私はモブです。どうやら順調のようです
連続更新をしています。
よろしくお願いします。
季節は芽吹く春をすぎ、若葉が逞しく成長する日差しが強くなりつつある季節の変わり目頃。
室内では薄手の衣は肌寒く感じるが、外へ出れば日が差し暖かくちょうどいいかもしれない。
今日の紅茶は、レオナルド様好みで改良された特別な紅茶。
紅茶葉の香りも味も強いのに、爽やかな香りが特徴だ。
さっきのルーカス様とのやり取りで疲れ果ててしまって、もう自室に戻りたいがそこはお客様をもてなすのが私の仕事。
日本人の心、お・も・て・な・しは忘れていませんよ。
というよりも、王妃様が同行された最初を除いてホスト役は私に任されている。
若干、10歳の子供に他国の王族のもてなしを任せるなど、うちの両親は何を考えているんだ!と当時は思ったものです。
でも二度目の訪問からは、子供の王子たちだけ。寧ろ仰々しく大人たちにもてなされても楽しくはないだろうと、すぐに考えを改めた。
実際にレオナルド様たちは、こちらに来ても何時もノープラン。
最初の頃は、領地内の少ない観光名所をまわったりしていた。それで気がついたが、公務のような農地や工場見学よりも、川や滝、花畑など自然あふれるところへピクニックをする方が喜んでくれていた。
そりゃそうよね。
フォルトゥーナ国内では、誰もが顔と身分を知っている高貴なる王子様。
気を抜くことなんてことはないのだろう。
異国の親戚の家にいる時くらいは、のんびりしたいものよね。
花畑が広がる原っぱで敷物の上でお昼寝したり、兄のお古の汚れていい服を着て川に入って魚を手づかみで取りその場で捌いて食べたり、牛の厩舎に行って乳搾りを体験したり、丘の上の一本木に登ってみたり・・・
どれもこれも、子供だけが出来る特権の遊び。
かれらはそのすべて初体験だったようで、兄と二人で見本を見せると飛びつくように一緒に楽しんだ。
木登りをしたときは、護衛騎士たちがオロオロと顔を青くしていたけど、怪我なく登頂して屈託無い笑顔に最後は見守る姿勢に落ち着いた。
ん?私ですか?
勿論、やりましたよ。
魚つかみも木登りも。
お兄様のお古を着て、私もやってみたかったですからね。
乳搾りだって、早起きしてよく手伝ってます。
前世からの夢、スローライフ。
コンクリートジャングルで生まれ育った前世には、縁がなかった田舎遊び。
最近は流石に木登りも川遊びも入ることが出来なくなったので、魚は釣りで我慢しています。一応これでも、貴族令嬢ですからね。
領民たちの目があるので・・・
何時迄も男の子のような遊びをしているように見られたら、この令嬢はお嫁に行けるのか?といらぬ心配をかけるからね。
と、まぁこの王子様たちは、我が家へ息抜きに来ているんだろうから、あまり構い過ぎないようにしないと。
よく気がきくメイドが、新しい茶葉を入れ替えたポットを私の目の前においてくれた。
蓋をしていても香るいい紅茶の爽やかな香り。紅茶は、茶葉の出来もだけど入れる人の手も重要。うちのメイドは私の紅茶葉開発に付き合わせた成果、とても上手く入れることが出来るようになった。
もしかしたら、王宮で働く侍女さんたちよりも上手かも?って、お父様が言っていたものね。
うふふ、そのメイドが丁度のタイミングで私に寄越したポットこれはレオナルド様に飲んでもらいたいな。
「レオナルド様、お代わりはいかがですか?」
新しく入れなおしたポットを手にレオナルドを伺えば、眉を顰めたレオナルド様と目が合った。
あらら?どうしましたか?
紅茶は、もういらなかったのかな?
