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第三十一話 《魔女》

「私たちの国、グラディス皇国においては《第六感(シックスセンス)》という概念そのものがないの」

「それは、能力者がいない、ってことか?」

「はあ……日本語って難しいのね。私はそうは言っていないはずだけれど。同じ意味を示す言葉がないと言っているの。でもそうね、能力者がいるかと言われたら、いない、と答えるわ」



 つーか、溜息はいらんだろ。

 合ってるんじゃねえかよ。



「だからといって、誰も能力を使えないのか、と言われたら、それも違うのだけれど」

「………………は?」



 よほど間抜けた顔付きをしていたのだろう、皇女様の表情に残念な子を見るような色が混じったのを見て苛立ちを覚える。あー駄目だ。俺、こいつと気が合いそうにないんですが。



「だから言ったでしょう『概念がないんだ』って? それはさすがに(・・・・)覚えているわよね?」

「俺たちが言う《第六感》とは別の、異なった概念があるから、ってことだな?」

「よかったわ。馬鹿ではなくて」



 さすがに、が俺の知能レベルの程度を揶揄しているのかどうかは計り知れないが、皇女様にとって幸いなことに、怒りよりも好奇心が勝利した。あーはいはい。ヨカッタデスネー。



「……いいから続けろよ、皇女様(・・・)



 よほどその呼び名がお嫌いらしい。皇女様の均整の取れた表情が、わずかに崩れたのをはじめて目にすると、俺の胸の中のもやもやが晴れてすっとした。よし、この先もこれで通してやるとするか。



あの一件(・・・・)の後、同様にグラディス皇国でも《新たな力》に目覚めた者たちが生まれたわ。けれど、元々異能の力は偶発的に引き出されるものではなく、自ら引き出すものだった。ずっと……そうずっと昔から。だから、貴方たちのように突然変異体(ミュータント)扱いされることはなかったわ」



 そいつはさすがに、かちん、とくる言い草だ。


 浅葱が言葉の衝撃のあまりの強さに、びくっ、と身体を震わせたのを見た俺は、咄嗟に声を荒げようとして――できなかった。目の前の少女の、昏く冷え切った白い表情を見てしまったからだった。



「私たちはね……(さげす)みと畏怖の念を込めて、こう呼ばれているの――《魔女》と」




 もし物語の《主人公》であれば、その血を吐くような告白と胸を締め付けられるような痛々し気な表情を前に、彼女たちをなぐさめ、いくばくかの救いを与えることができたのかもしれない。


 だが、俺は違う。

 俺にできたことと言えば、何も言わずうつむいて、ひたすら時が過ぎるのを待つ、それだけだ。


 俺は『ヒイロ』であって『英雄(ヒーロー)』じゃない。

 誰も救えないし、誰も救わない。




「《魔女》……?」

「私たちが………………怖い、ですか?」



 浅葱が掠れた声でそっと繰り返すと、それまで黙ったままだった奈々瑠がか細くつぶいた。



「え?」



 だがしかし、浅葱の反応は意外なほどあっけらかんとしていた。



「何で怖いんです? ちょっと浅葱には分からないんですけど……何か、おかしいですか?」

「い、いえ……。で、でもですよ? あたしたち《魔女》なんです、って言ったんですよ?」



 むしろ動揺が隠せないのは奈々瑠の方だった。


 浅葱は、うーん、と唸る。

 それから笑った。



「でも……浅葱は別に怖くはないですけど? あ、そうなんだー! とかは思いましたけどね」



 それを耳にした志乃姉は口元をほころばせた。しかし何も言わない。どうやら面倒事は全部俺に任せる腹づもりらしい。しばらく志乃姉と見つめ合っていたが、根負けして渋々口を開く。



「おかしくはないだろ、別に」

「なぜ……? あんな顔をしたじゃない?」



 くそっ、見てたのかよ。

 責めるような指摘にたじろがされてしまったが、言い訳はしなかった。



「したよ。けどそれは、何となくお前が辛そうに見えたから、それだけの話だ。お前が自分自身を《魔女》だと口にしたからじゃない。ただ単に、そう呼ばれることはお前たちにとって嬉しいことじゃないんだな、って……その、あれだ……。ど、同情……しただけだ」



 それは嘘ではない。本当だ。

 薄っぺらく聴こえようが本心だった。


 案の定、『同情』という単語を耳にした途端、皇女様のポーカーフェイスが揺らいだのが分かったが構わず続ける。



「お前が言ったことだろ? そもそも概念がない、って。それと同じだ。そう呼ばれることでどんな生き方を強いられるのか、今日までどう生きてきたのか俺たちにはわからないんだからな」



 理解できるはずがない――俺を見つめる瞳の奥の、凍りついた輝きがそう訴えかけてくる。だが、その程度の不幸が降りかかってきたのが世界で自分たちだけだと思ったら大間違いだ。



「でも、そりゃお互い様だろ。違うか? 俺や浅葱がそうだったように、《学園島》には強制的に集められてきた能力者たちなんてごまんといるんだ。その俺たちが日本という国家の中でどう扱われ、どう見られているかなんてことは、お前たちはまるで理解しちゃいない。……だろ?」



 仕方なくうつむきかけた皇女様だったのだが――。

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