採掘場にある食堂の老婆
首都を後にするのでエケットに挨拶をしに鉱石店へ赴いた。
「小人族の方は彫金が得意とお聞きしてるのですが、この大きさで何か作れます?」
イリジーンから貰っていたオリハルコンの残りだが、結婚指輪に作り変えようかと思っている。
「これはオリハルコンじゃないか。この量しか無いと小さいアクセサリー程度だな」
「実はカトリーヌと結婚する時の婚約指輪を作ろうと思っています」
ルオス鉱石店には宝石もあるし彫金も出来るなら丁度良いし素敵なものが出来るだろう。
スピリエの結婚で分かったが、グリアには婚約指輪や結婚指輪と言う決まりは無いが、やっぱり個人的に贈りたい。
「勿体ないですわ。武器の補修に仕えると思いますし、私にはこれがありますから……今回は要らないです」
取り出したのは僕が贈った大会商品のブローチと、あのブローチカバーだ。
それを見たエケットの顔色が変わり詰めよって来た。
「素晴らしい細工だ!店で働いて貰いたい位の腕前だが、俺の妻の耳に届いてない職人がまだ居たとはな」
「妻?エケットさんってご結婚されていたんですか?」
「ふふふふ、可愛い妻が居るのだよ。しかも音楽家として夫の俺が言うのも変だが高名だぞ」
エケットの妻はモーラと言う名前でファゴットの有名な演奏家の上、彫金師の腕を見極めるのも上手いのだと言う。
楽器も彫金のどちらも美的感覚と言うか感性の力が強いので夫人は直感的に見極められるそうだ。
芸術的な感覚って言うのは僕には分らないが、ルオス鉱石店にある品物は確かに素晴らしいと感じる物ばかりだ。
モーラの演奏を今度聞いてみたい、と言ったら昨日の音楽食堂で演奏していた人がモーラだった。
オリハルコンの指輪は諦める事になり小さなインゴットを、そっとコートのポケットにしまい込んだ。
「この後は採掘場を見に行ってみては?」
「採掘場?」
「首都から南へ行くと鉱石の採掘場が広がっている。観光地では無いが他にない景色だ、見てみる価値はあると思うぞ」
「南は千崖谷って言う危険な場所なんじゃないんですか?」
「千崖谷で危険なのはドワーフとのエリア境の辺りの絶壁だけで小人領のゼンペリムの部分はそこまで危険ではない」
「そうなんですか?」
「ドワーフ領に近い場所は共同作業場もあるぞ。ただ街が無いので不便なのだけが問題だ」
「冒険者なので不便なのはなれていますが……採掘場か……」
「それに昔から、あの山の何処かに神の龍が住んでいる、と言う噂もあるからな。実際見た奴は居ないがね」
千崖谷か、雪月花の3人も神の龍が居るとか言ってたな。
正直な話、フォーゲルが『常識外れ』と言っていた千崖谷を一度は見てみたい。
「せっかくですから行ってみませんか?あまり行く場所では無いと思いますし、会話に上がったのでちょうど良い機会ですわ」
そう言う考え方もあるな、確かにチェインに関係が無いなら、これからも行かない場所だと思う。
この後、エケットから聞いた情報では確かに危険度は低めな感じに聞こえた。
鉱石の運搬は小人族の生命線なので荷馬車が行きかう大きい街道がある。
首都から南西にドルコバ、南東にナリフルと言う街があり、そこから南方が採掘場という事だ。
どちらの街へ行っても鉱石運搬の中継地なので大差が無いと教えて貰った。
ドルコバとナリフルから採掘場を超えてさらに南方にもそれぞれ街があり、その下にも1つ街がある。
首都を頂点にした6角形で街が構成されていて、片方の道が使えなくなっても別の道から運べるようにしているようだ。
話を聞いているとエケットは山に詳しそうだった、鉱石店の店主だし当たり前なのかな?
