ジュリアの力とセリアージュの花
ジュリアが準備のため席を外した短時間にオリビアへジュリアの実力を聞いてみた。
「あのダグラス・ライオネルが戦う姿を見て惚れ込んだ女性ですよ。この一言でお分かりでしょう」
戦姫とか言われてたんだっけ?
準備から戻って来たが服を着替えているだけだ、さっきみたいなヒラヒラのドレスでは動きにくい。
「私の武器はこれを使います。幻妖斎殿はどうしますか?」
盾と剣のオーソドックスなスタイルと思ったが、持っている剣がちょっと長い。
ブリュンヒルデと同じ感じで刀身は少し細めに出来ている。
木製と言っても軽々と扱っているのでかなり慣れているのだろう。
「短刀を使わせてもらいます。一番慣れている武器なのですが、ありますか?」
「武器はそこの部屋に置いてあります、お好きなものを選んできてください」
指示された部屋に入ると大量に武器が置いてある、もちろん訓練用の木製だけど手入れが行き届いている。
短刀の中から手に馴染んだ物を持って戻っていくと舞台へ先に上がるように促された。
訓練場の舞台の上に木偶が置いてあるが何に使うんだろう。
「今回は特殊ですが攻撃を防ぎながら木偶を守りきって見せてください」
「僕にかなり不利な気がしますが……」
「あなたが不死である事は知る者も多いでしょう。襲って来る者の目標はあなたでは無くカトリーヌであることも考えられます」
護衛できるか見せろって事か、最悪の場合は転移魔法で逃げる事も可能と言っても咄嗟に出来る事でもないからな。
「開始の合図はありません。私が舞台に上がると結界が張られ舞台外への攻撃は出来なくなります。良いですか?」
舞台上に居る僕は頷いて了解するが舞台外のオリビアへ攻撃する気は最初から無い。
激しい闘気を纏ったジュリアが舞台の下からこちらに威圧してくる。
闘気自体は武器に纏わせられないが身体強化の効果が凄い。
これだけの闘気なら強めに攻撃をしても怪我はしないと思う。
ゆっくりと階段を上って来ている、速攻を注意しておこう。
残り数段で舞台上に着くが、やたらとゆっくりだな……そう思った瞬間だった。
左右から木偶に向けて攻撃が飛んできた、矢で不意を突かれてしまった。
即座に駆け寄り矢を撃ち落とす。単発攻撃なので問題なく対応できた。
背後から凄まじい速さでジュリアが突進してくるのが見える。
盾を構えた状態で軽く剣を突き出して、まさしく鬼の形相で迫って来る。
油断をしていたとか、手を抜いていたとかではないが、この瞬間にスイッチが切り替わった感じがする。
剣を左手で打ち上げたと同時に盾に回し蹴りを打ち込むと少し後退した。
強めに打ちこんだので壁まで吹き飛ぶと思っていたから、こちらの方が驚かされてしまう。
態勢を瞬時に建て直したジュリアは長めの刀身を生かしながら絶妙な距離で攻撃を繰り返してくる。
放たれる攻撃が全て重い、短刀で攻撃をしても盾と剣で防がれてしまう。
木偶を守りながらなので強く攻撃が出来ないのが問題だ。
距離を取りたくて動線を微妙に変えていこうとしてもブロックされて動きが取れない。
開始した時点で結界が張られているので場外からは、もう攻撃は来ないはずだけど何があるか分からない。
受け流しながら攻撃を繰り返すが当たらない。
(守ってばかりではダメだ……少し仕掛けてみるか)
攻撃を当てるために攻める事に集中して強めに短刀を振る。
それを待っていたようにジュリアは横にかわして木偶の方に突進していく。
「護衛中に大振りは禁物ですよ!これで終わりですか?」
想像した感じで動いてくれた……すり抜けて行く彼女の腕を掴んで陣風を叩きこむ。
その瞬間、僕の方を見て少し微笑んでいるように見えた。
本来は回転して短刀を相手に突き刺す技だけど今回は刀身を横にして叩いた、それでもかなりの威力がある。
舞台の下に飛ばされて行ったが気を失ったようで動いていない。
「そこまでです」
オリビアが終了を宣言した。
急いで舞台から駆け下りてジュリアの安否を確認するが何事も無かったかのように起き上がって来た。
「幻妖斎殿の力を試すようなことをして、ごめんなさいね」
