わが国の筆頭聖女は娘で幼馴染で元婚約者です
スヴィトロ王国には、厳格に守られている慣習がある。
それは、筆頭聖女が必ず王家の養女に迎えられるというものだ。
その歴史は古く、王国が興った千年以上前から続くと言われていた。
聖女を養女とするのには、三つの理由がある。
一つ目は、聖女の後ろ盾を強固なものにし、不埒な輩から守るため。
二つ目は、聖女が国外に出て行かないように制限するため。
そして三つ目は、王家の威信を確固たるものにするため。
よって、新しい筆頭聖女が生まれた現在、王家は彼女を迎えるための準備に追われていた。
そんな準備の裏で囁かれているのは、悲しい噂だ。
昨年、先代の国王陛下が若くして急逝し、王位を継いだのは当時十八歳のダニエル王太子だった。
ダニエルには双子の妹と、二人の弟、一人の妹がいた。
双子の妹のミーシャは、ダニエルと同じ栗毛色の髪にサファイヤブルーの瞳を持った少女だ。
年齢は、もちろんダニエルと同じなのだが、顔立ちが童顔なために年齢より幼く見える。
そんなミーシャの幼馴染が、四大公爵家のうちの一つであるシャヤティー公爵家の令嬢であるアリスだった。
アリスは、ミーシャの一つ年下ではあるが、凛とした立ち振る舞いと大人びた顔つきから、よく年上に見られていた。
プラチナブロンドのウェーブがかかった髪に、ピンクレモネード色の瞳。
切れ長の目は意志の強さを示しているようで、白磁の肌は透けるように美しかった。
また、才女としても有名で、学園での成績は常にトップクラス。
そして、聖女の才能も……。
もちろんダニエルとも幼い頃からよく知る幼馴染だ。さらには二人は互いを慕い合う婚約者でもあった。
若くして王となり、その聡明さから賢王になるだろうと噂されているダニエル。
あらゆる才に秀で、その優しさと美しさで皆から慕われているアリス。
この二人が結婚することを国民たちは楽しみにしていた。
しかし、ここで思い出してほしい。スヴィトロ王国の古き慣習を。千年も続き、厳格に守り伝えられてきた、その慣習を。
そう、筆頭聖女に選ばれた者は王家の養女となる。
そして、新しい筆頭聖女は神からの神託により、アリスであると決まってしまった。
現在の国王はダニエルであり、筆頭聖女となったアリスはダニエルの娘として迎えられることになった。
当然、二人の婚約は解消されることとなる。
惹かれ合い、仲睦まじく愛を育んでいた二人は、父と娘という間柄に変わってしまう。
悲しき運命に翻弄される二人。
アリスは失意のあまり臥せっていると専らの噂だった。
「本当に、勝手に人を悲劇のヒロインに仕立てあげないでほしいですわ。」
「まあ、そう言うな。」
ぷりぷりと怒りながら口を尖らせるアリスを宥めながら、紅茶に口を付ける。
ゆっくりとカップを戻すと、アリスがちらりとこちらに視線を送った。
「あなたにだって関係があるんですよ、お父様?」
「ははは、私もびっくりだ。」
私が肩を竦めると、アリスも溜息を吐いた。
ここは、王城のサロン。
部屋には護衛である近衛騎士団長のハロルドと私たちだけだ。
ハロルドは侯爵家の次男で、二十二歳。私とは剣術の稽古を一緒にやっていたため、兄のような存在だった。
それゆえにアリスも普段のような令嬢然とした雰囲気ではない。
「第一、どうして私たちは互いを想い合っている婚約者だったみたいになっているんですの?王城勤めの方たちまで信じているご様子ですし?困りますわ。」
「それは私もおかしいと思っているが…。まあ、傍から見たらそう見えたんだろう。」
あくまでも他人事のように振る舞う私が気に食わなかったのか、アリスは私を睨み付けるとハロルドへと視線を合わせた。
