轟鬼の正体
ハインツは結構強かった。
魔物を確認すると即座に的確な対処をしている。
片手剣を駆使して戦う姿を見てサリエが護衛を任せたのもうなずけた。
森の夜は早い。
野営のために場所を確保していつもの様に焚火台に拾った木を置く。
それを見たハインツが「それはなんだ?」と聞いてきた。
「地面で火を使うと草が燃えて火災が起きたり土が痛んだり、木の根が土の下にあると木が腐ったりしますよね?それを軽減するためです」
焚火台と言ってもユベリーナで作ってもらった金属の箱に足を付けただけのものだ。
道中でハインツが採取してくれた食用可能なキノコと倒した動物の肉を金串に差して焼く。
「人間でも森の事を考える奴は居るんだな、少し見直したよ」
こんな些細なきっかけでハインツと少し仲良くなれた気がする。
翌日ハインツが森のことをいろいろと教えてくれた。
知らないことも多くて楽しく有意義な時間だ。
楽しい時間は早く過ぎる、森の端まで来てしまった。
「ここから先がステルドになる、守護隊長の立場上エリアを跨げないのでここまでになる」
「ありがとう、いろいろ教えて貰えて勉強になったよ。サリエさんにもお礼を言っておいてね」
「ここから南東方向に向かうと街道がありそのまま東に向かうとシルマと言う街がある、そこが一番近い街だ。お前の速さで行けば夕方までには到着するだろう」
ハインツは僕が見えなくなるまで見送ってくれていた。
そして獣人のエリアステルド)に入った。
ごつごつした岩が転がる草原で今の所は視界に入る大型の魔物は居ない。
ただ……尾行されてるな。
気配が2つある。距離はかなり離れているうえに明確な敵意はなさそうなのでどうしようもない。
エターナルファントムを使って撒くか?とも思ったけど無視することにした。
エルフに守護隊があったのだから獣人にも守護隊があって陰ながら護衛してくれてる可能性も考えての判断だ。
街道が見えたが道中1匹も魔物が居なかった。
適度に舗装された道には行商人らしき人がチラホラといる。
どこのエリアも街道沿いは安全なんだろうか?
街道をゆく人に聞いたらシルマと言う街はあと少しのようだった。
少し離れた所に巨大な街が見えた。
今まで訪れた街で一番大きい。
街へ入る列に並んでいると前の方から門番が走ってきた。
「話がある、お前はこっちに来い」
あからさまに高圧的な態度でビックリしたが轟鬼の事もあるし獣人ってこんな感じなんだろうなと思うようにしよう。
並んでる人の列を横目に見ながら街に入ってすぐ横の建物の個室に通された。
個室と言っても会議室くらいはある結構大きめの部屋でベッドもあるし椅子も座り心地が良い。
入場審査免除の特別待遇で滞在中は個の個室付き?なら嬉しい。
ノックがあり3人の隊服のようなものを着た人が入って来た。
「シルマの護衛隊の隊長をしているディールと言う、この街へは何をしに来た」
護衛隊の隊長か、威厳があるけど高圧的じゃないのは安心した。
この人達も獣人なのかな?エルフと違って外見だけでは分からない。
後ろに居る2人は気配から尾行していた2人で間違いない。
「特別目的はないですが世界をいろいろ回ってます、何か不都合でも?」
街に入るときの確認は他種族だけと言っていたからエルフもチラホラいたけどあの行列は人間だろう。
僕だけが止められる理由が分からない、魔物も1匹すら居なかったから森を抜けて歩いて来ただけだし。
「聞き方が悪かったか、言い方を変えよう」
そう言うと僕を睨みつけて話し出す。
「お前が街道を通らずエルフの森からステルドに入った、さらに森の出口まで守護隊長が付き従って見えなくなるまで見送っていたと報告を受けているが間違いないか?」
「なるほど、2人がずっと尾行してたのはその為ですか。その報告は真実です」
「守護隊長が他種族の個人を護衛する例は聞いたことがない、お前エルフの間者か工作員ではないのか?」
え?何考えてるのこの人?仮にそうだとしても工作員ですとかいうわけないよね?もちろん違うけど。
僕は自分が冒険者であること、最短ルートと思って南下していたこと、そこで守護隊と神官に会って護衛してもらったことを話し冒険者ギルドのカードも見せた。
嘘はついてないけど確かに街道を使わない移動は怪しまれても仕方ないのかな?魔法使いのソロは珍しいと言っていたし。
「ランクBか、失礼した。食事は用意する、決まりなので明日の朝までここに待機してもらいたい。悪いが形式的に身体検査をしても良いか?」
ランクBの恩恵はここでもすごい、早く出たいけど決まりなら仕方ないし断る理由もないので承諾する。
後ろに居た2人が「失礼します」と足から体を触り持ち物などを検査していく。
腰に差していた短刀は冒険者と説明していたのでお咎めはなかった。
手を調べているときに「これは……?!」と人差し指にある指輪を見てディールを呼んだ。
「貴様、この指輪をどこで……?」と指輪を見たディールが聞いて来た。
お前って言ってたのに貴様ってこの指輪マズい物なのか?
