老人と小鳥と8つ目のエリア
「神様って本当に居るんですね」
カトリーヌは呟いた後、普通の態度に戻った。
何も聞いて来ないのは僕の事を信じていてくれるからだろうか。
ゼラキューゼに戻ったが、夕飯の時間にはまだ少し早い。
「少しだけお時間良いですか?」
真面目な顔でカトリーヌに言われたので着いて行く。
やっぱりロキの事とか聞きたいのかな?と思っていた。
「ファゴットの練習がしたくて……この辺りなら人も居なさそうですわ」
楽器を取り出すと演奏を始めたが、結構聴ける。
路地の奥から艶々した黒い小鳥が歩いて出て来て演奏を聞いているように立ち止まった。
お世辞にも上手い訳では無いのだけど。
暫くすると小鳥が出てきた路地から老人が歩いて来た。
「こんな所に居たのかい、ゾル。突然居なくなったから心配したよ」
艶々した黒い小鳥は飛んで老人の肩の上に乗って鳴いている。
野鳥と思ったら、この老人に飼われている鳥のようで躾もしっかりしてるんだな。
「もしかしてご迷惑でしたか?練習していたので、うるさかったですね」
カトリーヌは演奏と止めて申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえいえ、心地よい音色でした。心を込めた演奏にゾルも聞き入っていたようですな」
老人は肩に乗っている小鳥の方を向いて何か話しているように見えた。
「この子は『ゾル』と言うのですが、もう少し聞きたいと言っています。ゾルのためにお願いできますかな?」
カトリーヌは頷いて演奏を続けた。
暫く演奏を聞いていたが、食事の時間だと言って帰って行った。
老人が座っていた場所に銅貨が1枚置いてあった。
落としたのかな?と思ったけど銅貨の下に「謝」と書いた紙がある。
それを見たカトリーヌが路地の方に老人を追いかけて行った。
僕もすぐ追いかけたが老人と小鳥の姿は消えていた、どこかの家に入ったのかも知れない。
書かれていた意味は、謝礼と言う意味で演奏を聞いた対価だと言う。
カトリーヌは練習していただけなので返したかったそうだが、無理に返すのも失礼だろうとそっとポーチに仕舞った。
その後、あの場所に何度か行ってみたが老人と小鳥に会うことは出来なかった。
首都に到着して6日が過ぎ今日で7日目だ。
宮殿からの使いが来て、テイルが帰還したので明日面会が出来ると知らせに来てくれた。
「久しぶりだな、ヒイロからの書付を見た。歌の事で知りたい事があるらしいが、3人とも元気そうだったか?」
前回よりも顔つきが優しくなったように見える。
「はい。クレセントムーンの3人は元気にしている、とだけ伝えて欲しいと言われました」
「それなら安心だ、トムとコバデルも元気なのだな。また会いたいものだ。3人には迷惑ばかりかけたからな」
「皆さんテイルさんの心配をしてましたよ」
「ところで……歌の事で聞きたいとあったが何が聞きたい?これでも世界中の歌にはかなり詳しいぞ」
僕は悪魔から聞いた歌の歌詞のメモをテイルに渡して見せた。
「ラララの所に歌詞が入るそうなのですが一部分でもご存じなら教えていただけませんか?」
メモを見つめ唸りながらも楽しそうに考えている。
「この歌詞の並びを見ると石板や石碑に書かれている様な大昔の詩だとは思う……が、これは見た事が無い」
歌詞の並びだけで時代が分かるのか、それだけでもテイルの知識の量が分かる。
「この歌詞は何処で見つけたのだ!世界中の歌を研究したと思っていたが、まだまだ世界は広いようだ」
「聖魔戦争で悪魔から教えてもらいました、言い伝え程度の歌だと言ってましたので……」
「何!聖魔戦争?妖精の言い伝えの歌と言うのか!参加した事は無いが一度行ってみる価値がありそうだな」
え?族長が聖魔戦争参加とか冒険者ランクは足りてるんだろうけど駄目じゃないかな?
