ペール・レイモンドに聞いた母リリースの死
翌日、セントスから馬車で出発。
あの犯罪者は姿を見かけることは無かったので少し安心した。
ガヴィメズの首都ゼラキューゼに到着したのは数日後の事だ、もちろんミューマ大陸へ入ってすぐ転移魔法で移動した。
テイルに会ってどう説明しよう……。
テイルの息子に会って、帰還の許可を貰えばチェインが解除されると思ってる。
突然、息子さんに合わせてください。とか言い難いし何か理由でもあると良いんだけど。
入場審査を通って街に入ると兵士が待ち構えていて同行を求められた。
重装備の兵士数名に取り囲まれたけど対応は丁寧だ、変な事はしてないし揉めたくないので大人しく着いて行く。
着いたのは以前も来たことのある豪華なお店で、中に入ると個室に通され兵士たちは帰ってた。
「お久しぶりです。私だけでは無く父も助けていただいていたそうで、お礼と結婚のお祝いにお食事でもどうですか?」
話しかけて来たのは盗賊に襲われていた若い兵士で、確か「ペール」って言う名前だけど結婚のことまで知ってるとは驚いた。
「あの時の……お父さんを助けたと言うのは?勘違いじゃないですか?」
「父が自慢げに『武神様の弟子と獣王の娘に助けられた』とか話してましたけどお2人の事ですよね?」
「えーっと、お父さんってまさか……」
「あれ?言ってませんでしたか。私はペール・レイモンド。族長テイルが父です」
やっぱりそうか。他に僕たちが助けて正体を知ってそうな人って思いつかなかった。
僕たちは食事を頂くことにして、一緒に食べた。
あれからテイルは優しさが戻り、街の人とも気さくに話すようになったという事で安心した。
「僕は異世界人なんですが、元の世界へ帰る事にペールさんは賛成ですか?」
その質問に彼は即答した。
「もちろんですよ。でも、ご婦人が悲しむのではないかと思うと複雑ですね」
「私は幻妖斎さまが元の世界に帰る事が望みなので、それは大丈夫ですわ」
おかしいぞ?チェインが解けた感覚は無い、手袋を外して確認しても傷も消えてない。
額に手を当てて考え込んでいる僕にペールが「どうかしたのか?」と聞いて来た。
詳しく話せないけど、帰還に5種族の族長の許可が要る事、許可を貰えると感覚で分かるが、まだその感覚が無い事を伝える。
「何故でしょうか……」
ペールは自分の事のように考えてくれていて、3人とも黙り込んで唸っている。
「失礼なのは分かって聞くけど、ペールさんの母親、つまり前族長のリリース様ってお亡くなりになってるんだよね?」
ペールは驚いた顔をした後、あからさまに不機嫌な顔になったがすぐに落ち着いて元に戻った。
「父からそう聞いてます。ただ、遺体は見つかっておりません。地方の街の視察中、お付きの者に殺害され金品を強奪されてどこかに埋められたのではないか、という事です」
「可能性としてだけど、どこかの街で生きて匿われてるとかって事は?」
「それは絶対にありません。族長は厄災が発生すると数時間でグリアの何処に居ても自種族の宮殿に強制転移されます。厄災は何度かありましたが母は戻りませんでした」
厄災の時に宮殿から出られないとは聞いてたけど、強制転移までされるのか。
「嫌なこと思い出させてしまったね、申し訳ない」
「いえ。ただ私にはまだ信じられない事ばかりなのです。」
「お母様がお亡くなりになったという事がですか?」
「そうではなく、殺害したと言われる者は私の世話係と教育係もしていて、母とも仲が良かったのです。それに金品なら宮殿から持ち出す方が楽ですし額も多額になるんです。なぜ殺害まで……」
ペールが言うには視察に持って行く貴重品はそこまで多くないそうだ。
金品目的なら宮殿の部屋から装飾品を数点持ち出す方が高額になるし、族長の息子の世話係ならやろうと思えば簡単な事だと言う。
殺害が目的なら遺体を見える場所において死んだ事を大勢にわからせるのではないか、と考えているそうだ。
「あれ?世話係って事は女性だよね?族長って賢者の加護があって師匠が本気で攻撃して殺害できるか位って聞いてるけど……」
「方法はあるんですよ。賢者の加護で防ぐ攻撃は人類からの攻撃のみなので、倒した直後の魔物の死体から腕を切り取り、それで攻撃をすると言う方法で殺害された族長が過去に居ます」
ちなみに魔物の死体を加工して武器にした場合の攻撃は防げるそうだ、爪や牙を加工して作る武器は多いがそれらは心配ない。
倒すと徐々に魔物から魔素が抜けて攻撃が通らなくなるので、倒して数時間以内の魔物を使う必要があるという事だが、えげつない方法だな……。
「お手伝い係の女性だけで出来る事とは思えないんですけど、その人は単独での殺害を認めたんですか?」
短時間で魔物を倒して体を切り取り族長を殺害し死体を隠す、そんな事が女性一人で可能なのか?
