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結婚破棄がしたいですか、そうですか。でも絶対にいたしません



「俺はフラージェ・エンデバーグとの婚約を破棄する!!」

「拒否いたします」


声を張り上げた第一王子の勢いに反して、フラージェは動じることなく静かに首を振った。


国王の謁見の間。

婚約を命じられたその直後に、第一王子はフラージェに婚約破棄を突きつけた。

目の前に国王が座っているし、横には何人かの王族も座っている。

更に沢山の家臣たちも見ているというのに、おかまいなしだ。


「俺は、勝手に決められたお前との婚約に納得はしていない。お前と婚姻するつもりはない」

「婚姻はいたします」

「俺が婚約は破棄させてもらうと言っているんだ」

「破棄に応じかねます」


頑なな様子のフラージェに対し、王子はチッと大きく舌打ちをした。


「王前だからと恐れているのか?これは一方的に俺が破棄を決めたものだ。お前は同意をするだけでいい。罰則は全て俺が引き受ける」

「同意できかねます」

「では婚約を破棄されることで経歴に傷がつくことを恐れてているのか?それくらいならば無かったことにしてやる」

「必要ありません」


フラージェの態度は変わらない。

しかし王子の顔はどんどんと険しく怪訝なものになっていく。


「……あくまで婚約破棄には応じないと言い張るのか。お前がそこまで頑なになる理由は何だ。金が受け取れなくなるかもしれないと心配しているのか?」

「違います。金銭の受け取りは致しておりません」

「では地位か?こんな王子でも婚約者になれば皆がかしづくとでも思っているのか?」

「いいえ、そんなものに興味はありません」

「まさか俺に惚れているなんて馬鹿なことは言わないだろうな」

「言いません」

「そうか。やはり脅されたのだな。であれば……」

「いいえ。私は、ここに自分の意思で参りました」


王子の言葉はフラージェの強い言葉によって遮られた。

王子は驚きを隠すようにひとつ深いため息をつくと、値踏みするようにフラージェを見る。


「自分の意思で……だと?では理由は何だと言うつもりだ。お前には理由があるのだろう?その強い意志を持つに至った崇高な理由とやらが」

「お答えできません」

「……答えられないだと?」

「はい」


フルフルと首を振ると、フラージェの深い赤の髪が揺れる。

同じく真紅の美しい瞳が、長いまつ毛の奥で真っ直ぐに王子を射抜く。

全く動じることも怯えることもない、頑なな態度。

しかし、その態度は王子を更に苛立たせた。


「ふざけているのか!」

「いいえ」

「ハッ。その態度がふざけていると言っているんだ!もういい、これでは埒があかない。しかし俺は絶対にお前を婚約者とは認めない。今後絶対にお前に会うことも話すこともない。消え失せろ」


王子、ユーシス・ウェザーガインはその美しい顔を歪ませた。

冷たく恐ろしい瞳でフラージェを睨むと、手に持っていた婚約書類を破り捨てた。

無惨な姿になってしまった書類は下に落ち、死体のように床に広がった。

ユーシスはもう振り返ることもなく、マントを翻して謁見の間から出て行った。


フラージェは一人ポツリと取り残される。


「フラージェ嬢、すまぬな」

「陛下が謝罪されることなどございません」


扉が音を立てて閉まった後、腰の曲がった国王は小さく謝った。

しかしフラージェは首を振る。


「それにしても、嬢は随分と落ち着いているのじゃな」

「いえ、まだまだ未熟者です」

「謙遜を。不躾にはなるが、嬢は随分と噂と違うようじゃ。噂に聞いていた嬢は、今の嬢とは正反対の」

「陛下。噂とは往々にして信用ならないものでございます」

「なるほど。そのようじゃ、と言うしかな……ごほごほごほ!!」

「陛下?大丈夫ですか?」

「ごほ、ごほごほごほ!」


国王は会話の途中で大きく咳こんだ。

どこかただの風邪とは毛色の違う酷い咳が部屋に大きく響く。

家臣に水と常備薬を渡されて、国王の咳はなんとか収まった。


「少し体調が悪いだけじゃ。すまんな。話の続きをしよう」

「かしこまりました」

「わしが勝手に取り付けた婚約を、嬢が受けてくれた事には感謝している」

「恐れ入ります」

「しかし本当に良いのか?」

「といいますと?」

「取り付けたわしが言うのも可笑しいかもしれんが、嬢は本当にあやつと結婚するつもりなのか?噂通りの嬢であったのならまだしも、今の嬢のような娘であれば他の結婚相手を望んでも、いかようにもなるであろうに」

