語られた秘密の特性と思い出の場所
クリアに要した日数は28日。
僕が思っていたより長くかかってしまったが、かなり速い部類のようだった。
ピーフェが言っていた30日と言うのは一般的な話では無くて僕の実力を考慮しての日数だったそうだ。
外に出ると「もうクリアしたんですか?」と驚かれてしまったが獣人エリアなので僕の正体を知っている者も多く居た。
「流石はダグラス様が認めた男だ」とか「シルマの武闘大会の優勝者だ」と盛り上がっている。
コソコソ言われるよりは良い、ただ『武神の弟子』と言うものはほとんど居なかった事で獣人内の轟鬼の影響力の強さを思い知った。
その場に居た人達へカトリーヌを見なかったかと尋ねても誰も見ていないという。
しばらく滞在して欲しいと言う住民の言葉は嬉しかったがジュリアへの報告があるので首都へすぐ戻る事にして転移魔法でグリオベーゼまで戻った。
宮殿に着くとジュリアにすぐ面会が出来た。
「あのダンジョンは何なんですか?難易度も低いしクリアする事に何か意味があるんですか?それにカトリーヌを見かけました」
部屋に入るなり少し興奮気味に詰め寄ってしまい、世話係の人が慌てていたのをジュリアが落ち着かせて話し出す。
「あのダンジョンは私とダグラスが出会った場所です。カトリーヌを先行してダンジョンに送り込んだのも理由があります」
ここまで話すとジュリアは世話係の人へ全員部屋から出て行くようにと指示をし、退出を確認すると話を続ける。
「あなたに大切な話をします。その前にダンジョンで見たカトリーヌの強さは以前と比べてどうでしたか?」
「普通に強かったぜ?」
ピーフェがおもむろに言い放ったが僕の意見は少し違う。
「肉体的に少し弱くなっていると思います。一緒に戦っている時は感じませんでしたが、1人で戦っているのを見てそう感じました」
「何言ってるんだ、以前より強くなってないか?俺っちには強さが増して見えたぜ」
「フォーゲルに手ほどきを受け技術に関しては向上してるよ。ただ……身体能力に関しては会った頃より弱くなってる。でも肉体が衰える年齢じゃないはずなんだ。もしかして病気とかじゃ?」
一緒に居ると感じなかった事だが、遠くから客観的に見て身体能力の低下を技術でカバーしている感じだった。
「幻妖斎殿、あなたを信じて重大な事をお話しします。これは口外無用でお願いします。ピーフェちゃん、あなたもね」
ニコニコしながら言ってはいるが目が笑ってない。人払いまでして話す事だ、これはかなり大切な事だろう。
「獣人は惹かれあうと男は身体能力が上がり、女は身体能力が下がると言う種族特性があるのですが、それは結婚をするとさらに顕著になります――」
話はこんな感じだ。
能力の増減は個人差があるが確実に体感できる程の違いがある。
離別・死別をすると男の上がった分の能力は元に戻るが、女は下がったままで戻らない。
他種族との結婚の場合は獣人族の方にのみ効果が表れる。
この話は獣人族長夫婦しか知らず子供にも教えてはならない。
アルベール族長には僕へ話す許可は取っているがカトリーヌには内緒にしておいて欲しい。
「えっと……カトリーヌが弱くなっているのは、その特性のせいという事ですか?」
正直そこまで秘密にする必要は無い話に思える、能力の増減は個人差があると言っても体感できるなら気が付くんじゃないか?
