ボスを倒してダンジョンクリア?
8層へつながる階段の安全地帯で休憩中。
「哲は勇者を名乗らないの?」
自称勇者ならパーティに複数人居ても良いんじゃないかと思う。
「あー、俺はそういうのに興味ないんだ。大切な人を守りたいのはあるんだけどな」
「俺に勇者を名乗らせたのって哲だからな、最初は断ったんだけど半ば無理矢理に」
雪村が答えると哲とシンが「今はノリノリだけどね」って笑っていた。
「俺達は40か50歳まで冒険者をして後はセイルーンに戻って孤児院を手伝いながらのんびり暮らすのが夢さ」
哲がそう言う、意外とのんびりするのが好きなのかな?
「俺もだな!おっさんになるまで勇者して少しだけでも悲しむ人を減らすぜ」
「私は2人が冒険者辞めるまでは着いて行くわよ、危なっかしいし。死なないように頑張って勇者様」
グリアの人間族の寿命は80歳前後だとシュバイツから聞いている。
やりたい事をやって将来の夢もあって協力する仲間もいる、ちょっと羨ましいと思ってしまった。
食事も終わって疲れもあったのか3人はそのまま寝てしまった。
ここって本当に安全なんだろうか?
心配性な性格もあってなかなか眠れなかった。
8層に来たのだけど湿地帯ゾーンはまだ慣れない。
蓮の葉っぱに擬態してるとかトンボの魔物はまだ可愛さもあるから良い。
巨大トンボとかはちょっとドキッとするけど。
カエルとかゲンゴロウも巨大化は個人的にちょっと苦手。
哲や雪村は別としてシンって虫とか大丈夫なのかな?
「好きじゃないけどそんなの気にしてたら冒険者出来ないわ、それにカエルのお肉おいしいよ?」
試しに質問したら即答された。
「そういえば教えてもらった情報では8層にトンボ系の魔物は入ってなかったんじゃないか?」
哲が思い出したように言ったけど、依頼を受けた時に貰ったダンジョンの情報では確かになかった。
「トンボ系は9層のボスがヘルドラゴンフライって書いてあるだけだな、異常発生とかか?」
「記入漏れかも知れないから後でギルドに報告しないとね駄目ね」
些細な事でも冒険者にとっては大切な事なんだろうな。
それから僕たちは注意深く進んでいく。
ここのダンジョンは低難度で攻略は済んでいて魔物の情報もほぼ出揃っている。
情報に無い魔物が居たという事はダンジョン構成が変わったか、変異体が居る可能性もある。
3層で蜂系の魔物が出てた事もあり注意して探索する。
ボスを見つけアライグマの魔物で貰った情報の通りで胸をなでおろした。
「カンニングラクーン、変異体じゃないな。心配しすぎだったか」
特殊変異個体のグロウンラフレシアが出ているから心配していたらしい。
魔物は通常体・特殊体・変異体・特殊変異体と言う順で強くなる。
特殊体と言うのはいわゆる群れのボス、変異体と言うのは亜種で通常よりも強く行動パターンも変化する。
一番厄介なのは特殊変異体でかなり強化される。
正確には「~個体」と言うのだけど一般的には「個」は付かないことが多い。
ギルドからの依頼などでは正確性を重んじるため今回のように「特殊変異個体」と記すのが慣例だ。
特殊個体・特殊変異個体に関しては群れのボスなので通常は1つの群れに1体しか存在しない。
カンニングラクーンは投石、引っ掻きなど怖い攻撃はなく弱い。
その反面、毛皮は庶民の防寒に使われるため毛皮はそこそこ人気がある。
このダンジョンでの一番の高額品は普通はこの毛皮だと言う。
「生活費だけ稼ぐなら1層でウサギの肉と毛皮だけ集めるのが安全だけどな」
ダンジョンの敵は倒しても確実にアイテムを落とすわけではないので効率は良くない。
メリットとしては倒しさえすれば攻撃種版は選ばなくて良い、という事だ。
通常だと剣で切り刻んだり、魔法で燃やしたりすると当たり前だけど毛皮などは傷物になってしまう。
ダンジョン内だと倒してアイテムを落とせば上質な状態で入手できるのがメリットになる。
それってかなりのメリットだよね?
3人ともマリスのポーチ持ってるしダンジョンに籠ってアイテム狩りすれば……。
そう思ったが悲しむ人を少なくしたい、的なことを言っていたからお金目的じゃないんだろうな。
ボスのカンニングラクーンを雪村が倒し終わった。
「何も落とさなかったか、仕方なえーな」
「今回のダンジョンもあと9層目だけだね、流幻は次の目的は決まってるの?」
そう聞かれたけど特に決めてはない。
「今の所まだハッキリとはしてないよ」
エルフの族長に会うため首都へ行く予定だったけど行ってもすぐは会えなさそうだしエルフの信用を得ていかないと駄目なんだよな。
こちらを振り向いた雪村は少し照れながら提案してきた。
「もし予定がないならしばらく俺達と一緒に行動しないか?パーティに入れって言う訳じゃないが役には立てると思うんだ。こう見えても一応勇者パーティなんて言われてるしな」
ルギードに入る際も門番が名前を知ってたから有名なのは間違いないだろう。
「出会ってから色々助けて貰ってるから族長に会うなら出来る限り協力したいんだよ」
グリアのエリアに関して詳しくないので確かに嬉しい提案なんだけど、もし僕が「武神の弟子」だと分かるとみんなに迷惑がかかるかも知れない。
「とりあえずダンジョンクリアして落ち着いてから考えるよ」
僕の答えに「まぁ、そうだな。考えておいてくれ」と雪村たちは言ってくれた。
そしてついに僕たちは最後の9層にたどり着いた。
初めてのダンジョン攻略もあと少しで終わる。
哲、シン、雪村。みんなと知り合えて良かった。
この先、行動を共にしても別の道に進んでもこの仲間たちを大切にしたい。
9層の攻略も順調に進みボスのヘルドラゴンフライの姿を確認した。
「よし!あいつを倒してダンジョンクリアだ」
哲を雪村が前進する、僕とシンは後方で補助だ。
ヤバイ、すごい殺意を感じる……後ろからか!
「危ない!」
僕は後ろを振り向きながらシンが狙われていると気が付き思い切り突き飛ばした。
哲と雪村は流石と言う速さで身構えていた。
ピシュィーン……空気を切り裂く音が聞こえた。
敵が放った攻撃は僕の胸を貫き、哲の盾を左腕ごと消し飛ばした。
僕はその場に倒れた。
口から何か温かい……血だ。痛みはあるが意識はハッキリしている。
一瞬何が起きたか誰も分からず時間が止まったかのような静寂に包まれる。
「キャー!」
シンの悲鳴が魔物しか居ないダンジョン内に響き渡る。
「くそ!哲の左腕が持っていかれた!俺が時間を稼ぐ!シン治療だ」
シンに怪我はないようだ。四肢欠損なら治療できるから哲の腕は安心だ。
「待って、流幻を先に……」
慌てながら言うシンに雪村が僕の体を確認して言い聞かせるようにつぶやく。
「流幻は……もう駄目だ……胸を……打ち抜かれてる」
胸に穴が開き血が流れている僕を見てうろたえているシンを雪村が哲の方に突き飛ばす。
「今は助かる命を優先するんだ、俺達だけでも生きて流幻の遺体は俺達で持って帰る」
雪村がそう言い少し離れた敵の方へ向かっていく。
攻撃してきた魔物の姿を見て雪村が震えていた。
「何でこんな所にサイクロプスが……」
そこには見慣れない巨人が立っていた。