「いいえ。私には、この婚約を破棄する意思はございません」


王は淡々として冷静なフラージェを見やり、小さく眉を上げた。


「フラージェ嬢。嬢はあやつの婚約者で居続けようとする理由を答えようとはしなかった。だが、やはり理由があるのかね?」

「私が婚約破棄に応じない理由は…………いえ、一度お受けしたお話ですので最後まで務めさせていただきたいと思ったまでです」

「……そうかね」


王は呟き、口を閉じた。


フラージェは許しを貰い、立ち上がった。

退場の為に歩を進める。

衛兵たちが大きな扉を押してくれ、フラージェは謁見の間から出て行く。

その時、最後に国王がフラージェを呼び留めた。


「フラージェ嬢、すまぬな」

「何についての謝罪でしょうか」

「あやつの婚約者などを引き受けさせてしまって」

「いいえ。これは私が望んだことですので」


国王がそれ以上言葉を発することは無かったので、フラージェは今度こそ本当に謁見の間を去った。


王宮の長い廊下を、衛兵のエスコートで歩く。

他に人影のない曲がり角を曲がった時、フラージェは前から現れた人影に進路を遮られた。


「何か御用でしょうか」


フラージェは人影を確認し、深く礼をした。


「お前、やはりアレの婚約者とするには勿体ない程美しいではないか。噂はとんだ間違いだったようだな」

「滅相もございません」


いきなり不躾な視線を向けてきた背の高い人影は、第二王子のべアドルフだった。

べアドルフはどうやら、謁見の間から先回りしてフラージェに追い付いたらしい。

第一王子のユーシスとは違い、王族特有の高貴な銀の長い髪と碧の瞳を持っているべアドルフは、偉そうにフラージェに顔を上げるように指示した。


「今からでも遅くはない。アレとの婚約を破棄してはどうだ」

「先ほども申しました通り、私に婚約破棄の意志はございません」

「本当にそうか?先程は王の御前だからと、婚約破棄に同意できなかったのだろう?」

「いいえ。たとえ王命であっても、私は自分の意にそぐわない事は致しません」

「ほう?王命であってもとは随分と強い言葉を使う」


フラージェの発言に、べアドルフは目を細めた。


「気の強い女はあまり好きでは無いんだが」

「申し訳ありません」

「しかし、それを補って余るほどに顔は悪くない」


べアドルフは笑いながら、フラージェの耳元に近づいた。


「フラージェ・エンデバーグ。アレとの婚約破棄に応じて俺の側室になれ」

「側室ですか」

「そうだ。アレに王位継承権は無いし、第三第四も敵ではない。俺が王座に就くことはほとんど決まっている。正妻でなくとも悪くない話だろう。どうだ?」

「いいえ。恐れ入りますが、私は第一王子殿下との婚約を破棄する気はありません」


べアドルフは気分を害したようにふうんと唸った。


「俺はこれから国すらも手に入れる。アレと比べればその価値など一目瞭然だろう?なあ、お前は美しいドレスは好きか?宝石は?旅行は?何か欲しいものはないか?」

「ありません」

「では権力は?街をひとつ任せようか?騎士団の指揮権をやろうか。それとも好きに港を使う権利がほしいか?」

「要りません」

「名声はどうだ。国王の側室ともなれば国中の女が羨む地位だ。憧れと羨望の眼差しを一身に受けるのは気持ちがいいと思わないか」

「遠慮いたします」


フラージェは深々と頭を下げた。

べアドルフはその態度が気に食わなかったようで、チッと大きく舌打ちをした。


「では、お前はあくまでアレの婚約者であり続けるんだな?」

「はい」

「アレが王族の汚点だと知っていてもか」

「はい」

「お前は聡明な女かと思ったが違ったようだな」

「恐れながら」

「いいだろう。ではその愚かさを後で後悔するといい」


べアドルフはマントをバサッと翻し、振り返ることもなく去っていった。

このべアドルフは最も優秀で、王位に最も近いと言われている男だ。しかしフラージェも去ったべアドルフの背中を振り返ることなく、その場を立ち去った。


フラージェが目指すのは、帰りの馬車が止めてある正門だ。

正門に向け、中庭にある渡り廊下を突っ切って進んでいく。


途中、通り過ぎた中庭に風が吹き、花の香りがフラージェの鼻を掠めた。

それは、懐かしいような、飽き飽きするような香りだった。

フラージェは一瞬立ち止まり、天を仰いだ。


「時間はもう、あまり残されていません……」


フラージェはキュッと拳を握り、王宮を振り返った。

大きくそびえる白亜の建物は、この国の権威を象徴するに相応しい。

そして何も知らない人々は、この建物を神々しいと崇めている。

しかし、フラージェはまるで憎悪でもしているかのように王宮を睨んでいた。


「……次は必ず助けます」




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