教えてくれた悪魔
ドアが開いた音も無く、突然の出来事に僕は驚いて声の主の方を向くとロキが立っている。
「あなたは一体誰ですか!何処に潜んでいたのです!」
ジュリアは大声で叫びながら懐から護身用の短剣を取り出し構えている。
ほんの一瞬で抜刀し戦闘態勢をとっている速さは身体能力が落ちていると思わせない速度だ。
「俺は神だ。ロキと言う。幻妖斎を迎えに来た。グリアの民に危害を加える意思は無い。武器を仕舞え」
僕の方を見て来るジュリアに、彼の言う事は真実だと告げると武器を仕舞い手を合わせている。
「他言はするな。この場にいた他の者は気絶さている。心配するな、すぐ目が覚めるはずだ。」
ピーフェは無言で頭を下げている。
「手合わせ……ですよね?」
「今回は違う、聖魔戦争が開始されている。さっさと出向いて用事を済ませて来るんだな。お楽しみはその後だ」
「はい?聖魔戦争が開始されたらセントスに強制転移しますしピーフェも地上に居るので、まだ開始されてないんじゃないですか?」
ロキは淡々と教えてくれた。
聖魔戦争が始まってもダンジョンや宮殿内部に居ると強制転移はされないのだと言う。
確かにダンジョンでメンバーが急に消えたり、族長に面会していたり、種族の重要な会議中に転移すると困る事になるんだろう。
ちなみに、天使と悪魔は聖魔戦争に強制参加となるが、レイスは最奥での待機となるので地上に居ても問題ないとロキに教えられた。
「あれ?でも聖魔戦争の時にピーフェはセントスに来なかったよね?」
「お前らが転移して突然居なくなるからだろ!時間のズレがあって出てくる日時が分かんねーし、少しの間エルフの森で遊んでから、ここに来て待ってたんだよ」
ちょっと怒っているようだった、ロキが睨むと大人しくなった。
宮殿から足を踏み出すと同時にセントスに強制転移されたが、開始から少し時間が経ったのか広場に人は少なくなりつつあった。
「ルドラのお気に入りが治めるエリアか。魔素の流れの安定度は流石と言うところだ」
「会っても争ったりしないで下さいよ。神様同士の争いに巻き込まれたくないですからね」
「心配無用だ。神々が直接に争う事は基本的にあり得ない。で……分かっているな?」
「何をですか?」
「メリアルメを渡し、神剣ブリュンヒルデの能力も制御できる。さっさと1000体の討伐を済ませて来い。さらに強くなったお前と楽しみたい」
ロキの話では、神剣の制御が可能になった今なら敵陣深くへ移動し密集場所まで行かなくても、入り口で全力で振れば軽く1000体は倒せる、という事のようだ。
ラルドもそうだがロキも敵味方を無分別に倒せと言うんだな。
「味方に攻撃するようなことはしたくありません」
甘い考えなのは理解している、今回は悪魔側に所属するつもりだ。
つまり前回とは敵味方が逆になるので結果は同じ事なのだと思うが、そこは自分の信念的なものだ。
「そうか。結果は同じだが判断は任せる。楽しむ時間が後にズレるのも、また一興だ」
言い終わるとロキが消えていた。毎回、そこに存在していたのかと思うほど気配も無く消えていく。
脅されたりするのではないかと心配していたのもあったが、意外とあっさりしていたので逆に驚いてしまった。
もちろんチェインの解除が最優先事項なのは間違いないので確実に済ませたい、求める結果はロキと同じもので手を抜く気も無い。
階段を急いで駆け上がって行くと転移魔法のような感覚を感じ妖精界エッセンへと着いた。
まだ3回しか来ていないのだけど不思議な懐かしさを感じる。
ルールは覚えているので問題ない、今回は闇属性の領地に向かって歩き結界を出た。
天と地の短刀を装備し、今回は神の盾アイギスも装備して神剣もすぐに使用できるよう準備だけしている。
