私はモブです。モブでも譲れないものがあります。
連続更新しています。よろしくお願いします。
翌日の朝、天気はとりあえずお日様が出ています。
所々、雲が見受けられますが今のところ雨が降る予兆はないようです。
私は、朝起きて直ぐにカーテンを思いっきり開け放ち、朝陽照らされたバルコニーへ裸足のまま飛び出て緑茂る小さな森の向こうに視線を凝らす。
森の先は、小高い丘がありそこは、整備された草原。さらに、シンボルのように立つどっしりとした佇まいの一本木がある。
朝陽を受けて、キラキラと樹葉が輝いている。
いつからそこに立っているのか、明解な記しはないが私のお父様も子供の頃に登ったこともある、私たちをこの領地を見守ってきた大樹。
その一本木を目に焼き付けるように、ジーッと見つめる。
丘に強く根を生やし遠目でも大きく太い幹。手を広げたように伸びている逞しく力強い條々。その枝からみずみずしく茂っている葉。
そのどれもが、朝日に照らされて輝いている。
3年前、レオナルド様とルーカス様と一緒に登った大樹。
二人の初めての木登りを一緒に出来て、とても楽しかった思い出。
お互いに手を差し出し合って、上部の横に大きく張った太い枝まで協力して登った。
枝にたどり着いた時の、みんなの達成感に満ちた笑顔。
朝日に照らされた今よりも、輝いていた満ち足りた思い出。
その思い出ごと、記憶に残すように丘の一本木を食い入り見つめる。
私の目からは、いつのまにか涙が溢れていた。
朝日が眩しかった・・・
そう、朝陽が眩しいからなのよ。
今回は乗馬と言うことでわたくしも乗馬服を着ます。
昨今の女性の乗馬事情は、未だにドレス姿で男性に支えてもらって横坐りで乗るのが主流ですが、王妃様や高位な夫人や令嬢たちの間では、男性のように跨いで一人で乗ることも令嬢の嗜みの一つと言われるようになってきた。
それに合わせるように、女性用の乗馬服がバリエーション豊かになってきた。
多いのがブラウスにベスト、ジャケットにドレスにも似たロングキュロットのようなパンツ姿。
女性らしさを持ちながら、機能性も重視されたデザインが多い。
その中で私は、数ヶ月前の誕生日の贈り物に両親から乗馬服を戴いた。
王都で流行っている、最新デザインのものをお強請りしたのだけど、普段はドレスや身に着けるものにあまり興味がなく強請ることがなかった私からの衣装のお強請り。それがまさかの乗馬服でお父様は、微妙な顔をしていた。折角、衣服を強請るなら年頃の娘らしくドレスでも強請って欲しかったと言っていてから思わず『お兄様のお古で乗馬、かぁ・・・』と、呟いたら即座に了承された。
いくらなんでも、この年になってまでお兄様のお古で出歩きません。まあ。ちょっと敷地内の牧場をうろつくことはあるけど・・・
でも、いい交渉案が出来ました。
買って貰った乗馬服は、見た目男性のものとシルエットはあまり変わりません。
男性の乗馬服は機能重視の騎士の制服に近いものですが、女性のものはブラウスには襟元にフリルがあしらわれ、袖のところはふくらみを大きく作ってギャザーが寄せてありベストとパンツは型こそ男性のものと変わりがないのですが所々女性らしい飾りが施されているものが最近の流行とのことです。
着てみると、至る所に女性らしい飾りが邪魔にならない程度についていて気持ちが高揚します。
最後に革の編み上げブーツを履いて準備万端です。
鏡の前でチェックします。身だしなみ大事ね。
うん、かわいいなぁ。
服がね・・・
着ている私は普通です。
ただ、この装いだとハイウエストでキュッとしているからか、ちょっとお胸が強調されていますね。
ここ3年で手足は、細くなって腰も括れてお胸がちょっと目立っています。
うん、その成長も順調のようです。
でも、これって誰得なのかしら?
でもまあ、昨日あれだけ動いたのに全く疲労感がないとは・・・
普通の令嬢なら、筋肉痛で立つのもやっとじゃないかしら?
