第二十一話 やせいのめいどがあらわれた
やせいのめいど が あらわれた!
どうする?
>つかまえる
たたかう
にげる
「うぉうぃ! 志乃姉っ!」
「な……なーんだ、ひーくんかー。浅葱、すっごくびっくりしちゃったよー」
「あ、悪ぃ。……って、ひーくんはやめなさい」
口ではそう詫びつつも、背後の開けっ放しの扉の方を意識しつつ嗜めた。今はその呼び名は気恥ずかしい状況なのだ。
「ふぅー。まだどきどきしてる……もー!」
浅葱もまだ帰ってきたばかりだったらしい。リボンタイを解いたワイシャツの下にデニムのミニスカートを合わせたちぐはぐな恰好で、学校指定の黒ストッキングもそのままだ。浅葱はまだ動悸が治まらないと言わんばかりにワイシャツの胸元あたりをぎゅっと握り締め、少し涙目になって俺を睨み付けている。やべえ。守ってあげたい妹ナンバーワンの称号をあげたい。
「志乃姉は?」
「まだだけどー?」
ち――アテが外れた。職員室にも保健室にも姿がなかったのに、まだ帰ってないとは。だが、妹の前で舌打ちなぞしない。そもそも浅葱には罪はない。かわいいに罪はないのだ。
「困ったな……」
「何が困ったの?」
「あー……それなんだが」
ちらちらと背後を気にしていることに浅葱も気付き、ぴょこん、ぴょこん、と小さくジャンプして後ろに誰がいるのかを見ようとしている。なので俺は振り返って――。
あ……れ?
いるはずの場所に誰もいないのだ。
慌てて扉の裏側を覗き込んだが姿はなかった。慌てて長々続く廊下の先の、少し広くなっているエレベーターホールまで出てみる。が、そこにもいなかった。
さらに下階へのボタンを押し、せり上がってきたエレベーターの扉が開くや中を覗きこむと、
やせいのメイド が あらわれた!
「何でそんなとこに隠れてるんだよ……?」
「あぅ……」
エレベーターの狭い箱の隅っこに、小さく身体を丸めて座り込んでいるぼさぼさ頭のメイドを発見した。近所の人が見かけたらかなり不審である。やめて欲しい。声をかけられた奈々瑠は、ほっとしたような逃げ出したいようなどっちつかずの表情を浮かべつつ立ち上がる。
「だ、だって……一番君、凄く怒っていて……」
「い、いや。別に奈々瑠に対して怒ってる訳じゃないからな? あ………………あのだな?」
帰宅するまでの時間で普通に会話ができるまでになったのは大いなる進歩だった。と言うか、公衆の面前で筆談でのやりとりをするのはさすがにはばかられる。第一面倒。そして俺はいまさら気付いた。
「え――ええと。呼び方は、奈々瑠、でいいのか?」
こくこく。
「では、私はひーくんとお呼びすれば」
「だあああ! 会話、丸聞こえじゃねえか! ここから絶対聴こえなかったはずだろーが!?」
こくこく。
「最初のうちは、扉のすぐ後ろに隠れてましたからだいじょぶです」
「だいじょぶ、じゃねえよ! じゃあ、そのお前がここでうずくまって隠れてたんだよ?」
にへら、と口元を緩め、身体の前で組んだ手をもじもじと動かしながら、奈々瑠は恥じたように告白した。
「何かですね、今か今かという状況に耐え切れず、と言いますか……。あ、あれです。心の中でドラムロールが鳴るのです。どるるるるるー! みたいな感じで。つい……ついですね、そう思っちゃったら、あああ! 逃げなきゃ! と身体が勝手に」
「何でそうなるんだよ……」
頭が痛い……。お世辞にも外交的とは言えない俺だが、こいつの場合は輪をかけてひどい。行動原理が俺の理解をはるかに超えている。そんな会話をしているうちに浅葱が姿を現した。
「話の途中で放置しないでよ、ひーくん! ……って、うあ、浅葱、状況がわかんないよ!」
「ひーくんはやめろっつーに」
やんわり嗜める。もう意味ないけど。
浅葱の心中はさぞ複雑だろう。つい昨日、兄に『友達連れてきて!』とお戯れの一言を言ったらこの有様なのだ。ツインテールの頭を抱え込み、デッサンの崩れたドウシテコウナッター! みたいな顔をして途方に暮れている。かわいい。
「ひーくんの……友達? ……のメイド!?」
あさぎ は こんらん した!
「いや、どうだろう……?」
トモダチ? メイド? しかし俺は、その疑問に正確に答えられる自信がなかった。
代わりに口を開いたのは奈々瑠だった。
「ど……! どっちに見えます?」
どやあ!
そして。
ぶちっ!
「合コンに来た女子か! 意味なく思わせぶりな返答すんのやめろっつーの! お前、結構ギリギリなくせにそう言う発言かっとばすの好きだよな!?」
「死ぬまでに一度は言ってみたかったので」
「お前の一生割と短いな! まだ序盤だぞ!?」
「えへへー……」
「褒めてない、褒めてないから!」
そんな俺とメイド(仮)のやりとりを見ていた浅葱はたまらず、ぷぷっ、と吹き出した。
「……ん? 何がおかしいんだよ、浅葱?」
「いやー。なーんか、仲良いんだなーとか思っちゃって。ひーくんがツッコミ役で、しのちゃんか浅葱以外の誰かと会話してる光景なんて、もう何年も見たことなかったからね」
浅葱はまだ込み上げる笑いの衝動と格闘していたが、その一言に俺は、はっ、と息を呑む。
「……そうか?」
「そーだよ?」
悪戯っぽく歯を見せて心底嬉しそうに浅葱は笑った。
「さーさー。上がって上がって。ええと……ねー、ひーくん? お友達の名前は?」
「友達じゃない。メイドな。……俺のじゃないが」
友達は要らない。そこは相手が浅葱であっても譲れない。
「俺のクラスに転校してきた奈々瑠=ティアーレだ。どうもな……奈々瑠は志乃姉から学校帰りに俺と一緒にウチに来るように、って言われていたみたいなんだが――」
こくこく。
奈々瑠も同意し、熱心にうなずいた。いや、喋れよ。
「ふーん……じゃー、とにかく中に入ろ? そのうちに志乃姉も帰って来ると思うから。……ま、忘れてなければーだけど」
ありそうで怖い。浅葱は急に姿勢を正して礼儀正しく腰を折ると、勢いよく頭を下げた。。
「あたし、ひーくんの妹の浅葱です! 中等部の二年生。兄がいつもお世話になってます!」
「あ……あう……。あのう……ううう……お世話されてます……」
「転校してきたばっかなんだってば」
「あ、そっかそっかー。ほらほらー、いつかこんな日がーとか思ってたところだったから、浅葱さんもちょっと緊張しちゃいましてー。失敗失敗」
こいつ、絶対誤解してるだろ……お前はかあちゃんか。
「遠慮しなくていいぞ。どのみち志乃姉が帰ってこないと話が始まらないし。上がってくれ」
こくこく。
いや、お前は喋れってば。




