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3/3

前任の従者






コンコン


ユーシスの自室の扉がノックされた。

ユーシスは普段通り返事をしない。

理由は人と馴れ合わないようにしているとか面倒だとか色々あるが、毎度返事をしていては返事が出来ない時に不審がられるからだ。


コンコン


しつこく扉が叩かれたが、ユーシスが無視していると、扉の向こうの従者は観念したのか、それ以上扉をたたくのは諦めたようだった。


行ったか、とも思う前に、扉の下から四角いものがスッと内側に入ってきた。


「手紙……?」


何となく察して、眉をしかめる。

しばらく逡巡してからやっと拾い上げてみると、差出人はやはりフラージェ・エンデバーグとあった。

苛々する程綺麗な筆跡だ。


あの女。

あれだけ冷たくしているのに、まだこんなものを寄越してくる。

本当に何も分かっていない。


心の中で毒づいて、ユーシスは手紙を乱暴にゴミ箱に投げ捨てた。


「……」


しかしそのまま捨てるとどこで誰に見つかるかもしれないので、手紙は破って捨てることにした。


少し屈み、手紙を拾い上げる。

手紙の一辺に指をかけ、ビリリと破る。真っ二つだ。

そしてまた二つに破っていく。


しかし破るうちに中身の便箋が顔を出し、内容が少し目に入ってきた。


『少しで良いのでお会いできませんか』

『話をしていただけませんか』

『ご都合の良い日はありますか』


「……本当に、何を考えている」


つい呟きがユーシスの口から口から洩れた。


何を言われても、何をされてもユーシスがフラージェに会うことは無い。

勿論、彼女を婚約者と認めることも有り得ない。

彼女は絶対にユーシスのような男との婚約など破棄するべきだし、ユーシスは得体の知れない女に近づくべきではない。



ユーシスは手紙をちりぢりに破き、跡形も無いようにしてから、それをごみ箱に捨てた。







王宮に行ってユーシスを待ってみるものの空振りばかりを続けているうちに、婚約したあの日から一か月が経とうとしていた。

本気でフラージェを拒絶しているユーシスとは会えていないままだ。


「やっぱり会えませんか……」


フラージェは呟く。

手の中にあるポーチには、今日もしたためられた手紙が入っている。

ユーシスの従者に渡すつもりではあるが、今回の手紙にも返事は来ないだろう。


「私はどうにかして、ユーシス殿下にもう一度会わなくてはいけないのに」


フラージェは王宮へ向かう馬車の中、静かに唇を噛んでいた。


流れる窓の外を見る。

フラージェの住む屋敷から王宮へ向かういつもの道だ。

薄い春の花の色が徐々に消え、景色が濃い夏の色に変わろうとしている。

「時間がないのに」とフラージェはうわごとのように呟いた。




王宮に着き、フラージェはいつもと同じサロンでユーシスを待っていた。

例の如くユーシスは現れず、代わりに従者が謝りに来た。

これも、いつもと変わらぬ状況だ。しかし今日、フラージェは謝り続ける従者に少し質問を投げかけた。


「ユーシス殿下は今、自室にいらっしゃるのですか」

「ええ、はい、そうですね」

「殿下は自室におられることが多いのですか」

「そうですね、ええ、戦に行かれる際以外は殆ど自室にいらっしゃる……と思います」


従者は煮え切らない態度で頷いた。

フラージェはそれを見て、少しだけ目を細めた。


「思う、と言いうことは、貴方は把握し切れていないのですか?」

「あ!ええ、はい……申し訳ありません!」

「いえ、私に謝らなくとも良いですよ」

「し、失礼しました。前任は殿下と付き合いも長く殿下の扱いを心得ておりましたが、私は殿下に付いてまだ日が浅いこともありまして」


従者はペコペコと頭を下げようとしたが、フラージェに止められた。


「それより今、前任の方と仰いましたか?」

「は、はい」

「前任の従者と殿下の関係は悪くなかったのですか?」

「はい。前任は身分は低いものの、殿下とは乳兄弟でしたから」

「乳兄弟……。では、殿下と前任の方は仲が良かったのですね?」

「仲が良かったというか、前任は殿下が唯一部屋の掃除を許していた人間、という感じでしょうか。前任は、あの第一王子殿下に意見したり、時々ボードゲームをしたりもしていたようです。とても考えられない事ですけど」

「なるほど、そうですか。その方でしたら殿下を説得できるかも……。良いことを聞きました」

「……良いこと?」

「いえ、こちらの話です」


従者の小さな疑問を無視したフラージェは一口お茶を啜り、ティーカップをソーサーに戻した。

一連の間の後、改めて従者の顔を見る。


「しかし、それほどまでに殿下の世話を出来る方が何故、殿下の元を去っているのでしょうか」

「ええと、それは」

「それは?」

「じ、事件を……事件を起こして辞めさせられたからです」

「事件、ですか」


従者の言葉を復唱したフラージェは、誰も気付かないほどの小さな動作で、居住まいを正した。


「前任の方は辞めさせられる程の失態を犯したのですか?」

「は、はい。そうです」

「前任の方が起こした事件とは、どのようなものだったのですか?」

「あ、えっと、殿下の婚約者様に聞かせるのは憚られる事件と言いますか……」

「私は構いません」

「そう、ですか……?」

「はい。教えてください」


頷くフラージェを確認してから、従者は観念したように話しだした。


「ええとですね、前任の従者は、この城のメイドに無体を働こうとして追放されているんです」





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