でもこれなら、今日と言う日を無事過ごすことが出来るはず。
鏡の中の私は、笑っている。
今朝の朝陽を受けて涙した目元も、何もなかったかのようだ。
「よしっ!」
鏡の中を見据えてパァンと、頬を両手で叩く。小気味のいい音と、ちょっと痛いくらいの刺激が、ちょうどいい気合を入れてくれる。
さあ、まずは、第一関門よ。
そうして、まだ天気の良い外へ飛び出していった。
◇
「「おはようクリス」」
「おはようございます。レオナルド様、ルーカス様」
馬場の傍にあるの厩舎に行くと、そこには二人と二頭の馬が待っていました。二人は昨日と同じ麗々しい乗馬服を身に着けてその隣には、それぞれの愛馬がいた。
我が家で過ごされる時は、いつの頃からか護衛騎士の方々が付かなくなりました。いいのかな?と気が付いたときに聞いてみたら、侯爵領に関して危険がないことが分かっているから大丈夫だと言われました。
信頼していただいて嬉しいのですが、何かあったときは大丈夫でしょうか?
心配です。何でも、王家の影らしき護衛もこちらにいらしているときは、いないとか?
本当に大丈夫なのかしら?
まあ、そう言ってもきっと本人たちが気が付かないように護っていると思うけど。
うん、たぶんそうだわ。
そうに決まってます。
王族がそうホイホイ、護衛もなく遊びまわることなんて無いはず・・・
レオナルド様の愛馬は名前をフィンと名付けていて、もうかなりの熟練された馬だそうです純白な真っ白な体躯に少しクリーム色掛かった鬣、金髪の王子様のレオナルド様が乗ればまさにリアル白馬の王子様です。
そしてルーカス様の愛馬はサムというまだ若い馬だそうです。頭と首元に白い模様のある栗毛の毛色をしています。顔つきもなんだかルーカス様のような甘えん坊に見えてきます。
さて私は、乗せてくれる馬たちにご挨拶に差し入れという名の賄賂を持ってきました。籠に入ったそれは、近くの農園で取れる林檎なのですが、これがとても香りがよくまた大きいのです。この大きさだと、熟す前に木から重さに耐えきれずに落ちるだろうに、持ちこたえてとっても甘い蜜の入った美味しい林檎なのです。
今日は、遥々国境を越えてまで来てくれた二頭にと、用意してきました。
お二人に挨拶した後、早速籠から出して一つずつ林檎を差し出したのですが、すごい勢いでかぶりついきてきます。1頭にあげているのに、もう1頭は待ちきれずにこちらに顔を寄せてきたりしていて、食べても顔を寄せて離れずにまだ食べたいのかともう一つあげたのですが、今度は私の頬を舐めてくるのです。いや、私を舐めても林檎の味はしませんよ。確かに林檎のように顔が丸いですが。それは、ちょっとコンプレックスなので、馬とはいえ触れないでいただきたかったです。
取り敢えず、二頭の鼻面を一頻撫でると満足してくれたのか落ち着いてくれた。
私を気に入ってくれたのでしょうか?将又、私を林檎と思ったのでしょうか?
あっ、なんだか二頭の馬から熱い視線を受けます。睫毛が長くて凛々しい瞳をしていますね。
これは、私を気に入ってくれたと思っていいかしら?
前世で人の男性にもこんなに熱い視線を貰ったことがないのですが、馬にもてる何かがわたくしにはあるのかしら?
これが、私のモテキだったらなんだか嫌だわ・・・
「わたくし!ルーカス様とがいいです!!」
そんな出発前の穏やかな空気の中レオナルド様が私を乗せようとしたのですが、ルーカス様を私が指名したことでその雰囲気が一遍してしまったのです。
レオナルド様が、馬に跨り「さあ」とまるでおとぎ話の王子様のような、いや、ここはやっぱり乙女ゲームの王子様のように手を差し出してくださったのですが、私はその手を取ることがなくまだサムに跨る前のルーカス様の方を向いてお願いをしました。
「クリスっ、僕と一緒に乗ってくれないの?」
私の声を聞いた途端、レオナルド様の聞いたことがない様な悲痛な声がかけられた。
レオナルド様からしたら、拒否されたと取られたのでしょう。表情も声同様、悲痛な顔をされています。
そんな顔をされるとは、思いもしなかったのでちょっと驚きました。
うぅ~、そんなお顔しないでください。そんな顔をされると私もつらいんです。
「う~ん、僕としては嬉しいけど・・・」
ルーカス様は、口元を手で押さえながら小さく呟いて、抑えきれない笑みが見えます。
そうですよね。いつもなら違いますもん。
