表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき2

さめる

作者: 狐彪

三題噺もどき―にひゃくごじゅうよん。

 


 暖かな日々が、ようやく安定して続く様になってきた。

 とはいえ、風が強ければ寒い。この辺りは、背の高い建物が多いせいか、風の勢いも他の数倍な気がする。その分、体感温度というやつが下がっていそうだ。

「……」

 今いる場所はさほど、風は酷くない。

 周りには、高いマンションなんかは立って居るけれど。住宅街であることも関係あるだろうか。他よりは、比較的穏やかだ。

 ―私の心境は全く穏やかではないが。

「……」

 小さな公園。

 昼間ではあるが、平日ということもあってか、他に人影はない。

 ブランコと、少し大きめの滑り台があるだけの、こぢんまりとした公園。

 土日とか、もう少し遅い時間になると子連れがやってくる。

 ―それまでにここをどかないと、変な人に思われそうだ。

「……」

 公園の端の方には、2本の大きな桜の木がある。

 日当たりがかなりいいのか、満開だ。

 時たま吹く風にひらりと舞うその様は、まさに日本の心という感じで。ここの穏やかな空気に、ひと役買っているようだ。

 ―私にもその穏やかさを分けて欲しいものだ。

「……」

 その桜の根元近くに設置されている、1台のベンチに私は座っている。

 ぼぅっと。

 何をするでもなく。頭上に広がる桜を眺めている。

 こうしていれば、少しは落ち着くかと思ったが。

「……」

 全くそんな気はしないな。

 ぼぅと、しているせいか。

 嫌なことばかりが頭の中を巡る。

 悪化の一途をたどっている。

 ―けれど、こうして上を向いていないと、色々とこぼれそうでいけない。

「……」

 下を向けば、手に握っているそれが目に入りそうで嫌だ。

 いや、握っているから大丈夫ではあるんだけど。

 見たくないものは、隠して、目を反らすに限る。

 ―こんな嘘でまみれていた、結婚指輪なんて。

「……」

 数年前に。

 2人で共にあることを誓い。

 お互いの、薬指にはめた指輪。

 シンプルで、宝石なんてものはついていないけれど。

 大切な。

 大切な。

 大切な。

 あの人とのつながり。

 私と、あの人を繋ぐ。

 確かな、鎖。

「……」

 けれど、そう思っていたのは。

 私だけだったらしい。

「……」

 今日が半ドンだったことを忘れていて。想定より早く上がることになった。

 だから、さっさと帰って。溜まっている掃除とか片付けとかをしながら。たまには、いつもより気合の入った料理でもふるまおうと思って。

 そう、思って。

「……」

 今日帰ってくるの何時だろう、なんてことを思いながら。

 ガチャリと開けた玄関の扉。

「……」

 そこに。

 あの人の靴と。

 私の趣味でも何でもない。

 見たこともない。

 ブーツがあった。

「……」

 慌てたのか、余裕がなかったのか。

 乱雑に脱ぎ捨てられた、2足の、2種類の靴。

 それをみて、がちりと体は固まった。

「……」

 何があったのか分からなかったが。

 すっと、全身から血の気が引いていくのを感じた。

「……」

 それからどうしたのだったか……。

 奥の部屋から、知らない女の人が出てきて。それにつづいて、あの人も出てきて……?

 何事かと問い詰めでもしただろうか。

 それとも、ただ唖然としたまま、あの人の言い訳を聞いていただろうか。

 あぁ。どうも曖昧だが。

 出てきたのは確かで。

 ここに逃げてきたのは確かで。

「……」

 こういう時って。雨でも降ってくれるもんじゃないのか。

 ドラマじゃぁ、大抵そうだろ。

 そうすれば素直に泣けそうなものだが。

 ま、こんな所で大声上げて泣きはしないが。

 泣いても不思議に思われないような演出ぐらいは欲しいものだ。

 あぁ、でも。

 雨の中で、傘も差さないでいる方が、あやしいかもしれないな。

「……」

 突然、びゅうと吹く風が。

 雨の代わりだと言わんばかりに、桜の花をちぎって落とす。

 私の上に舞うそれが。

 1枚、頬に落ちてきた。

 ああもう。

 うっとうしい。

 きもちわるい。

「……」

 けれど、ぬぐおうとは思わなかった。

 ぺたりと張り付いたそれは、酷く冷たくて。火照っていた頬を、冷やしていく。

 ぐずりと、痛む鼻の奥が、少しマシになったような気がした。

 熱くなり始めていた目の奥から、痛みが引いていくような気がした。

「……」

 少しずつ。

 少しずつ。

 いろんなものが引いていく。

 冷めていく。

 ―覚めていく。

「……」

 この切り替えの早さは、我ながらどうかと思うが。

 まぁ、これ以上ここに居るわけにもいかないし。

 アイツらもいい加減、出ていっただろう。

 これで、まだいたら、もう放置だ。知らない。

 そのまま、近くのカフェにでも行って、自分のご機嫌取りをしてやろう。

 あぁ、会社に行くのもいいな。

 仕事がないわけではないし。

 そういえば、後輩に飲みに行かないかと誘われていたんだ。

 いきなりになるが、今日誘ってみよう。

「……っし」

 おーけーおーけー。

 色々と戻ってきた。

 私は、アイツにかまっている暇はない。

 そんな時間の無駄はない。

 さっさと、どうにかしてしまおう。



 お題:ブーツ・結婚指輪・雨

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