第8話 放課後
5月のある日の放課後。俺は教室で姫乃を待っていた。高校生になって、俺と姫乃は毎日一緒に帰っている。朝は別々だが、帰りは一緒だ。しかし、俺と姫乃が一緒に居るのはそれぐらいである。朝もたまに合う程度だし昼休みも別々。休み時間に姫乃が声を掛けてくることはある。ほとんどの場合、俺への何かの頼みだが。
だが、放課後だけは姫乃が必ず誘ってくる。だから、一緒に帰るわけだが、今日は姫乃が用事があるので少し待って欲しいと言ってきた。
しばらく経つと姫乃が教室に戻ってきた。
「お待たせ。さ、帰ろっか」
俺たちは一緒に帰り始めた。今まで姫乃が何をしていたのか、姫乃は話そうとしない。だが、俺は噂でそれを知っていた。
「お前、告白されてたのか?」
姫乃が何も話さないので仕方なく俺から聞く。
「あー、うん。ちょっとね」
「で、どうしたんだ?」
「もちろん、断ったよ」
「そうか」
俺たちは無言で校門まで歩いて行く。
「心配だった?」
姫乃が突然聞いた。
「何が?」
「だから告白。私が受け入れたらどうしようかって思った?」
「そりゃ、思ったよ」
「そっか。安心して、大丈夫だから」
姫乃が言う。大丈夫ねえ。何が大丈夫なんだか。
「俺のも断ってるけど可能性はあるんだろ? だったら、誰かの告白も受け入れる可能性はあるんじゃないか?」
「無い無い。私が受け入れる可能性があるのは圭だけだよ」
え? 俺は今の発言の意味を考える。
「それって、えっと、つまり……」
「あー、ごめん。今のところ、ね」
今のところかよ。だったら、将来、魅力的なやつが出てきたら分からないじゃないか。
まあ、今のところとはいえ、俺しか可能性が無い、というのは少し嬉しい。
「私、おなかすいちゃった。どこか、寄ってこうよ」
「だったら、家来るか? コストコのケーキを買ってきて余ってるらしい」
「あ、行く行く!」
姫乃が久しぶりに家に来ることになった。
◇◇◇
「ただいま」
「お帰り。あら、姫乃ちゃん」
「ご無沙汰してます。おばさま。お邪魔します」
「まあまあ、綺麗になって。久しぶりね」
「はい」
「いいから、部屋に行くぞ」
俺は母親の詮索から逃れるために姫乃を自分の部屋に入れた。
姫乃が家に来るのは高校になってからは初めてだ。子どもの頃はよく来ていたが中学生になってからは数えるほどしか来ていない。
「久しぶりだけど変わってないわね、圭の部屋」
「そりゃあな。ちょっと座っててくれ。ケーキ持ってくる」
俺は姫乃の好きなミルクティーを入れ、母が準備したコストコのケーキを持って部屋に戻った。
そして2人で食べ始める。
「うん、美味しい」
「……俺から誘っておいてなんだが、もう高校生なんだから男の部屋に簡単にあがっちゃだめだぞ」
「わかってるわよ。でも圭の部屋はいいでしょ」
「俺もお前に告白してるんだからな」
「そうだけど」
「お前に何するか分からないんだぞ」
「……私にキスするなって言っておいて、自分は何かするの?」
「し、しないけどさ……」
「だったら、いいでしょ」
俺は簡単に姫乃に言い負かされた。
「あー、でもやっぱりこの部屋落ち着く」
姫乃が俺の部屋に寝転ぶ。いつものことだったが、高校生になった俺にはその光景は刺激的だった。
「あんまり落ち着くなよ。俺は落ち着かなくなる」
「え?」
「だからそんなに無防備な格好するな」
「あー、ごめん。まだ恋人でも無いのにね」
「まだ?」
「あー、言葉の綾だから気にしないで」
姫乃は起き上がった。
「圭にはちょっと刺激が強かったかな」
「……まあ、そうだな」
「ごめんね。さて、そろそろ帰る」
「ああ。送るよ」
「大丈夫」
そう言って姫乃は部屋を出たが立ち止まった。
「香織さん……」
そこには姉の香織がいた。