視察中という事は護衛で兵士も付いてるはずと思うんだけど、兵士もグルだったとかの可能性があるよな。
「移動休憩中にお付きの者と散策中、悲鳴が聞こえ兵士が駆け付けると母が消えて彼女一人が気を失い倒れていたのですが、その時の記憶が無くなっていたので真実は不明です」
記憶喪失とか、演技でも出来そうだし確かに怪しい。
「彼女の手には血の付いた母のブレスレットが握られていました。錯乱していて連行され、殺害を否定していましたが数日のうちの処刑が決まりました」
「え?否定していたのに処刑されたんですか?」
「いえ、その者の消息は今も不明です。処刑の前日の夜に突如姿を消しました。宮殿監獄の中からです」
ペールの言葉を聞いたカトリーヌが即座に反応してビックリしている。
「宮殿監獄から消えたって冗談では無いのですか?ありえないと思うのですが……」
「事実です、族長殺害容疑なので宮殿監獄に投獄され数十名の手練れが監視していましたが、その者だけが消えたのです。兵士は誰も気が付きませんでした」
宮殿監獄って、そんなに厳重なのだろうか?
カトリーヌとペールから聞いた話ではかなり厳重だ。
開閉できるのは族長家系か族長の指輪の所持者のみ。
指輪の所持者が開けると宮殿中に警報が鳴り響き、警報は族長家系の者しか止められない。
場所も宮殿の地下にあり地上へ出るためには複数の門を通る必要がある。
この門は警報が鳴っている間は強制施錠され族長家系の者しか開錠できない。
「族長家の人なら開けられるんですよね?」
「その時は葬礼の儀の最中でしたので族長家の者は霊安室に籠っていて誰も行ってません」
「葬礼の儀と言うのは族長家の者が亡くなった日から7日間、5聖女と共に日の入りから日の出まで霊安室に籠り安らかな眠りを祈る儀式ですわ」
「警報もなってませんし数十名の兵、各扉の門番の誰もが『誰も通っていない』と証言しています」
そんな厳重な場所から消えるなんて考えられるのかな?
宮殿内部だから魔法が普通は使えないから転移魔法で逃げるとか無理だ。
「個人的にレシリアがそんな事をする女性と思わないのですが……厳しくも優しい人だったので……」
「まさかその人の事を好きだったんですか?」
「いやいや、母のような存在だったからですよ。リンツ家はその事を苦にして残った家族が全員、自死を選びましたから後味も悪いんです」
これは困った、ペールとテイルの許可を貰ってもダメとなると他の種族か?
エルフのイトはマーサが師匠と懇意だったので偽物と言うことは考えられない。
獣人はアルベールにしても轟鬼にしても偽物だとなると世界観が全てぶち壊しだ。
ドワーフのエルバートは轟鬼と親交があったし偽物とは考えにくい。
小人のフェーレが偽物なのか?でも族長の指輪を貰ってるんだよね。
結局、結論が出ないまま閉店の時間になってしまった。
宿はペールが準備してくれていたので、そこへ泊まる事になった。
カトリーヌが少し神妙な顔をしているのが気掛かりだ。
今回も最後までありがとうございます。
次回は「レシリアの話した信じられない真実」