セントスで見た犯罪者とフォーゲルの決意と覚悟
披露の宴が終わり20日程の時間が過ぎた。
各所への挨拶回りも終わり、のんびりと2人で過ごしている。
ピーフェはエルフ領ルギードに行っている、遊びでは無く族長のイトからの要請だ。
守護像ゴーレムの魔力切れがあったそうで魔力の補充と点検をお願いされ、あと数日で帰って来る。
ジュリアにちょっかいをかけられるのが嫌だからと言って喜んでオリバーと共に宴の翌日から出かけて行った。
僕は困っている……チェインの解除に向けてやることが見当たらないのだ。
現状チェインで解除出来そうなのは2つ。
5種族の長に認められる、神の一柱に打ち勝つ、のどちらかしかない。
ロキは新婚の僕たちに気を使っているのか宴に来てから姿を見せないし、そもそも攻撃が当たらない。どの族長が偽物なのかも調べる方法が無い。
チェインの内容など詳しくカトリーヌに言えないという事もあって相談も出来ない。
帰還のために族長の許可が要るという事は話せるけど、それが達成できていない理由が説明できないからな。
「まさか族長って偽物とかいたりするのかな……」
「それは無いと思いますよ、賢者の加護もありますから偽物が嘘をついていてもすぐ露見しますわ」
独り言にカトリーヌが反応して答えた。
そうなんだよな、誰でも簡単になれる訳じゃないし、結界で魔物が宮殿に入れないから化けてる事も無いだろうし。
「あれ?そう言えばテイルさんって賢者の加護がまだって言ってたよね。その場合って族長じゃないって事になるんじゃ?」
「テンポの族長の場合は加護が遅れる事もありますけど……その場合も族長なのは間違いないですわ」
シュバイツもテンポの族長でも族長だと言ってた。
ミューマ大陸へ行く時にシュバイツから言われた意味が無いと思っていた言葉が不意に記憶から蘇った。
『我から1つ助言してやろう。真実の中に混ざりし虚構、それに惑わされるな』
人間領の族長がミューマ大陸に居るって言う流れで言われた言葉だ。
意味がない事を話す性格ではないけど、言葉の真意が分からないし聞いても教えてくれないと思うんだよな。
「もしテイルさんが族長でないとすれば、どんな理由が考えられると思う?」
「考えられるのは2つありますね。テイルさんが亡くなった前族長のリリース様と正式に結婚してなかった場合と、リリース様がご存命の場合ですわ」
前族長との間に子供が居ても私生児の場合はテンポの族長になれないって事か。
表向きは結婚しているように見えても、式をしていないと正式な結婚と認められないという事でこの可能性が高い。
この場合は幼いと言っても子供が族長になるようなので深入りはせず子供にも許可を貰う感じで良いと考えている。
前族長のリリースが生きているとは考えられない、エリア中で周知の事実だったし宮殿内部で怪しい気配は感じられなかった。
とりあえずミューマ大陸へ行ってテイルに会ってみるか。
「ミューマ大陸へ行くなら途中でセントスに寄ってフォーゲル様にご挨拶していきましょう」
ピーフェとは人間領ガヴィメズの首都ゼラキューゼで待ち合わせする事にして、伝言を頼んでおいた。
僕とカトリーヌはセントスの街に着いた。
正式に結婚したと言っても、今までと変わった感じも無い。
「幻妖斎殿、カトリーヌ様、お待ちしておりました。フォーゲル様がお待ちですので同行を願います」
街に入るなり、ラルドが優しく声を掛けて来た。
移動中にカトリーヌが通行人に知った人が居たのか、声を掛けると逃げ去って行った。
獣人領で犯罪を犯して指名手配されている獣人という事だけど今追いかける訳にはいかない。
案内されたのはネーブルタワーでは無く、街の食堂でかなり豪華だ。
貸し切りのようで中にはフォーゲルだけしか居ない。
「結婚祝いに食事を用意した。セントスの立場上、披露の宴に参加出来ず悪い事をした」
どのエリアからも干渉を受けないセントスが族長家の宴に参加するのは問題という事のようだ。
美味しい食事は楽団が奏でる優雅な音色でさらに美味しさを増す。
トイレに行きたくなり場所を聞くとラルドが案内してくれた。
「お前は妖精を連れているそうだが、私の正体をその妖精には言うな」