メリアルメの使用も考えたが、最善を期すために使い慣れた武器の方が良い。
装備に関しては前回よりも良いが、闇属性に所属しているためシルフの力が使用できない、風の衣が使えないので被弾には気を付けないと。
ロキには悪いけど少し散策していくつもりだ。
エッセンには好きな時に来ることは出来ないので、元の世界に戻った時の思い出作りのためでもある。
入り口付近はやはり妖精同士の争いはほぼ無いようで、倒すなら中央ラインに寄って行かないとダメだな。
エッセンの風景は好きだ、グリアの地上にも同じような場所はあるけど何かが違う。
自然が豊かでゆったりとした時間の流れを感じて怖い位に落ち着くのだ。
しばらく歩いて行くと妖精が増えて来た。近づいて来る気配がして声を掛けられた。
「この前の特別な人間か。また聖魔戦争に来たのか?暇なんだな」
髪の毛は黒髪……つまり悪魔なので味方という事になり襲われることは無い。
この妖精まさか?ジロジロと観察するように見ていた。
「あぁ、この前はお前の知り合いに化けていたからな。これが本当の姿だ」
雪村に変身していた妖精か、嫌な事を想い出してしまったが『歌』を囁くように教えてくれた悪魔だ。
「あの時の……よく覚えてましたね」
「お前に教えてやらないと、と思ってまた会えるのを待っていたんだ。歌の一部を思い出したんだよ」
そう言った後、他の妖精が居ない場所へ連れて行かれて歌ってくれた。
「神が作りし2つの命、封印されし命の宿で~、神が与えたラララ~、ララララの強き意思持ち~、石のラララで共鳴すれば~、ヴァルガの扉が開かれる~」
かなり思い出してくれたようで前半部分はほとんど完璧だ、僕は早速メモをした。
その後さっきの場所へと戻って行った、聖魔戦争では活動範囲がある程度決まっているという事だ。
不思議な出来事が起こったのは妖精に礼を言い、その場を離れようとした時だった。
近くから「うわ」「キャ」と突然に悲鳴のようなものが聞こえて、その辺りに居た妖精が数体消滅した。
攻撃を受けた訳では無く、魔法を受けた訳でも無い。瞬間的に何も残さず『消えた』のだ。
歌を教えてくれた悪魔が「またか」と呟いているので質問すると、聖魔戦争中に起こる現象で珍しくない事と言う。
「聖魔戦争が終わる条件って分かりますか?」
「分からない……すまないな。ただ、長く続いても地上時間で言う時間では90日程度だ」
長いのか短いのかは分からないなけど最長期間は設定されているんだな。
「その場合は闇と光の領地の双方で大爆発が起こってしまう。爆発の跡は即座に復元されるので、すぐ忘れられてしまうがね」
大爆発?かなり物騒な話だけど復元されるなら爆発の意味は何のため?
「爆発が起こる場所って決まっていないんですか?巻き込まれると危険ですよね?」
「完全にランダムだ。そのため、早く終わらせようと天使と悪魔の争いは激化して多くの天使と悪魔が消えていく」
「その……言い難いんですが聖魔戦争を無くすことは出来ないんですか?天使と悪魔が仲良くするとか、方法はあるんじゃないかと――」
「それが出来ないんだよ!天使と悪魔は仲たがいしている訳ではないし誰も戦争をしたいなんて思っていない」
悪魔は顔を覆い、うずくまりながらも絞り出すような声で言っている。
聖魔戦争が無くなると、チェインの解除が出来なくなってしまうが、神が不可能な条件を設定すると思えない。
そうなればそうなったで変更されるだろう……と言う安易な考えだったが簡単では無いようだ。
「妖精王に良い考えがないか、方法が無いかを聞いてみるのは?あなたが行けないなら僕が行ってみますよ」
「それは絶対無理だ、妖精王のおわす最奥は聖魔戦争中に誰もたどり着けない」
僕の考えを根本から否定された。