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第八話 戦闘力5はゴミ

 眉間にどんより暗雲を漂わせた大神教諭がヒールの音も高らかに一歩踏み出した刹那――。



「マジか! ()()()()()()()()ってキミ、名前の戦闘力高すぎっしょ! ウケるわー!」



 出し抜けに茶髪ロン毛――ああ、三上って言ったっけ――が込み上げる衝動に耐え切れず叫びを漏らすと、それに呼応するかのようにそれまで無関心を装っていた他の連中までが一斉に、どっ、とけたたましい笑い声を上げた。




 もう一度言っておこう。

 俺は、出欠を取る、この瞬間が大嫌いである。




 だが、今回ばかりは茶髪ロン――三上に感謝すべきかもしれなかった。絶妙なタイミングで機先を制されることになった大神教諭は、面倒臭そうに小さな溜息を吐いただけで歩みを止める。グッジョブ、三上。もう覚えたからな。くっそ、てめえだけは絶対に忘れない。



「えー………………よろしくお願いしやす(・・)



 さざ波のように広がっていく失笑をBGMに、それだけをぼそぼそと吐き出した俺はそそくさと席に着いた。若干台詞を噛んだが頬を赤らめることさえしなかった。これが今日に至るまで幾度となく繰り返されてきた、いつもの変わり映えのしない取るに足らぬ儀式だったからだ。にしても、少し風変わりな姓だというだけで苦労が絶えない。自分の生まれを呪いたくもなる。


 何でも「一番合戦(いちまかせ)」は特定地域にだけ見られる難読姓らしい。一番最初にある急流を表す「一番ヶ瀬」という地名をベースに、ご先祖様のはた迷惑な『これさ、もっとカッケー当て字にしちゃわね? な? な?』などという突発的なその場のノリで変化したものらしい、多分。想像するに、時刻は深夜二時頃に違いない。何であの時間帯って、そういう特殊な思考回路が自然と働くのだろうか。ご先祖様もきっと、翌朝軽はずみな言動を思い出し、布団の上でびったんびったん悶絶しながら頬を熱くして後悔した筈である。多分。


 なお、「ヒイロ」は単に「ヒイロ」であって、決して「ヒーロー」ではない。親は「緋色」と付けたかったらしいが、画数の問題でカタカナを採用したっていうありきたりな理由である。このことは、俺の妹の名前と並べてみればそれなりの納得感があるはずだ。ゴツイ漢字表記だけれど。なお、妹そのものはふにゃふにゃふわふわしていて可愛い。物理的に目の中に入れても痛くないとまでは言わないが、その可愛さをバネにかなりの時間は耐えてみせる自信まである。



「では、次――」



 俺にそんな被虐的嗜好があるかどうかはさておき、大神教諭による点呼――いや、出欠か――は続いていった。そして、俺の風変わりな姓に端を発する失笑も完全には沈静化していなかった。何故か出席番号順に並んでおらず一番後ろに座らされた俺のところまで男女問わずの遠慮の欠片もない視線が飛んできたが、どうせそれもすぐに終わるだろ、と無視をした。どのみち俺の学生生活において最も注目を浴びるのは、毎年決まって初日の今日、この日だけだからだ。






 以降は、誰とも交わらず、誰とも群れない。

 徹底してこのクラスの深い深いところまで、息を殺してひっそりと静かに潜航する。


 何も人付き合いが苦手と言う訳ではない。いや、確かにお世辞にも得意だとは言えなかったけれど、自らそう望んで誰ともつながりを持たないようにしてきた。それは今までもそうだったし、これからもそうだと言える。






 ただ、誤解しないで欲しい。


 俺はいわゆる、ぼっち、ではない。

 言うなれば、戦略的ぼっち、なのである。






 やがて、一日一日と時が過ぎるごとに、一人また一人と、俺の存在は彼らの記憶から抜け落ちていく。この奇異な名前すらも次第に曖昧になり、俺という存在そのものもまた、希薄に、透明になっていく。だがそれこそが俺の選択であり、俺の理想なのだ。もう誰かの期待や希望を背負わされるのはまっぴら御免だった。だからだ。






 静かに。

 静かに暮らしたい。


 それだけだ。それだけでいい。






 なぜならそれは――俺が《元・主人公》だから、それに他ならなかった。

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