僕にだけ聞こえる声量で話しかけて来る。
「わかりました。でも、神様でもロキ殿は正体を言ってましたけど……それに神様という事は妖精が見れば解るのでは?」
「正体がバレるとフォーゲルが自由に動けなくなる。私は今、神としての力を抑えているので妖精が見ても正体を判別できぬ」
神の庇護がある方が自由に動けるんじゃないのか?と思ってしまったが、言うなと言われたことを話すつもりはない。
トイレから帰り食事を完食すると、デザートのお菓子と一輪の花を店員が持ってきた。
「カトリーヌ夫人へ、ささやかだがプレゼントだ」
フォーゲルからの言葉に「夫人だなんて」と言いながら僕とプレゼントを交互に見ながら喜んでいる。
「幻妖斎、お前にひとつ助言をしてやる。花一輪や菓子など何でも良い、気が向いたときには贈り物をする事を勧める」
「そういうものなんですかね……覚えておきます」
正直少し恥ずかしい気持ちがある。
「愛する者の笑顔が見える。それは自身にとっても素晴らしい事だ。亡くしてから気が付いたのでは遅すぎるぞ」
そう言えば、夫人を殺されてるんだよな……少し悲しそうな顔に見えた。
「カトリーヌ。幻妖斎の国の性質、と言うかこいつの性格が大きいが愛情表現が無いと思ってもあまり責めるなよ」
彼女は小さく頷いていた。
「あの……もし私が獣人の犯罪者をセントスから連れて帰ると罪になりますか?」
「本人が罰を受ける事を納得し帰るなら問題は無いが強制すると大罪になる」
「叔父様に連絡し族長である叔父が迎えに来てもでしょうか?」
「無論だ。誰が来ても無理矢理に連れて帰るなら、俺とラルドが止める。そして無事にセントスを出られると思うな。これは決まりだ」
カトリーヌの突然の質問に淡々と答えた。
「でも犯罪者ですよ」
「セントスから出れば捕まるのだ。ここに一生、留まるのも罰と言えば罰になる。このルールは俺が決めた事では無いし変えられぬ」
こっそりとセントスを離れれば……と思ったけど無理なようだ。
逃げ込んだ犯罪者はネーブルタワーで全て把握しており、セントスから出ると各種族の警備隊へ通告される仕組みになっていると言う。
エリア境に居る兵士は、その時にエリアを出た犯罪者を足止めする役目が主なのだと教えられた。
話を聞いていて疑問に思ったことがあった。
セントスに逃げ込めば庇護されるルールは、かなり昔から存在するという。
フォーゲルがセントスのエリアマスターになったのが数十年前。
今でこそ武神の弟子のフォーゲルの圧倒的な実力のおかげもありセントス内での安全が保障されるのは分かる。
それまではどうしてたんだろう?と言う疑問だ。
セントスのエリアマスターに他種族を圧倒する力が無ければ、逃げ込んだ犯罪者に追跡者を出して裁いたり連れ戻すことが出来たんじゃないか?
カトリーヌは納得してなさそうだけど、問題を起こすとアルベール族長たちにも迷惑が掛かる。
やんわりと言い聞かせておいた、セントスに居る間は変な事をしないように傍を離れないようにしよう。
「美味しかったよ。ありがとう、フォーゲル」
僕の言葉にラルドより早くカトリーヌが注意して来た。
「エリアマスターを呼び捨てにするのは駄目ですわ」
「ハッハッハ、俺が言ったのさ。同じ師を持つ者同士だ。公式の場でなければ問題は無いし、俺もその方が良い」
ラルドの顔が引きつった笑顔で怖かったけど、フォーゲル本人が許可しているから何も言われなかった。
宿に案内されてその日はそこに宿泊する事になった。
移動中、ラルドからこんな話を聞かされた。
「フォーゲル様は自身の妻を殺害した犯人がセントスに居ると知った上でエリアマスターになりました。フォーゲル様を慕う住人がその者を殺害しようとしたのをご自分で全て止めたのです。病になれば治療を施し数年前に亡くなるまで守り続け最後は心からの謝罪と感謝を述べて亡くなりました。どうか、これ以上フォーゲル様を悲しませないでください」
言葉の意味は分かる、カトリーヌにくぎを刺している。
フォーゲルの決意と覚悟はラルドの悲しそうな顔が強く物語っていた。
今回も最後まで読んでもらえてうれしいです。
次回は
「ペール・レイモンドに聞いた母リリースの死」