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第五話 新学期にありがちな光景について

 とまあ、実にどうでもいいことに思いを巡らせていた俺は、まだ慣れない教室の隅っこにある、すっかり見飽きた平凡な机の上でわずかに首をもたげると、しばし周囲の様子をうかがってから組んだ腕の中に再び顔を埋め、乾いた溜息を静かに吐き漏らした。




 それからもう一度――。

 ゆっくりと水面下から浮上して息継ぎをするかのように、俺はそっと顔を上げる。




 新しい学年の始まりである四月はいつもこうだ。


 誰もがさしたる理由もなく浮足立ち、必死なまでに《トモダチ》を作ろうと躍起になって仲間を増やし、徐々にしかし着実に、それぞれが小さなコミュニティを形成していく。そうしてやがて派閥となり、互いに牽制しながら大が小を吸収・合併することでさらなる力を得たりしつつ、最終的にはクラスの中に一定の階層(カースト)順位付け(ランキング)が生まれることになるのだ。



「うっそ! マジかー!?」



 唐突に教室の中心でけたたましい声が上がる。そう、あの茶髪ロン毛なんかは良い例だ。



「俺も好きだわーあのバンド! SHOさんのギター、超クールっしょ!?」



 ああして自分の嗜好をあからさまにすることで、組み上がりつつあるコミュニティを統べることになるであろうリーダーに対し、互いの趣味・波長が合うことをアピールしつつ、まだ孤立している周囲の連中に対してもまた、何かしらの接点を生み出すべく意識の網を広げているのである。ああ俺も、私も知ってる、と言い出しやすいきっかけを意識的か無意識的かは知ったことじゃないが作ってやっている訳だ。まあ、俺にはさっぱりなんで、実にどうでもいい。



「最近は『CRAZE BLAZE』ばっか聴いててさ――」



 台詞を向けられたもう一人は、頭を掻き、少し気恥ずかしそうに応じた。



「かなり影響されちゃって。本格的にそっちのギターにもチャレンジしてみようかって思ってるくらいのハマリ度合でさ。あ、俺、子供の頃からクラシックギターを習ってるもんだから」

「マジかー! やっぱぱないわ、刀祢(トーヤ)クンは!」



『刀祢クン』と呼ばれた生徒は無闇に注目を集めるのは本意じゃないらしいのだが、またも茶髪ロン毛がオーバーリアクションな声を上げたせいで二人の会話はクラス全体の関心事になりつつあった。誰もが素知らぬ振りをしつつも、一言も聞き漏らすまいと耳をそばだてている。


 にしても「と」うやクンではなく「とうや」クンと上がりっぱなしのイントネーションがやたら気になって仕方ない。それはきっと、茶髪ロン毛なりの親愛の情の示し方なんだろう。



「そういや刀祢クンって、陸上部でも期待のエースだって話っしょ? 昔のダチが陸上部だったもんで、しょっちゅう刀祢クンの噂は聞かされてたっつーの。ぱないわー」

「や、止めろってば、三上(みかみ)



 刀祢クンはますます照れたような笑みを浮かべつつ、冗談半分に馴れ馴れしい素振りで肩に手を回してくる茶髪ロン毛こと三上の手をやんわりと押しのけた。しかし、『昔のダチ』ってのは何だ『今もダチ』なんじゃねえのかよ戦死でもしたのか。まったく《トモダチ》一〇〇人信奉者って生き物は、リストの更新頻度も高いようでいいっスね。俺なら一日と持たない。



「え……い、いーんじゃね? マジな話なんだし」

「な? 本当に止めてくれって、三上」



 茶髪ロン毛こと三上はからかうつもりなんてカケラも頭になかったらしい。ドライに変貌した刀祢クンの態度に驚き、きょとん、とした表情を浮かべている。一方の刀祢クンはさっと笑みまで消すと、首を振りながら溢した。



「これまで自慢できるような記録なんて残せてないんだ、何一つ。噂ばかりが先行して、俺の方はむしろ困ってるくらいなんだ。だから……な?」



 カリスマ性を感じさせる甘いマスクと声。ふとした拍子にさらりとなびくブリーチの利いたミディアムショートの髪は自ら輝きを放っているようだ。耳元のシンプルな赤いピアスがそこに彩りを添えて実に似合っている。彼の容姿ならアイドルでもモデルでもそつなくこなせるだろう。スポーツもできる、身の丈に合った謙虚さもしっかり持ち合わせているときた。これはやばい、抱かれたい。




 だが、しかしだ。




 得てしてこのように恵まれた男は、よくある物語の《主人公》とはまるで違い、こと勉学に関してはさっぱりだと相場が決まっている。そうそれは、そうでもない限り俺のような凡人にはどうやっても勝ち目がないからに他ならない。そのへん神様ってのは偉大だ。マジ有能。


 俺のごとき下々にまで気を配ってくれちゃっているなんて本当にありがたくって涙が出る。

 さすがはG・O・D。さすG。

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