「ねぇ、クリス」
「はい、なんでしょうか?レオナルド様」
ポットを置いてレオナルド様のほうへ向き直ります。
レオナルド様は難しい顔をしてじーっとこちらを見つめていますね。
出来れば、今最高に美味しいであろう紅茶を丁度の温度で飲んでもらいたかったのですが、なにやら話があるようです。
あら、気がきくメイドがポットを下げていきます。
そこは別に気遣いいらないのに。あとで私が飲んでもよかったのになぁ。
ルーカス様はなにやらニヤニヤしています。
彼がこのニヤニヤ顔をするときは、あまり良いことを考えていません。何か悪戯を仕掛けられるのかしら?
「・・・・・・はぁ」
暫らくして諦めたように息を吐かれたレオナルド様は、少し考え込んでしまいました。
レオナルド様の重苦しく吐き出された息に、ルーカス様はとうとうケタケタと声を立てて笑われます。
なんでしょうか?
何かしましたでしょうか?
レオナルド様は、考えるのやめてジーッと此方を見つめてきます。
見つめるというか、何かの圧がかかっています。何かな?何かな?うふふ、この圧は何に対してなのかしら?
麗しいご尊顔。
スッと通った鼻梁、薄くて形の良い唇、凛々しい眉、男らしく怜悧なのに大きく美しい瞳。そのすべてが神がかり的な最高位置に配された顔はイケメン中のイケメン。国宝級イケメンとはこのことを言うのよね。前世で好きだったアイドルも国宝級イケメンと言われていたけど、それさえも霞んで思えるキングオブイケメンな王子様。
ああ、なんといっても綺麗なエメラルドグリーンの瞳。透き通るように美しく宝石のようとは言葉は聞きますが宝石より夜空に浮かぶ惑星のごとき神秘的な美しさ。瞳を縁取る烟る睫毛は惑星を囲む星々。ならば、きっとレオナルド様の存在そのものがまだ発見されていない宇宙なのではないかというような奇跡。
そうなのよ。
レオナルド様の存在は、神秘で奇跡的なのよ。
ああ、恋とはこうも人の思考を宇宙へ飛ばすほどおかしくするものなのですね。
見つめられて、もとい、謎の圧に耐えかねて現実逃避をしたら、宇宙まで行ってきちゃいました。
このままだと、宇宙人と『御機嫌よう』っとご挨拶が出来るかもね?うふふ。
もう、思考がおかしいです。そろそろ、やめてください。圧が一点集中に変わって穴が空くほどそんなに見詰められると、落ち着きません。挙動不審になりそうです・・・頭の中は挙動不審です。顔や態度にはだしませんよ。淑女教育の賜物です。
「クリス、明日の予定はどうなっていますか?」
真剣に見つめていた(圧ともいう)レオナルド様は笑顔に戻っていました。
笑顔ですよね。
きっと・・・
なにか違う笑顔に見えます。
「明日ですか?特に何も予定は入っていません。
先程ルーカス様が言っていらしたように、お二人が滞在の間は授業もありませんし・・・」
「そうか。なら明日は、一本木の丘まで遠駆けをしないか?」
「えっ、遠駆け・・・乗馬ですか?」
一瞬、私の顔に緊張が走ったのがレオナルド様は気がついたのだろう。
出さないように気をつけていたのに、頬がこわばったようだ。そんな僅かな変化に気がついてレオナルド様の顔はさっきよりも格段に柔らかく声も優しくなった。
「うん、大丈夫だよ。僕もルーも乗馬は得意だし、君を僕の愛馬に乗せてあげたいんだ。ゆっくりと君の負担にならないように配慮するから。どう?」
どう?というレオナルド様の顔は、此方の返事に不安げだ。
心配そうに伺うように尋ねられれば、本来は断ることは出来ないのだけどね・・・
乗馬未経験で恐れていると思われているのかな?
