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待っても会えることは無く






「失礼致します」


王宮のサロンでユーシスを待っていたフラージェは、顔を上げた。


「こんにちは」


フラージェはいつもと変わらぬ態度で挨拶をしたものの、そこにいたのはユーシスの従者の男のみ。


「ユーシス殿下は?」

「それが、その、フラージェ様。申し訳ありません。殿下はいらっしゃらないと思います……」

「そうですか」

「折角来ていただいたのに、本当に申し訳ありません」

「分かりました」


従者は恐縮したように何度も頭を下げた。

フラージェは驚きもしなければ怒ることもせず、小さく頷いた。


「本当に申し訳ありません。もう一週間ほど来ていただいているのに……」

「いいえ、貴方が謝ることではありません」


従者の男は、せめてと言わんばかりにフラージェに茶を出し、メイドから受け取った菓子もテーブルに並べ始めた。


「私は従者であるものの殿下とあまり会話する機会もなく、ものを申せる立場でもありません。貴女に会うよう殿下に助言することも出来ず、申し訳ないばかりです」

「貴方の立場については理解しました。謝らないでください」

「ありがとうございます。本当、貴女のような優しい女性にあの王子なんて不釣り合……あ、失礼しました」


従者はパッと口をつぐみ、残りの菓子も並べ終わるといそいそと一礼をして、後をメイドに任せて下がった。


フラージェは従者が去ったのを見届けると、出されていたティーカップを手に取った。

カップの中には、黄金色のお茶が入っている。

ふわりと湯気が立つ。


フラージェはその香りを覚えるように吸い込み、カップの淵をつつっと視線で撫でてから、口は付けることなくソーサーに戻した。


結局、サロンには30分も滞在していないが、フラージェはすっと立ち上がった。


「折角お茶を淹れてくださったのにごめんなさい。今回はこれで失礼します」


サッとストールを肩にかける。

慌てたメイドが手伝おうと駆け寄ってきたが、それを制したフラージェはサロンを後にした。







「本当にあの女、何を考えている……?」


綺麗なストールを揺らしながら早足で去っていくフラージェの後ろ姿を、こっそりと見ていた黒影が独り言ちた。


塔の自室の窓際で足を組んでいるその黒影は、ユーシスだった。


……あの女。

折角こちらが婚約破棄をしてやると言ったのに、何一つ動じることなく首を縦には振らなかった。

愛想もなく乱暴なユーシスを見ても、彼女は何より硬い宝石のような目でしっかりとユーシスを見つめて、婚約すると言い張った。

彼女はユーシスの酷い噂や悪い評判を本当にきちんと知っているのだろうかと、逆にこっちが不安になるくらいだった。


彼女が婚約を拒否した意味も分からないが、疑問はまだある。

それは、あれが本当にフラージェ・エンデバーグなのかという疑問だ。

いや、こう言うと語弊があるのかもしれないが、先日謁見の間に現れた彼女は、話しに聞いていた人物像と違い過ぎた。


フラージェ・エンデバーグは、エンデバーグ辺境伯の末の娘だ。

エンデバーグ家と言えば、血筋はまあ真っ当ではあるものの、特に財力に恵まれている訳でもなく、強い発言力を持つわけでもない、いわゆるパッとしない家だ。

だが一つだけ、エンデバーグ家関連で一時期社交界で話題になった話がある。

それは、末の娘が恐ろしい程デブで、年がら年中引き籠りの令嬢だと言う事だった。

デビュタントの年になっても彼女は社交界に姿を見せず、誰とも交流せず貴族としての責務を完全に放棄していたのだ。


勿論そのフラージェ・エンデバーグは貴族令嬢として家に還元する義務も放棄していた。

エンデバーグ家からしてみれば、フラージェは邪魔でしかなかっただろう。

だから国王がユーシスの婚約者を募った時、エンデバーグ家がフラージェを推した。国王に恩を売りながら厄介払いができるチャンスだったのだから、当然だ。

こうして、他に候補者もいなかったので、デブで引き籠りの令嬢がユーシスの婚約者に決まった。


