかなり有名って言ってもあの広い会場を歩き回っても誰も反応しないから話半分に聞いておこう。
ただ弓の腕前だけは確かだと思う。
「戦士隊って言うのは大厄災の時にだけ編成される特別部隊で正体がバレないように仮面で顔を隠して戦う部隊だ。俺は前回、前々回とその前とその前の4回の大厄災を戦士隊長として参加している」
そう言うと懐から模様の入った仮面を取り出し懐かしそうに見つめている、この模様は妖精の加護を祈るエルフ独特の模様らしい。
大変な生活を送っていたんだな……隠居して平和を満喫しているのも悪くはないのか、と思っていた。
「それで……だ。ここの飯を奢ってもらう礼にこれをやるよ、大事にしろ」
そう言って仮面の裏に何かを書いてこちらに無造作に投げて来た。
「そんな思い出の詰まった大事なものを頂くわけには」
そう言ったら、「まだあるからな」と言って数枚の仮面を出してきた、この人もマリスのポーチ持ってるのか。
「その仮面なら私も頂きましたよ、荷物になるので実家に置いてきましたけどね。戦士隊の話が始まったら酔ってきた証です」
マールがそう耳打ちして教えてくれた。
カトリーヌは「戦士隊って初めて聞きましたわ」と言っていた。
もしかして詐欺みたいなものか?
仮面に書いた文字が読めないのでカトリーヌに聞いたけど、各種族特有の文字は他種族に判別できません。と言われた。
「カトリーヌちゃん見てたら娘に会いたくなってきたから5年ぶりに会いに帰るかな。人間と獣人の夫婦とか見せたら驚くだろうな」
娘さんが居たのか、この後しばらく娘の自慢話ばかりされた、酔うと親バカになるのね。
5年も家に帰ってなくて離婚されないのか?と言う疑問の前に僕たちもついて行く前提になってるのは何故だ。
夫婦と言われて照れながらもカトリーヌは嫌そうじゃない、ワムードで特別やることも無いから別の街に行くのも良いかな。
マールもジオルグの娘には会ったことがないようで楽しみだと言っていたが会わせるのはこの2名だけだ、と言われてガッカリしていた。
店員さんがそろそろ閉店だと告げて来た。
会計の金貨17枚と言うのを見てびっくりしたが特産品の買取などがあったから問題なく払うことが出来た。
翌朝、キュレリー商会へ向かいジオルグの娘さんへの手土産を買う事にした。
エガーレインに相談して定番のお茶の葉と焼き菓子のセットを3つ購入して街を出ることを告げるとオリバーが走ってきてくれた。
「ルギード内の街でしたら支店がございますのでお困りの際はお声がけください」
耳元で、ピーフェ様にもよろしくお伝えください。と言われたのでコートの襟元を少し開けて見せる。
「おまえも元気で過ごせよ」と言う声が他に人にも聞こえたがオリバーは周りの人には何も見なかったというだろう。