「私がお慕いしているのはハロルド様だけですのに…。どうしてこんなことに…。」
俯きしょんぼりとするアリスに、ハロルドも眉を下げる。
しかし、真面目な彼が職務中に私語を挟むことはない。
ぴしりと直立不動のままだ。
(こんなに二人が想い合っているのは明らかなのに、どうして周りは勘違いをしているんだか…)
やれやれと首を振る。
アリスは昔から、ハロルドのことが大好きだった。
しかし、ダニエルとアリスの婚約は二人が小さい頃に親同士が決めたものだ。
力のあるシャヤティー公爵家と王家との婚約は政治的な意味合いも強く、二人には拒否権がなかった。
「何としてでも婚約解消したくて、必死に勉強して勉強して、ようやく筆頭聖女になったのに…!!陛下だって、サーヤと婚約できるのですよ!!私たち、幸せなのに!!」
「あ、ああ。」
そう、これは私たちが長年かけて作り上げてきたシナリオでもあったのだ。
アリスがハロルドを慕っているように、私はアリスの一つ下の妹であるサーヤを慕っていた。
アリスの影に隠れてしまってあまり注目されていないが、サーヤも聖女としての才能があり、頭の回転が早い才女だ。
アリスが広範囲を一気に浄化するような術式を得意としているのに対し、サーヤは繊細で複雑な術式を得意としていた。
性格にもそれはよく表れていて、派手ではないが実直だった。
私はそんなサーヤの真面目で驕らない性格に惹かれ、いつの間にか心を寄せていた。
サーヤ自身も、私のことを慕ってくれているとは思うのだが、真面目な彼女は姉の婚約者である私と一定の距離以上近づくことを良しとしなかった。
王家とシャヤティー公爵家との婚姻は避けられない。
しかし、それならば、アリスではなくてサーヤでも良いのでは…?
そう言ったのは、どちらからだったか。
だからと言って、簡単に婚約を破棄するわけにはいかない。
そうしなければならない理由がないと、どちらかに問題があったのではと勘繰られる可能性が高いし、シャヤティー公爵家との婚姻自体が難しくなる可能性もある。
だからこそ、まだ八歳の頃に決めたのだ。
「私が筆頭聖女になれば、王家の養女になるから婚約は自然に解消!シャヤティー公爵家としては私がダメなら妹のサーヤとの婚約を勧めるだろうし、私は同年代の方と婚約を結ぶことができる!完璧な作戦!!」
「本当に筆頭聖女に選ばれるとは、流石としか言いようがないな。」
「当たり前ですよ。それなのに、何?私が陛下に会うために頻繁に登城していた?私が陛下を見て頬を染めていた?ぜーんぶ、ハロルド様のためです!!」
「私たちが頻繁にお茶をして、長時間出てこないというのも噂になっているぞ。」
「そりゃあ、陛下の恋の相談に乗って差し上げてますもの。ねぇ?」
「う…、否定はしない。」
ほほほ、と口元を扇で隠しながらアリスは笑った。
しかし、次の瞬間には表情を暗くして言った。
「でも、これだけ噂が広まってしまうと新しい婚約を結ぶことも難しいかもしれませんわね…。」
「そうだね…、私はともかくアリスは難しいかもしれないね。傷心のアリスに手を出した不埒なハロルド、なんて言われそうだ。」
そう言ってハロルドを見ると、彼は無表情なままだったが、僅かに片眉を上げた。
この噂のせいで、アリスとハロルドの婚約は確かに難しいだろう。これはまるで……。
「これだけ噂の回るスピードが速いことを考えると…恐ろしいことですが、誰かが噂をバラまいたとしか考えられませんわ…。」
「奇遇だね、私もその可能性を考えていた。」
「はあああ、一体誰がこんなこと…。」