叩いた横っ腹を押さえながら話しているが呼吸が少し荒い、かなり痛みがあるように見える。
治癒士が呼ばれて回復魔法をかけて少しだけ治して出て行った。
僕なら完璧に治せると思うけど、ここは宮殿内部だし魔法を使うと問題になりそうなので治癒士に任せる。
「これでカトリーヌを守れる力があると安心していただけますか?」
「最初から心配してないですよ。傷つけて欲しくは無いけど娘も冒険者ですからね。私が個人的にあなたの力に興味があったのです」
早とちりだったようだけど、結果的には認めて貰えたと思って良いんだよな。
「強制では無く断って貰っても良いのですが、娘との結婚式の前に1つお願いがあるのです。クリオメルと言う街には行った事がありませんよね?」
落ち着いた声で淡々と話している姿は、先程までとは違い威厳と言う雰囲気が感じられる。
クリオメル……か、獣人領ステルドの街でダンジョンがある事は知っているけど行ったことは無い。
「まだ訪れたことは無いです。たしかダンジョンがある街ですよね」
「そうです、そのダンジョンを踏破してきてください。理由は今は聞かないで、よく考えて決めてね」
理由は聞くな、と言われたけどアイテムではなく踏破が目的なら娘の結婚相手の実力を対外的に示す理由だろうな。
ほぼ即答で了解したら驚かれてしまった。
ダンジョンへ入る準備が出来たら転移魔法で送ってもらえるようで助かる。
今回はカトリーヌが一緒じゃないから寂しいが諦めよう。
「その前に少し用事があるので先に済ませても良いですか?師匠とシュバイツ……僕の魔法の先生に会いに行きたいのです」
ジュリアもオリビアも会った事があるので「あの人間の子供ですね」と言っているが正体は流石に言えない。
問題無いという事で宮殿を出ようとするとスピリエが帰って来た。
セリアージュの居室に貰った小物入れを持って行く。
姑が居て緊張している上に、義理の叔母まで居るのだから顔が少しこわばっていた。
スピリエと僕の顔を見てほんの少し緊張が解けたようだ。
「セントスのフォーゲル様より結婚の祝いの品を頂戴しました。大切に使いなさい」
オリビアが優しい微笑で告げた後、スピリエに目配せをして催促している。
「これは俺からのプレゼントだ、似合うと思うんだけど好みじゃないならごめんな」
母親が目の前に居るからか、恥ずかしそうに横を向いて品物を差し出しながら言う。
花の……髪飾りかな?受け取ったセリアージュは満面の笑顔だ。
「安物なんだけどさ、セリアージュが昔から好きな花だろ?」
「覚えてくれてたんですね。これも大切にします」
そう言うと彼女は古い小物入れから茶色い何かを取り出して宝石でも扱うような丁寧さで新しい小物入れに移し替えている。
「そんなゴミみたいな物をフォーゲル様から頂いた入れ物に入れるのは失礼だぞ」
無造作にスピリエがそれに手を伸ばした瞬間、オリビアが彼の腕を掴んだ。
「あなたの価値観だけで他の人の持つ物の価値を決めてはなりません。扱い方を見て分からないのですか?」
かなりの力なのかスピリエが痛がっている。
「そんなに大事な物なのか?」
「枯れてるけど小さい頃よく泣かされていた私にスピリエが初めてプレゼントしてくれた花よ。辛い事があったらいつも見ていたの。その時の言葉を今も覚えてるわ」
「そんな事あったかな?悪いな……覚えてないかも」
「私の髪に花を挿して『もう泣かなくて良いように俺が強くなって守ってやる』って言ったのよ。それからずっと、このマーガレットが好きなの」
それを聞いたスピリエは何か思い出したのか、頭を掻きながら照れ笑いをしていたが急にオリビアに詰め寄って行く。
「ねぇ、宮殿の庭でこの花をたくさん育てたらダメかな?」
「私から庭師に言っておくわ。スピリエからも、ちゃんとお願いしておくのよ」
セリアージュよりもスピリエが嬉しそうにしている。
「ゴミなんて言って悪かったな。でも枯れた花を見て昔を思い出すより、これからは生きた花を見て俺とずっと幸せに居てくれよ」
スピリエ夫婦の部屋にマーガレットの花が絶えることなく飾られる、数多くの悲しみを乗り越えながらも族長として獣人族を守って獣王として親しまれるのは、まだ少し先の話になる。