しかし国王がフラージェとの縁談の話を持ってきた時、ユーシスは当然の如く拒否した。

当たり前だ。

ユーシスに誰かと馴れ合う気などない。誰かに心を許す気もない。まして婚姻などありえない。


父親である国王が、ユーシスに罪悪感を感じていることは知っている。

ユーシスに曲がりなりにも婚約者を見繕ってきたのは、国王の身勝手な罪滅ぼしだと言うことも分かっている。

しかしそんな国王の独りよがりに付き合ってやる義理はない。


国王の提案は、長らく撥ねつけて来た。しかし最終的に、根負けしたユーシスが折れた。

結婚などしないと全力で拒否するよりも、婚約でもなんでも国王の好きなように勝手にさせておけばいいと妥協したのだ。

それに相手が引き籠りなのだから、うまくいけば一生顔を合わせることなく過ごせるかもしれない。

であればユーシスが抱えるものを相手が知ることは一生ないだろうし、それによって相手が被害を被ることもないと考え直したところも大きい。


だが、実際に現れたフラージェ・エンデバーグと言えば、どうだ。

デブで引き籠りと噂されていた人物とは到底思えない女だった。

話しが違う。

あれでは、第二第三王子辺りが権力を使って強引に自分のものにしていてもおかしくない程の器量だ。

実際、彼女が謁見の間に入場してきた時に第二王子のべアドルフは驚いて従者に仔細の確認までさせていたし、第三王子のグラデウスも慌てて鏡を取り出して髪を整えていたほどだ。


デブで引き籠りだから命令通りユーシスと婚約するしかないのだと言うのであれば、フラージェ・エンデバーグの立場も理解できる。

しかしあのように何不自由しなさそうな容姿をしているにもかかわらず、得など一つもないユーシスとの婚約を承諾したことは、納得することすら困難だ。


「……そう。解せない事ばかりだ」


ユーシスは険しい顔で呟いた。


噂との乖離といい、ユーシスとの婚約破棄をしないと言い切った事といい、フラージェ・エンデバーグは一体何を考えているのか。

分からない。

一言で言うと、フラージェ・エンデバーグは不気味すぎる。



「……だが裏に何かがあることは確実だろうな」


ユーシスは小さく眉を寄せた。

窓の外では丁度フラージェが、まるで踊り子のような軽い身のこなしで、迎えの馬車にひらりと乗ったところだった。



あの女、フラージェ・エンデバーグには必ず裏がある。

あの女が腹に抱えているものはまだ分からないが、あの女はその内側に、なにか深く強いものを飼っている。

それこそユーシスと同じように、人に言えないようなものを持っている。

それがおぞましいものなのか恐ろしいものなのか、はたまた崇高なものなのかはやはり何一つ分からない。

しかし、フラージェ・エンデバーグを警戒するに越したことは無い。





次の日。

フラージェは再びユーシスに面会しようと試みていた。

だが結果は、やはりユーシスに無視されるという形で終わった。


またその次の日も、その翌週も、フラージェはユーシスを訪ねた。

しかしユーシスは当然の如く現れない。


「ユーシス殿下は今日もいらっしゃいませんか?」

「フラージェ様、申し訳ありません。殿下からは追い返してこいと言われました」

「いくら待っていても駄目でしょうか」

「申し訳ないのですが、そう思います……」

「そうですか。では、貴方に言伝を頼むことは可能ですか?」

「は、はい。しかし殿下は用がある時だけ私どもを呼ぶので、しっかり伝えられるかは保証しかねます……」

「そうですか。それでも良いので、明日もこの時間に参りますと伝えてください。あと、こちらに手紙をしたためてきましたので、渡せそうでしたら渡してください」


フラージェはあらかじめ書いていた手紙をポーチから取り出し、従者に渡した。

従者は最善を尽くすと言って一礼をした。



しかし、ユーシスから手紙の返事は無かったし、フラージェが待つサロンにユーシスが訪れることもやはり無かった。




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