互いに溜息をつきながら、今日のお茶会はお開きとなった。
◇ ◆ ◇ ◆
王城のサロンから出て、公爵家の馬車に乗るために侍女とともに廊下を歩いていると、向こうから歩いてくるミーシャを見つけた。
背が低く、栗毛色の髪はふわふわとしていて、ぱっちりと大きく垂れ目なミーシャはまるで小動物のような可愛さの王女だった。
私を見つけたミーシャは嬉しそうにぱあっと顔を明るくして、こちらに手を振ってきた。
「アリス!体調は大丈夫なの?」
「まあ、ミーシャ!あなたまであの噂を信じているなんて言わないでしょうね?私はこの通り元気よ。」
「……そう?」
少し夢見がちなところがあるミーシャは、とてもおっとりとしていて、危なっかしいところがある。
私はミーシャと仲良くなったのも、心配で見ていられなかったからというのがあった。
今も、噂とは何だったかしらと言うようにきょとんと目を丸くして、首を傾げている。
そんなミーシャは現在この国に留学に来ている隣国の王太子と婚約を結んでいる。
来月には王太子の帰国に合わせて、お妃教育のためにこの国を離れることになっていた。
「もうすぐミーシャとも会えなくなってしまうのね。準備は順調?」
「ええ!しっかりと進めてるわよ。」
「大変だと思うけど、頑張ってね。」
「うふふ、アリスもね。」
くすくすと笑いながら、ミーシャは「またね」と手を振って去っていった。準備が忙しいのだろう。
私も、ミーシャに手を振ってその場を後にした。
そうして自邸へ帰ると、家令が慌てた様子でやって来た。何かあったようだ。
「アリスお嬢様、旦那様がお呼びです。」
「お父様が?」
「はい、帰り次第執務室へいらっしゃるようにと。」
「分かったわ。」
王城へ行くためにきちんとした服を着ていたため早く着替えたかったのだが、唯ならぬ雰囲気を感じてすぐにお父様の執務室へと向かった。
執務室には、お父様がひとりで待っていた。
ソファに座るよう言われて大人しく着席する。背筋を伸ばしてお父様を見つめると、少し疲れた様子でお父様もこちらを見返していた。
「帰ってきて早々悪かったな。ここに呼んだのは、他でもない。アリスの噂のことだ。」
「噂…でございますか?」
どの噂のことでしょう…?
たくさんありますが、お父様が執務室へお呼びになるような噂はなかったと思うのですが…。
「アリスが失恋への失意のあまり筆頭聖女を辞退しようとしている、と。」
「なんですって!?」
あまりの衝撃に叫んでしまった。
お父様は残念なものを見るような目でこちらを見ているけれど、今はそれを気にしてあげる余裕はない。
「一体誰が、そんなに根も葉もない噂を…。」
「まだ分からない。噂の出処については、現在調査中だ。だが、噂は王城で発生した。これだけは分かっている。」
「王城で???」
「そうだ。私の補佐官が王城の廊下で噂話をしている侍女たちの話を聞いて、すぐに私のところへ報告に来たんだ。お陰で噂が広がる前に否定することができた。他の貴族たちや市井では噂になっていなかったから、出処は王城内と見ていいだろう。」
「これまでの噂も、王城内で広まるのが異様に早かったですわよね?」
「ああ。誰か、アリスのことをよく思っていない人物がいるのかもしれない。しかし、これまでの噂を考えると、アリスのことを褒め称えるばかりで貶めるのとは違ったからね…。同じ人物が流しているのだとすると、向こうの真意が分からない。」
たしかに、お父様の言う通りだわ。
でも、はじめに流れた私を悲劇のヒロインに仕立てあげた噂も、ハロルド様との婚約を邪魔するためだと考えれば説明がつくのではないか?
