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第七話 自己紹介ってやる意味ある?

「……おいおい、チャイムはとうに鳴っている筈だがな? 高校二年生にもなって、こうも浮かれているようでは先が思いやられるぞ? まったく……」



 唐突に教室の前方の扉が勢いよく開け放たれ、白衣を纏った黒髪ロングの妙齢の教師が姿を現した。かつかつとヒールを鳴らし教壇に立つや否や不機嫌そうな切れ長の鋭い目でじろりと教室の隅々まで一瞥すると、生徒たちはさっと口を噤み大慌てで自分の席へと戻っていく。



「ふむ――」



 白衣の下からは少し不釣り合いな印象を受ける大振りなフリルをふんだんにあしらったフェミニンなドレスシャツが覗き、暴力的なまでの胸元のボリュームをさらに一層際立たせていた。そこからさらに視線を下げていくと、サイドに大胆なスリットの入った黒のタイトスカート、艶めかしい光沢のあるダークブラウンのストッキング、そしてとどめに高めの細いヒール。


 細身の長身、そして巨乳。


 おまけにこれで保険医だと言うのだから思春期真っ盛りの男子学生どもの妄想の恰好の餌食に……と言ってやれたら良かったのだろうが、実際のところの彼女は、憧れどころか畏敬を余裕で通り越し、もはや男女問わずの生徒たちが恐怖すべき《捕食する側に立つ》存在だった。




 この教師こそ、大神(おおかみ)志乃(しの)


 誰が付けたか、南三街区高校の《フェンリル》。

 その忌み名は過たず彼女のことを指す。




 一説によれば姓名をひっくり返した『シノ・オオカミ』が物騒すぎる二つ名の由来だと言われているが、元祖・フェンリルにとってはいい迷惑だろう。が、ひとたび彼女と対峙する機会あれば、その二つ名を冠する理由も容易に頷ける筈だ。それほどまでに圧倒的・高圧的なオーラを放つ存在が、南三街区高校の保険医兼学年主任を務める大神教諭、その人なのである。




 ちなみに独身である。

 ちなみに独身である。




 一年、二年と続けて彼女が副担任となった不運な俺は、そんな余計なことまで知っていた。いや、無理矢理叩き込まれたと言うべきだろう。まだ多少なりとも純真無垢な男子高校生相手に、そんなコメントしづらい個人情報を惜しげもなく吹聴して何のメリットがあるのか、と俺は声を大にして問いたい。もっとふさわしい場があるだろ、合コンとか何とか。僕たちからのお願いです。早く人生の幸せを見つけて下さい、先生。



「さて……手始めに出席でも取るか――面倒だが」



 最後の一言は聴こえなかったことにするのが吉。去年一年間で俺はそれをしっかり学びとった。大神教諭は一度開いた出席簿をぱたんと閉じると、右手で掴み上げとんとんと肩を叩く。



「あー、最初に言っておくがな? 本日、主担任の有栖川(ありすがわ)先生は体調が優れないとのことで休みだ。とりあえず今日のところは副担任の私が代行する。……明日は這ってでも来させるが」



 ですよね……。一方の有栖川教諭もまた、俺にはすっかり顔馴染だった。


 と言うより、有栖川教諭と大神教諭はユニットみたいなもので、常に二人一組、セットで一つのクラスを受け持つ決まりになっているのだ、と風の噂で聴いたことがある。


 理由は簡単である。有栖川凜子(りんこ)教諭――通称『アリスちゃん先生』は、大神教諭と正反対に位置する存在で、もう油断と怠惰がそのまま服を着て歩いているような問題児、いや、問題教師なのであった。メンタルが弱くフィジカルも弱い。何かと理由をこしらえては頻繁に職務を休む癖があり、お目付け役として大神教諭が番犬――いや違った、副担任としてあてがわれているらしい。二人は学生時代からの腐れ縁らしいが、そんな情報も本来俺たちが知る必要のない知識である。


 ふいーっ、と気だるげな溜息とともに大神教諭は今度こそ出席簿を開いた。それからそこに記されている名を読み上げようと、かつん、とヒールを鳴らしてスタンスを広げる。



「では……改めて出席を取るとしよう。名前を呼ばれた者はその場で起立して一礼、ついでに一言挨拶でもしろ。……いいな?」



 さてさて。俺が一番嫌いな時間の始まり始まり、である。



「まずは………………何だ、お前か」



 冷ややかな視線が向けられた。皮膚が感じ取る室温がわずかに下がったので間違いない。



一番合戦(いちまかせ)ヒイロ」

「……へえ」

「返事は、はい、だ」

「……はあ」



 あ、駄目だこれ。さらに室温が下がった。ちまちまと言い訳するつもりはないが、今のは心からの謝意を示す「はあ、スミマセン」のイントロ部分の「はあ」であり、「はあ……ユーウツだなあ」の溜息のみを焙煎抽出した「はあ」だったのだが、そんな理屈が通じる相手ではなかった。さして研ぎ澄まされもいない俺の皮膚感覚ですら、明確な殺意の波動を感じる……!



「ち――」



 何だか舌打ちまで聴こえた――気がする。気のせいだったらいいのに。

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