「・・・あの、明日はお昼過ぎから雨が降る予報が届いております。
季節の変わり目のこの頃は、雨が早く降るかもしれないですよ?」
「予報って・・・あの君が風の魔術師と開発した新しい魔法の使い方だよね!どのくらい当たるの?」
「翌日のことですと殆ど外れることはないですよ」
魔法天気予報の話をすれば、すぐにルーカス様が食いついてきた。
そう前世のように、天気予報を風魔法で出来ないか魔術師と試してみたら思いのほか上手くいった。我が侯爵家が開発した魔法の使い方なのだが、まだ思索段階。それに誰でも出来ることではない
風魔法を使い風の流れ、遠くの雲の様子に水分量がどのくらい含まれているか毎日の記録を付け表にして統計して、実際の風の状況を読み取ることで予報を出すのだ。この世界には、衛星なんてものはないから、宇宙から雲の状態を見ることは出来ない。だが、風に乗ってくる情報を風の属性を持つ魔術師が捉えて読み取る事で出来ないかと思いついたのだ。
我が侯爵家お抱えの魔術師は、風と火と水が使える優秀な人材が三人もいた。
彼らとは、運命的な出会いで我が侯爵家お抱えになってもらった。
侯爵とは言っても、こんな田舎貴族によくぞ三人も居着いてくれたものだ。しかも、私が話す無理難題に皆さん楽しそうに取り組む愉快な人たちです。
その彼らと毎日天気予報を出して希望者には、日報のように知らせている。的中率は週間だと5割ほど、翌日になれば外れることは殆どないといっていい。
前日分かってもと言う人がいたが、酪農が盛んな我が領地では重宝された。
今のように春から夏にかけての季節の変わり目は、嵐のように酷い風が吹き荒れたり雷がなって短い強い雨が降ったりなど天気が安定しないので放牧が難しかった。だが、予報が正しく機能しだしてからは、計画的に放牧が出来て家畜のストレスも少なく酪農家からは感謝されている。
「でも、一本木までなら直ぐだから昼まで帰ってこれるし、大丈夫だよ」
ルーカス様はそうおっしゃいますが・・・
たしかに、我が家から小さな森を抜けた広い原っぱの先にある一本木のある丘は、片道1時間ちょっとの乗馬の散歩道だ。遠駆けにはちょっと短いが、整備された小道がいいと評判を呼んでいる。
今の季節の森の中は、若葉が青く茂っている事だろう。
昔、道々に小花を植えたりもして管理を近隣の子供たちに駄賃を払ってしてもらっているから、目にも彩っているだろう。
最近は、イロイロ忙しく春の花見にも行けていなかった。
出来れば、私も息抜きに行きたい。
行きたいけど・・・
「でも・・・」
出来れば明日は・・・
「クリスは一緒に行きたくないの?」
レオナルド様が悲しそうな顔をする。
好きな人の悲しそうな顔というのは、胸が潰されそうに辛い。
嫌なわけない・・・
心配事がなければ私だって、二人と一緒に行きたい。
でも本当の理由なんて言えるわけないし・・・。
「そっ、そんな事ないです!」
「じゃあ、決定だね。」
さっきの悲しそうな顔からパッと嬉しそうな顔に・・・
もう、かわいいっ、その顔スクショしたい!
これって、どの属性魔法だったら出来きるかな?
水魔法?うーん、水鏡を変換した画像処理させるはどうかなぁ?それともあの魔石に転写機能を搭載させる?それはどの属性の付与が効果的なのかなぁ・・・う~ん・・・
「───で、食事前の運動ってことで今から行こうか?」
「それでいいね、クリス」
魔法のことを考えていたら、お二人の話を聞きそびれました・・・
聞いていませんでしたって言えませんね。
「はい・・・?」
返事と共にレオナルド様とルーカス様が、私の手を片方ずつ持ってひきよせて・・・
「では、移動しましょ。お姫様」
「エスコートから練習な、お姫様」
「ふあっっっ・・・なんっ、えっ?」
手の甲にチュって、両側から口付けるんですか!!!!!
何の話をしてたんですか!!!!!
淑女の手に口付けるような話ってどんな事なの!!!!!
教訓:おもてなし中に考え事はやめましょう
その後私は、レオナルド様ルーカス様それぞれとダンスのレッスンをさせていただきました。
密着した状態でそれぞれ5曲も・・・つまり、わたしは10曲踊りましたよ。
普通の貴族令嬢の体力でしたら4曲が限界でしたよね・・・
ええ、色んな意味での確認が出来ましたよ。
順調に体力がついていたようです。
読んでくださりありがとうございます。