陛下のことが大好きなアリスという人物像を作り上げ、さらに筆頭聖女の辞退。何がなんでも陛下と私を婚約させようという気概を感じる。それはつまり、私はハロルド様との婚約はできないということ。
そこまで考えて、私はひとりの人物に辿り着いた。
いや、そんなはずはないと考えてつつも、しかしあの人しか実行できないともう一人の私が叫ぶ。
「お父様…ひとり、調べていただきたい方がおります。」
私がそう言って口にした名前に、お父様は目を瞠ったが、すぐに頷いてくれた。
もうすぐ私が王家の養女になる日が来る。
その日は王城で舞踏会が行われる予定だ。きっと向こうはその日を狙ってくるだろう。
それまでに私も証拠集めをしなければ。
私たちの、幸せのために。
◇ ◆ ◇ ◆
舞踏会当日、私は婚約者としてではなく、父としてアリスをエスコートして会場に入った。
彼女は白地に青と金の装飾があるドレスを着て、凛とした佇まいはまさに聖女に相応しい。
会場に入る前、恐らく向こうは今日の機会を逃さない、とアリスは言った。
だからこそ、相手側にそれを悟られないように、私たちは穏やかな笑みを顔に貼り付けて、王族用の入口から入室した。
会場では多くの貴族が、こちらを好奇の目で見つめてきた。
それに気が付かないふりをして、私たちは静かに席に座る。
私の隣には今日の主役であるアリスが座り、その隣には妹のミーシャ。反対側には弟妹たちが座っている。
私の後ろにはハロルドが控えた。
「皆、今日の良き日にこうして集まってくれたこと、本当に嬉しく思う。本日をもって、アリス・シャヤティーは、筆頭聖女として私の養女となり、アリス・スヴィトロとなった。我が国の繁栄と、アリスのこれからの活躍に、乾杯!」
「「「王国に幸あれ!!!」」」
私の言葉に皆がグラスを掲げる。だが、本番はこれからだ。
私たちに挨拶しようと列をなす貴族たちと、会話をしなければならない。
はじめに現れたのは、隣国の王太子だった。彼は、ミーシャの婚約者である。
しかし、その隣にミーシャはいない。別行動をすることにしたようだ。
「お久しぶりです、ダニエル陛下。そして聖女様。こうしてあなたに、国王陛下の娘としてご挨拶する日が来るとは思いませんでした。」
彼は金髪蒼眼の王子様らしい見た目で、爽やかな笑みを浮かべた。
「お久しぶりですわ、カーシス殿下。私は、優れた聖女になりたいと学んでまいりました。こうして神に選ばれたことを心から嬉しく思いますわ。」
アリスが満面の笑みで答えると、彼は少しだけ目を瞠って、それからすぐに王子様らしい微笑みを浮かべた。
「いろいろな噂が飛び交っているようで心配しておりましたが、杞憂だったようです。スヴィトロ王国の明るい未来を祈念しております。」
「来月からは、妹が世話になります。そそっかしい妹ですが、よろしく。」
「ええ。私もミーシャ嬢を探しているのですが。彼女はまるで気まぐれな猫ですね。愛想を尽かされないように頑張りますよ。」
そう言って肩を竦めたカーシス王太子は、笑って去っていった。
次の挨拶はシャヤティー公爵家だった。
公爵と公爵夫人、そしてサーヤがやってきて、公爵が長々と「娘をよろしく」「娘は我が家の宝だ」云々と話をしている。
公爵は娘たちをかなり溺愛しているから、仕方ないだろう。
話半分に聞き流しながら、隣に立っているサーヤへ微笑むと、彼女はかすかに頬を赤く染めて、小さく微笑んだ。
ああ、なんて可愛らしいんだろう。
でれっとなってしまいそうな頬を、なんとか理性で整え直して、無事に公爵の話を聞き終えた。
その後も、次から次へと挨拶がやって来る。
ようやく半分くらいか…というところで、それは起こった。
「きゃー!!!」
令嬢の悲鳴が会場に響き渡る。声の出所を見ると、数名の令嬢たちがテラスから駆けてくるところだった。
「何事だ!!」
ハロルドが私とアリスを守るように立つ。
その陰から覗くと、テラスに蠢く何かが見えた。
「陛下、魔物がテラス内に侵入しております!急ぎ非難を…。」
「いいえ、私が浄化いたします。」
側近たちの言葉を遮るようにアリスが立ち上がった。そもそも、ここは王城。王城の周りは当代の筆頭聖女、つまりアリスによって結界が貼られている。
それなのにテラスに魔物が侵入しているとは。
きっと多くの人は聖女の結界が破られたと思うだろう。
そして、魔物たちをアリスが浄化をすることも当たり前だと考える。
だが、アリスの結果がそう簡単に破られるだろうか…??