ちょっと気になっていたことがあるので質問してみる。
「お聞きしたいんですが、ネリエティック山と言うのはどのあたりにある山か分かりますか?知り合いから聞いたんですが……」
ロキが僕たちに言った山の名前だけど、何故かちょっと気になっていた。
「驚いた!歴史も詳しいのか?異世界人の好奇心には感動すら覚えるな。ネリエティック山と言うのは小人領の境にある山の昔の名前だぞ」
大昔は小人領の境にある南北に走っている山を総称してネリエティック山と言っていた。
人間領に接する部分をライノール山、ドワーフ領に接する部分を千崖谷と呼ぶようになったそうで、今はそれが一般名称となっている。
ネリエティック山と言う名前は古文書に書かれているほど昔の話なので小人族でも古くから鉱石を生業にしている者が知っている程度だと言われた。
「山か歴史に興味があって調べている奴なら知っているような話だから、その名前を久しぶりに耳にして驚いたぞ」
エケットが驚くような昔の話を知っているなんて、ロキはよほど歴史か山が好きなんだろう。
どちらにしても嘘をつかれていたわけではないと分かって安心した。
僕とカトリーヌはドルコバの街に来ている。
どちらの街に行こうか迷っていたが馬車が丁度あったと言う理由だけだ。
商店などは殆ど無く、食堂と宿がある程度だ。
だからと言って寂れている訳ではなく活気があるのは、鉱石運搬の人が多いからだ。
採掘場行きの馬車があるのには驚いたが、たまに観光目的で来る人も居るそうだ。
その馬車に乗って採掘場まで来たが……これは絶景だ。
鉱石や石の採掘で山が削られていて不思議な感じがする。
馬車を降りて少し歩いた所に小さな食堂があり結構な数のベッドもあるので休憩も出来るようだ。
その食堂には小人の他にドワーフも多かった。
鉱石の採掘は小人が、石の採掘や木の伐採はドワーフが行っているんだと言う。
食堂は人間の婆さんが1人で切り盛りしている、小柄で腰が曲がっているが明るく人に好かれそうな婆さんだ。
名前は『ミユキ』と言う人間だが、こんな年寄り1人でやっていけるんだろうか?
「ミユキさんって人間ですよね?どうして小人のエリアの、こんな場所でお店をしてるんですか?」
「若かりし頃、観光で来てこの場所が好きになったのさ。良い場所だろう?」
「採掘場って初めて来ましたが活気がありますね、ドワーフと小人が共存してますし不思議な感じです」
「若いもんは元気過ぎるくらいが良いんだよ。私が見てないと喧嘩ばかりしてる時があるけどね!」
少しだけ声の大きさを上げて店内に聞こえるように言っている。
「店の中では暴れてないだろ?ミユキのババアを怒らせると怖いからな……」
「この店が無くなると俺達も困るから店に迷惑かけねぇよ」
店内では笑いながら口々に言っていた。
小人もドワーフも、ここで店をやっているミユキに感謝しているようだ。
肉体労働で疲れた体を休めたり、美味しい食事が食べられるのは大切だしね。
食事が終わると足早にみんな出て行った、採掘に向かったのかな。
あれ……誰も代金を払ってないような?
「代金を貰ってないみたいですが良いんですか?」
「こんな年寄りが金を貰っても、ここじゃ贅沢品を買う店も無いからね」
「食材はどうしてるんですか?お1人で買い出しに行かれてるんです?」
「街から採掘に来るとき、みんなが持ってきてくれるのさ」
首都へ鉱石を運搬してまた採掘に戻って来るときに空の荷馬車に食材を積んで来てくれるのだと言う。
ミユキは代金を払おうとしたが、ここで店を開いている感謝で誰も代金を受け取らない。
食材の代金を払ってないから、飲食代を貰う訳にはいかないと頑なに代金は受け取らないと言う理屈だそうだ。