「正式に結婚をすれば娘はもっと弱くなるでしょう。獣人の既婚女性に前線で活躍する冒険者が少ない理由もそこになります。」
「ジュリアさん冒険者Aランクなんじゃ?」
「かなり弱くなってますからね。今となっては身体的にはC……良くてBの底辺くらいしかないと思います」
「そうなんですか?」
そう答えたが、手合わせした時の強さはかなりの実力だった。轟鬼と結婚前なら勝てなかった可能性もあるな。
それを思うと『ダグラス・ライオネルが戦う姿を見て惚れ込んだ女性』と言われているのが納得できてしまった。
彼女は真顔で僕の方を真っすぐに見つめ質問を投げかけて来た。
「今後のあなたの旅に娘が同行すると足手まといになると思います。それを聞いてなお、結婚の意思は変わりませんか?」
何を言いたいのだろう?遠回しに反対されているのか?確かに旅へ出ると危険は多いし安全のために宮殿に居て欲しいのだとは思う。
「僕は転移魔法も使えますし、グリアには馬車もありますから移動には困りません。必ずとは言えないですが、彼女が弱くなるなら全力で僕が守ります」
そうだ、移動速度が落ちるなら合わせれば良いしサポートも可能で、僕の力で守ることも出来る。
「僕の意思は変わりませんし、そんな事で変わる思いならカトリーヌも喜ばないでしょう。ライオネル家が総力をあげて反対すると言うのなら、流石にどうしようもないのですが……」
「その逆です。ライオネル家としては、この特性を隠したまま結婚させてカトリーヌの存在があなたの足枷になると困るのでお伝えしました」
「気にしすぎと思うぜ。カトリーヌが居なければ旅が早いのは最初からだろ。今さら気にすることも無い話じゃん」
突然ピーフェが割り込んできたが、言葉をもう少し選んで欲しい所だ。
「幻妖斎たちと旅をして長いけど、今はもうそんな関係じゃないと思う。ダンジョンで不自然だったもん、こいつ」
不自然?簡単なダンジョンだったけど気は抜いてないつもりだ。
「ピーフェちゃん、不自然とはどういうこと?」
「あまり笑わないんだよ。それでカトリーヌを見つけた時にニコニコしだしてさ。2人で居るのが当たり前になってるんだ、それが自然な事なんだろ」
確かに嬉しかったけど、そこまであからさまに態度に出していたつもりはない。
それでもピーフェが見ていて違和感を感じていたのは間違いないのだろう。
「それなら問題ないですね、カトリーヌをよろしくお願いします。ただ、娘を守って欲しいですが、最悪の時はお互い冒険者なのですから自分の命を優先してください」
ジュリアはハッキリとした言葉で告げたが少し悲しそうな眼をしている、そこまで身体能力が落ちるという事だろうか。
「わかりました。でも僕は不死者なのをお忘れですか?大切な人を守るために出来る事は何でもするつもりです」
もちろん全ての攻撃を防げるわけではないし、範囲攻撃を受けると守れない事も考えられる。
それでも『死なない』という事は人を守ると言う観点では、かなりのアドバンテージだ。
僕は気になっていた答えを聞きたくて質問をした。
「カトリーヌをダンジョンに行かせた理由って何だったんですか?」
獣人の種族特性を教えるためなら、わざわざダンジョンまで行く必要もない。
「あのダンジョンは私たち夫婦が出会った場所なのはさっき言いましたよね。私を追って来たダグラスに『近寄るな』と言った思い出があるの」
そう言えば、カトリーヌも近寄るなみたいな事を言ってたな……まさか……。
「私たちの思い出の場所を娘へ見せるついでに、思い出をロマンティックに再現して見せたかったの~」
目を爛々と輝かせながらこちらを向いて嬉しそうに話す姿は少女のように見える、何歳になっても思い出は良いものなのだろう。
それを見ていたピーフェが僕の肩を軽く叩いて可哀そうな物でも見るような顔をして耳元で呟いた。
「これから苦労しそうだな……がんばれ」
世話係の人が呼び戻されて茶と菓子が準備され、それから暫くは轟鬼とジュリアの思い出を聞かされた。
極上であろう菓子の甘さよりも鮮烈で見事な、のろけ話だった……。
なんだかんだ言いながらも相思相愛で羨ましいという思いと共に、轟鬼の意外な一面が分かって表情に困ってしまった。
昼食の時間が近いと言う事もあり、話の区切りが良い所で会話が止まると突然別人の声が聞こえた。
「話は終わったようだな。幻妖斎よ、のんびりと食事する暇などない。さっさと宮殿を出るのだ」