私からしたら、こんなモブ女との乗馬、どちらが先だろうが構わないと思うのですがレオナルド様にとっては違うようです。
「・・・だって、いつもレオナルド様が先ではないですか。お年が上のお兄様だからってそんなのずるいです。
昨日のダンスもレオナルド様が先でしたし・・・」
そう、いつもレオナルド様が先にルーカス様が後にという順番です。
兄弟の決め事なのかな?と気が付いたときは思ったものですが、ルーカス様が何度か変わってほしいと言っていたのですが、言葉巧みにレオナルド様が言い含めて結局この順番が変わったことはありません。
「大体、どうしてルーカス様がいつも後なのですか?年長者なら、少しは譲ると言うことをしてもいいと思います。
昨日はレオナルド様が先に踊られたのだから、今日は先にルーカス様と乗ります」
「っ!それはそうだけど・・・でも」
レオナルド様は私の主張に何かを言おうとしますが、言い返せないようです。
だって、私はおかしいことは言っていませんもん。
重要な何かを譲れと言っているわけではないのです。乗馬の同乗の順番の後先を変わってほしいと言っているだけなのです。なんでそんな悲痛な顔をされるのか私にはわかりません。
「あぁ~、兄上の特権ばれちゃった。
それ言われたら兄上も何も言えないもんね」
ニヤニヤ笑って、ルーカス様がレオナルド様を揶揄うように言います。
それにいつもと違ってキッと睨んでくるレオナルド様。珍しいです、いつもは穏やかに笑っている方なのに。こんなことぐらいで、ルーカス様を睨むなんて。まさか、レオナルド様がそんな態度をするとは、思ってもみなかったから一瞬戸惑ってしまった。
「そ、それに乗りたくないわけではありません。
行きはルーカス様で、帰りはレオナルド様とご一緒ではいけませんか?」
そう、行きが重要なのだから。
帰りは、無事ならば大好きなレオナルド様とご一緒したい。
寧ろ何もないのなら、ルーカス様には悪いですが行きも帰りもレオナルド様とがいいです。
あっ、でも密着しての乗馬なんて私の心臓が持たないかもしれない。
やっぱり、どちらかでいいかも。
「そんな・・・」
行きと帰りの順番が逆になるだけなのに、なんでそんなに絶望したような顔をしているのか?
そんな顔を見たら、私の決心が揺らぐ。
いいですよ。レオナルド様と乗りますと言えば、この微妙な空気は霧散するのかな?
でもこれは、ただの私の我儘でもいつもと違うことをしよう思い付きで言っているわけでもない。
とても、重要なことなのよ。
全てのキーワードが揃った今日。
この日だけは、ルーカス様と私が一緒にいないといけないの。
只の思い過ごしで、違えばいい。
その時は、明日でも明後日でもレオナルド様を優先してもいいと思う───この後もレオナルド様が望んでくれるのなら・・・
もしかしたら、こんな我儘を言う私を嫌いになったかしら?折角、一緒に乗ろうと言ったのに大した理由なく断るなんて失礼な奴だと思われたかもしれない。
「クリス、なんでダメなんだ?」
レオナルド様の弱々しい声に、俯きかけていた顔を上げると声とは裏腹な、懇願するかのような熱い視線で見つめられていた。
その視線と合わさった時に、思わず頷きそうになる。
本当はダメじゃないです。
でも、今だけは・・・・・・
私は静かに否を、首を振って伝える。
その瞬間、初めて見るレオナルド様の顔。
傷ついた子供のような顔をして、フイっと顔を背けられてしまった。
「勝手にすればいい・・・」
そう言って、レオナルド様は先に馬を進めて先に出発してしまった。
残った私たちの周りは、動くこともつらい空気に包まれる。
ここには三人だけだったからよかった。
こんなやり取り、誰にも見られずに・・・
「・・・・クリス」
先に行ってしまった、レオナルド様の姿を見つめて動かない私に静かに、いつも違って優しく落ち着いた声をかけてくれるルーカス様。
声を掛けようか、きっと戸惑っていたのよね。
心配かけたくなくって、グイっと袖口で目元を拭ってルーカス様に向き出立を促す。
「わたくしたちも行きましょうか?」
振り向いて見たルーカス様は、眉を寄せたまま心配そうにこちらを見ていた。
そして、伸ばされた手が私の頬に届く前にスッと身を引きにっこりと微笑んで行きましょっと声をかける。
伸ばした手をぎゅっと握り降ろして、ああ、と答えたルーカス様。
私たちもやっと出発した。
読んでくださりありがとうございます。