「Святий меч」
アリスの美声とともに、複数の光の剣が空中に浮かび上がる。
美しい剣は、魔物たちの方向へ向かって飛んでいった。
「Розвиток святилища」
魔物たちに真っ直ぐ向かっていた剣は、ぐるりと囲むようにしてテラスに突き刺さる。
「Покажи」
魔物たちを眩い光が包んだ。
その光は瞬時に圧縮すると、会場の端と魔物たちを結ぶ。
「いやああああ!!!」
それと同時に、会場の端、魔物たちと光の糸で繋がった人物から悲鳴が上がった。
会場の端で醜い悲鳴を上げる人物…………それは、双子の妹のミーシャだった。
「ミーシャ…?」
驚きに目を瞬かせている間に、光の糸はミーシャに巻き付き、彼女の身体を拘束した。
アリスが使用した術式は、難しいものではない。
あれは、魔物がテイムされている場合に術者を特定するためのものだ。
しかし、魔物の使役はこの国では禁忌。
使役者の処刑は免れられない。
アリスの結界が破られたと思った者。
アリスの結界が破られるはずがないと、召喚を疑った者。(私もこのうちの一人だ)
これらはいるだろうが、まさか禁忌を犯して魔物の使役を行うなど…。
それも…ミーシャが???
信じられない気持ちで妹と娘を交互に見つめる。
しかし、ミーシャのサファイヤブルーの瞳はガラス玉のように何も映していないように見えた。
会場内が騒然とする中、アリスはもう一度声を張り上げた。
「Покажи」
「ぐうっ…!」
再び光の糸がミーシャと………。
ミーシャと糸が繋がっていたのは、隣国の王太子であるカーシスだった。
◇ ◆ ◇ ◆
カーシス殿下を光の糸で拘束した私は、浄化の力を使ってカーシス殿下とミーシャの使役を解除した。
それと同時にミーシャと魔物たちの使役も解除され、魔物は四散して消えていった。
ミーシャはその場で意識を失って倒れてしまっている。
「ミーシャをすぐさま医務室へ。サーヤ、彼女の治療をお願い!」
私の声にサーヤは頷くと、そのままミーシャを運ぶ騎士たちとともに会場を後にした。
サーヤがいれば、きっとミーシャは助かるだろう。
「さて、カーシス王太子殿下。これはどういうことかご説明いただけますか?」
猿轡のように噛ませていた光の糸をどかしながら、私は殿下に問いかけた。
「貴様!私は隣国の王族だぞ!これは国際問題だ!!!」
「まあ!隣国の王女を使役して魔物を使って会場を混乱に陥れたのでしょう?元より国際問題にならないとお思いでしたの?」
扇で口元を隠してクスリと笑えば、カーシス殿下は真っ赤になって唇を噛んだ。
「私、ここ最近は国で悲劇のヒロインのような扱いを受けておりましてね。おかしいなと思っておりましたの。だって…私がお慕いするのはハロルド様ただお一人だというのに…。」
ひどいわ、と呟けば会場内に動揺が走った。貴族がこそこそと話をする声が細波のように聞こえてくる。
ある種の愉悦を感じながら、私は続けた。
「それで、噂が発生した日をお父様に調べていただいたのです。そうしたら、どの日もカーシス殿下とミーシャが一緒にお茶会をした日だと分かったのです。しかも、もっと調べたら、噂を流したのはお茶会のときに控えていた侍女たちだと言うではありませんか。私、確認をしましたのよ。そしたらミーシャがカーシス殿下と話しているのを聞いたと。そして、ミーシャがそれを広めて、私の恋を応援してほしいと願ったと。全くおかしな話ですわ。」
今度は、静寂が会場を包んだ。カーシス殿下には、疑いの目が向けられている。
先程もミーシャを使役していたのだ。これまでも日常的に使役をしていたと思われても仕方がない。
しかし、カーシス殿下は唇を噛んだまま、じっとこちらを睨み付けるだけだった。