すっかり忘れていたけど轟鬼に貰った青い指輪だ。
そう言えば轟鬼の名前を言って指輪を見せたら獣人相手ならある程度はなんとかなるとか言っていた記憶が。
「轟鬼殿に貰った指輪です」
「轟鬼殿……だと?」
「たしかダグラス・ライオネルが本名だと言っていました」
「少し席を外す、貴様はこの2人の指示に従って欲しい」
そう言うと2人に僕を宿に連れて行って失礼のないようにと命令して出て行った。
建物を出て宿まで歩いていると街の人が僕を見てひそひそ何か言っている。
護衛兵長の部下2人が前後に居るから目立つから仕方ないと割り切ろう。
2人はダメルとマヒームと言うらしくシルマの街の偵察部隊に所属している。
「貴様にはこの家に8日ほど滞在していただきたいのです」
目の前の門の向こうに見えるのは映画に出そうな貴族の豪邸。
しかも僕だけで好きに使っていいと言われた、家の中はどの部屋が広くて逆に落ち着かない。
誰か来た時に楽な入り口から近い部屋を使うことにした。
広すぎる家に独りだと孤独感が強まってちょっと寂しい。
なぜ8日ほどなのかと思ったら6日後に武闘大会が開催されるので見ていって欲しいという事だ。
武闘大会があるのは聞いてたけど実際見るのは初めてだから少し楽しみ。
2日ほど街を観光して回った、街に人が多いのは武闘大会の観覧でいつもより多いのだそうだ。
3日目、観光に行こうとしたら「本日はこちらでおくつろぎください」と外出を止められた。
街中がすごい歓声で盛り上がっている、武闘大会ってまだだよな?
その歓声が徐々に屋敷の方に近づいてくる。
ノックされて来客があると告げられた。
広間へ行くと見た顔があった。轟鬼だ。
「おぅ尾綿 、元気そうだな。見た目がずいぶん変わったな」
「今は流 幻妖斎と言う名前を名乗ってます」
「ジジィから名前を貰ったか、良い名前だ」
僕と轟鬼の会話を聞きながら護衛隊の隊長ディールと部下の2人が後ろで直立不動の姿勢だ。
「立ち話も疲れますし部屋で2人きりでお話しできませんか?」
「別に良いがこいつらも居ない方が良いのか?」
ディールたちの方を指さした。
「問題が無ければ二人きりで……」
「お前たちは屋敷の外で待て」
そう指示すると即座に出て行った。
轟鬼は信用しても大丈夫だ、と僕の直感が言っている。
僕は轟鬼に話せることを話した。
異世界人であることはバレているが不死であること、帰還方法を探して世界を回っていること、今は魔法使いとして活動していること。
チェインや聞いた内容は話せないが「言えないことは言う必要ない」と察してくれた。
「なるほどな、それで情報を聞くために弟と会いたいという事か」
「弟?弟さんは情報通なんですか?」
「帰還方法の情報を聞きたくて弟に会いたいんじゃないのか?」
どうして弟に会う必要があるのか?
チェインの内容とか詳しく言えないので族長に会って情報を聞きたいとしか言えないから難しい。
「弟のアルベールが獣人族の族長だ。俺は前族長だぞ」
轟鬼ってやっぱりすごい人だったのね。




