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オタク、髪を切る。  作者: 宮前さくら
夏コミ編
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贅沢な悩み


 待ちに待ったコミマ二日目が開幕した。

 入場ゲート前に待機していた人の群れが一気に国際展示場の中へと流れ込んでくる。

 それぞれお目当てのサークルや企業ブースに足を向ける中で我らが『こぬかあめ』サークルの様子はというと、まさに大盛況そのものだった。


 ダンボール何箱分も山と用意してあった正直刷りすぎじゃないかなーって思ってた頒布物は僕の心配をよそに飛ぶように売れて、このペースだと昼過ぎにはもう無くなってそうな勢い。

 もし計良先輩と北先輩の二人だけで参加してたら捌ききれずにパンクしちゃってたかもしれないから、僕らを呼んだ計良先輩の見立ては正しかったってことだ。


 さてそんな忙しい中で僕は一体何をしているかと言うとーー早々に休憩を貰って大手サークルの待機列に並んでいた。


 ……待ってほしい。


 たしかに先輩より先に休憩入るとかなにしてんだお前働けよって話だし、えびすさんにも似たようなこと言われて怒られちゃったけど、これにはのっぴきならない事情があるのだ。


 サークル箒星の会場限定イラスト本含むフルセット、お値段3000円也。

 羽入くんに頼まれてた例のアレだ。

 箒星は人気サークルだから早く並ばないと売り切れちゃいそうだし、サークルチケットの恩恵に与からないのも勿体ないかなって。

 幸い先輩たちは快く許してくれたし、それに四人の中で一番仕事が出来ないのは僕だからいなくても問題なく回せるだろうってことで結局えびすさんもOKを出してくれた。


 ……あれ? なんだろ、目から涙が流れてとまんないや。





「お買い上げありがとうございました~」


 ともかくそんな経緯はありつつも、僕は無事に箒星の新刊フルセットを買うことができた。

 羽入くんには夏休み空けにでも渡せばいいとして、今は三人を待たせちゃってるから急いで戻らないと。

 箒星は西展示場に配置されてたから、僕らのサークルスペースが配置されている東展示場までは結構歩かないといけない。

 一度メインエントランスに戻るために人が満載されたエスカレーターに乗っていると、後ろに並んでいる女の子二人組の会話が耳に入ってきた。



「ねっねっ、前の人めっちゃイケメンじゃない!?」


「分かる分かる。あれ青刺郎のコスだよね、本物みたい」


「ねー。けどコスプレエリアだと見かけなかったよね? 売り子さんかな?」


「売り子かぁ。……キリンジって東4だったっけ。わたし後で覗きに行っちゃお~♪」


「あーっ、抜け駆け禁止ー! 私も一緒に行くからねっ」


「ばっ、アンタ声大きいって。聞こえちゃうでしょ」


「あ」



 うん、しっかり全部聞こえてますよ。

 人ごみで周りが五月蠅いから自然と話し声大きくなるのも分かるんだけどさ。


 それにしても『モップ頭』だった頃は女の子に見向きなんてされなかったし、どころかオタク向けグッズなんて手に持ってたら顔を顰めてキモがられたのに、今じゃ同じことしても女の子にキャーキャー騒がれるんだから不思議なもんだ。

 こういうのもイケメン無罪って言うのかな。


『新戸ってさ、そんなにモテるってどんな気分なん? あ、変な意味じゃなくて単純な興味なんだけど』


 前に羽入くんにそう言われたことをふと思い出す。

 たしかクラスメイトの女の子に告白されて断った後だったか。

 あの時はなんて答えたっけ、恥ずかしいから曖昧に濁した気もする。


 どんな気持ち、かぁ。

 あんまり深く考えたことはなかったけど、嬉しいか嬉しくないかで言うと……やっぱり嬉しさの方が勝る。

 さっきだって「おいおいまたか」みたいな困ったポーズを見せてたけど、心のどこかで喜んでいる自分がいたのは否定出来しない。

 でも、


(そこ止まりなんだよなぁ……)


 なんだかんだで僕が髪を切ってイメチェンしてからもう三ヶ月。

 亜梨子ちゃんに無様な格好は見せられない、クラスメイトを見返してやりたいっていう僕の元々の目的はもう叶ってる。

 それ以上はもうなにも望んでないのに、亜梨子ちゃんとえびすさんっていう超絶美少女と超絶美人の二人から好意を寄せられてる今の状況は叶い過ぎもいいとこで。

 贅沢な悩みかもしれないけど、そのせいで他の人から視線を向けられても嬉しくはあるけどそれ以上の感情が湧いてこなかった。


 なにも聞こえてない風を装ってエスカレーターを降りる。

 エントランスを通って東展示場へ続く通路を歩いていると、真後ろに足音が二つ続いているのに気付いた。

 どうもさっき二人組がそのまま僕の後に着いてきてるらしい。

 ストーカーみたいで気持ち悪ぅ……まぁこのくらいなら実害もないし、二名様サークルにご案内ってことで好きにさせとこう。


 この手のタイプに悩まさされるのも髪を切ってからだ。

 今じゃよっぽどでなきゃ対応出来るようになってきた自分を褒めたいやら悲しいやら複雑な気持ちになりつつも、えびすさん達の待つ東4ホールに向かったんだけどーー。

 




「すみませーん、これくださーい。あとぉ、良かったら一緒に写真撮って貰えませんかー?」


「ちょっと! あんた割り込まないでよっ、こっちは一時間前から待ってるんですけど!? こっち、こっち! わたしの方が先だから!」


「きゃ~♪ マジでかっこいい~。わたしミミね~、お兄さんの名前は~?」


「ねぇ、キミ。コミマ終わった後ってなにか用事ある? よかったらお姉さんとオフ会しようよ。これ私の連絡先ね、『イイコト』い~っぱいしてサービスしてあげちゃうから♡」


「せ、青刺郎様っ!? ……ほ、本物? 嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘そんなわけーーいやでもっ、、、そうだ。ねぇ青刺郎様! ちょっと服脱いでくれませんか? 本物なら右胸の下にほくろがあるはずですから。ほら私が確かめてあげるから脱いでーーえ。止めてってなんですか? 私と青刺郎様は恋人じゃないですか。いつからって前世からですけど覚えてないんですか……ひどい。でも大丈夫、すぐに思い出させてあげますから。今日からずーっとずーっとずーっっつと一緒ですからね」




 ……流石にこんなのは、僕でもお手上げといいますか。



作者の宮前さくらです。


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