死ぬ危険が無いとは言ってもこれは何としても止めないと問題になっても困る。
「失礼ですが、かなり奥まで進まないとダメなので無理だと思います」
「む?そうなのか?」
「僕は武神の弟子ですがそれでも勝てるか勝てないか、と言う感じです。それに内部では時間経過が違うので族長の参加は問題になると思います」
テイルも時間経過のズレは耳にしていたようで諦めてくれた。
族長を息子に譲ったら参加してみると言っていたが、クレセントムーンの人が言っていたように結構無茶するタイプなんだな。
「この歌は知らないが『封印されし命の宿』と言うのはエリア0に関係するかもしれないぞ」
エリア0……でも、そこって……。
「ある石碑に『封印されし命の島』と言う言葉が出てくる、それがエリア0を指しているはずなのだ。もっとも確認は出来ないが……」
「エリア0に近づくのは幻妖斎さまでも危険ですし上陸は無理ですわ」
カトリーヌが血相を変えて僕に言ってきた。
「少なくとも、かなり上位の神の力が施されている場所を指しているとは思う。力になれず申し訳ないな、己の無学が恨めしい」
かなり申し訳なさそうに言われた。
神の力が関係している場所と推測とは言っても分かったのはかなりの収穫だと思う。
「いえ、お話を聞けて助かりました。」
「この歌詞を写させてもらって良いか?」
了承するとテイルは笑顔なのか真顔なのかが分からない表情で書き写していた。
「ヴァルガの扉とは何か?封印されし命の宿とは?何が共鳴するのか?過去を知り未来へ繋げる、歌は良いものだな」
目を閉じて何かに思いを馳せているのだろうか、楽しそうに見える。
テイルが研究を記した本は街の書店でも売っているそうで驚かされた。
面会時間が終わり次の人の番になったが、テイルは僕たちが帰るのを残念がっているようだ。
「幻妖斎さまはエリア0についてご存じですか?」
宮殿を出て宿に帰るとき、カトリーヌから質問された。
「魔法を学ぶ時にシュバイツからグリアの事も聞いてるから大体は知ってるよ」
大体と言うより、ハッキリと知っている。
エリア0と言う名前の島。
グリアの東西を分けるセントスの北部にある島だ。
グリアには8つのエリアがあり、その内7つは人類が管理している。
アドリンス、ルギード、ステルド、セントス、ヴィルゲータ、ゼンペリム、ガヴィメズの7つ。
エリアの名前は、その地を統治する種族が名前を付けた、 緩衝地帯セントスだけが少し例外になる。
それ以前はエリア0から8と番号で呼ばれていた。
エリア0に名前が付いていないのは人類が住めない場所だからだ。
その理由は単純で、立ち入ると死ぬ。
遺体はセントスに飛ばされるそうで、不死者が立ち入ったら死なないがセントスに飛ぶ。
島自体は目視が出来て存在はしているが、その特性からグリアの民は『見えていても見えない島』として認識をしている。
そもそも、海は強い魔物が多く普通は近づこうとさえしない場所になっている。
「帰るために必要なら止めることは出来ないですが、そうでないなら出来れば行ってほしくないです。」
カトリーヌがかなり不安そうなのは声で分かる。
「分かったよ。多分、帰還に必要な場所じゃないから行く事は無いと思う」
その一言で安心したようだ。
僕が言った言葉は嘘じゃないはず。
神の扉を開く必要があるが、島の中へ入れないなら不可能だ。
シュバイツの話では神の扉を開くことは不死者以外でも、どの種族でも可能と言っていた。
立ち入ると死ぬ場所に扉は無いと考えるのが普通だろう。
何か仕掛けがあって無効化できる、とかなら別問題だが……その時は面倒くさい事になりそうだ。
今はミューマ大陸でやるべき事が終わったかな?