「それで、私、貴方のお国のことを徹底的に調べました。……どうやら、聖女の血が途絶えたそうですわね。そのため、聖女の血が濃いシャヤティー公爵家より妻を娶る計画があるそうではないですか。」
私の言葉に先程の比ではないほどの動揺が走った。
シャヤティー公爵家の子女は二人。私とサーヤだ。私が筆頭聖女に選ばれてしまえば、私はもちろんのことながら、必然的にサーヤがダニエル陛下の婚約者となるため隣国との婚約も難しくなる。
だからこそ、私にはダニエル陛下の婚約者のままでいてほしかったのだ。
「私とダニエル陛下の健気な恋物語の噂を流し、筆頭聖女の辞退を匂わせ、そして公衆の面前でミーシャに全ての罪を擦り付けて断罪の上、婚約を破棄するおつもりでしたね?魔物が貴方を狙っていたので結界の内に入れましたが、怪我をさせられたことを理由にサーヤとの婚約を迫るおつもりでしたか?」
冷たく言い放つと、カーシス殿下は唇をわなわなと震わせて、怒りを露わにした。
「だったら何だというのだ?嫁ぎ遅れた聖女がいるのだ。それを貰ってやろうと思っていたのに!!姉が筆頭聖女に選ばれたから国王陛下の婚約者だ??はっ!!笑わせるな!!」
恨みの籠った目でこちらを見つめながら喚く姿は滑稽で、私は溜息が出そうになった。
しかし、それを許さなかった者がいたようだ。ダニエル陛下だ。
「おい、私の愛するサーヤに何を言う。嫁ぎ遅れだ??ふざけるなよ。彼女が嫁いでしまっていたら、私との婚約が結べないだろうが!!」
地を這うような声を発しているが、内容はただの惚気である。多くの貴族令嬢たちが口や頬に手をやって息を飲んでいる。
しかし、頭に血が上っている陛下はそれに気が付いていない。
「大体何なんだ。あの噂は!!俺の心にはたしかに一人と決めたご令嬢しかいないが、それはサーヤだけだ。あのような戯けた噂を流された私の身にもなってみろ!」
怒鳴っている陛下に目をやると、その後方、医務室へと続くドアのところに目を覆って真っ赤な顔をしている令嬢が見えた。
あの姿は見間違いようもない。サーヤである。
こんな公開告白を聞いてしまったのね、かわいそうなサーヤ。
でも、あの様子だと嬉しそうね。良かったわ。
私の生暖かい視線に気が付いたのか、ダニエル陛下が後ろを振り向き、息を呑んだ。
「サ、サーヤ…?」
「はい、陛下。サーヤでございます。」
「……聞いてしまった?」
「……はい。」
「っ……!」
お互いに赤くなりながらもじもじとしている二人を、周囲は私と同じ生暖かい目で見守る。
もはや、問い詰められていたカーシス殿下でさえ、二人に生暖かい視線を送っている。
しかし、二人は自分たちの世界に入ってしまったのか、そんな周囲の状況はお構いなしのようだ。
ダニエル陛下は吸い寄せられるようにサーヤのところへと向かい、そして跪いた。
「私の心は、ずっと昔からあなただけのものだ。サーヤ、私と結婚してくれないだろうか。」
「はい……っ!」
真っ赤な顔をさらに赤くして、サーヤは嬉しそうに微笑んだ。
良かったわ。本当に良かった。
私はカーシス殿下に魔術封じの枷をかけ、駆け付けた兵士たちに引き渡すと、そっと後ろを振り向いた。
そこには、静かに立ちながら、私にしか分からないほど僅かに微笑むハロルドの姿。
これから、隣国との関係はかなり拗れてしまうだろう。
ミーシャの心のケアも必要だ。
それでも、私は自由を手に入れた。
「今度のお休みは、一緒にお茶してくださる?」
ハロルドに尋ねれば、彼は少しだけ驚いた顔をした後、「もちろんです」と小さく答えてくれた。
終
最後までお読みいただきありがとうございます!
自分で書きながら、ハロルドが無口すぎて困りました。。。笑
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5/16 誤字脱字報告ありがとうございます!とても助かりますm(__)m