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第十話 妹(かわいい)なるもの

「……ただいま」

「おかえり、ひーくん!」



 執拗に足元にまとわりつこうとするローファーを玄関口でもたもたと蹴り除けていると、とてとてと軽快な足音とともにお出迎えの声が天使の歌声のごとく耳朶をくすぐった。しかしながら俺は、にやつく口元を誤魔化すようにことさら厳めしく、ぶっきらぼうにこう言い放つのだった。



「こら。お前までひーくんはやめなさい。俺はお前の聡明なる兄なるぞ」

「えー。………………コーメイ?」



 目の前のツインテールが斜めに傾いだ。頭上にはハテナ?のマークまで見える気がする。



「んー。ぜんっぜん意味分かんないからそれパスね。おかえり、ひーくん!」

「パスね、じゃねえだろ……」



 残念ながら計略は得意じゃない。でも、死ぬまでに一度くらいは、待てあわてるなこれは一番合戦の罠だ!とか言わせたい。それにしても誠に遺憾ながら、妹の国語の成績はあまりよろしくない。あ、社会もか。得意科目は体育と家庭科。家庭的ってことで目をつむるとしよう。



「ただいま、浅葱。学校どうだった?」

「変わんないよー別に」




 一番合戦(いまかせ)浅葱(あさぎ)

 それが目の前の天使であり、妹の名前だ。




 俺の「ヒイロ」と同じ理屈で、葱藍で染めた薄い藍色を指す和色がその名の由来である。かの新選組が纏っていた隊服を彩る色、アレだ。さすがに今でこそ何とかなっているようだが、幼い頃は自分の名前が漢字で書けないー!とべそをかいていたものだ。書初めの名前のところなんてぐじぐじしていて、例のアニメのまっくろ何とかのイラストかと思ったくらいである。



「浅葱はね、二年生の時に仲良かった子とまた同じクラスになれたよー! ま……ムカつく男子も同じになっちゃったんだけどね。あいつ……すぐちょっかい出してくるから、キライ!」



 男の子が女の子に対して無闇にちょっかいをかける理由なんてたかが知れている。しかもその相手は、この愛くるしい妹、浅葱なのだ。俺の中で急遽招集された全俺裁判では、俺やまた別の俺が、次々に奴を裁けと叫びを上げ、法廷内は騒然としていた。有罪(ギルティ)! 有罪(ギルティ)



「へ……へー」



 合槌もそこそこに、憮然とした顔付きでそいつを社会的に抹殺する方法を思案していた俺がローファーを摘み上げてていねいに揃えていると、浅葱の方からも同じ問いを投げかけてきた。



「ひーくんは学校、どうだったー?」

「……ああ、まーな。去年と同じ場所にあったよ」



 つまらなさそうに――いや、本当につまらない気分なのだが――短く応え、重た過ぎる鞄を再び肩にかけ直して振り返ると、いくぶん、むっ、としかめられた浅葱の顔が行く手を遮った。



「そんなん聞きたいんじゃないって分かってるくせに! どーせひーくんのことだから恰好つけて、俺はロンリーウルフだ独りがいいのだ、とかくっだらないこと考えてるんでしょ!?」



 うん、一匹(ローン)(ウルフ)な。


 まあ、孤独な(ロンリー)(ウルフ)でもあながち間違いじゃない気もしてくるから不思議である。と言うか、そんな自己陶酔の極みの台詞、一度も言った覚えはないんですけども。



「だ、大丈夫ですってば……」



 それでも浅葱様を怒らせるのだけは避けねばならない。もし一日中口をきいてもらえないとかになったら、何を糧に生きていけばいいのか。死ぬ。きっと死んじゃう。俺は狼よりはウサギに親近感を覚える方だ。ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ。



「な、なんか、また志乃姉が副担でさ。もちろんアリスちゃんが主担任なんだけどな。智美子も同じクラスだし、他の連中も楽しそうな奴ばかりだしなー。問題ないぞ。うんうん」

「問題なのはひーくんなんだってば……」



 はあ、と切なげな溜息が浅葱のぷっくりした唇から漏れた。額に手を当てて、生意気にもやれやれと首を振ってやがる。それから、びしい! と指さした。俺を。



「今年こそはちゃんと友達作ってよね! そんで家に連れてきてもらって、きちんと紹介してもらうんだからね! 約束だよ? いーい!?」



 難易度高けえってそのクエ。G級以上。


 出来ない訳ではなく、あえて作らないようにしているのだが、そんな理屈で浅葱は納得しない。なので、もっともらしい別の理由をひねり出す。



「そ、それが、じょ、女子かもしれねえだろ……」



 俺の苦し紛れな台詞を耳にした途端、浅葱の表情が、すとん、と抜け落ちた。


 それから。




「……ぷっ」


 何それ。

 ムカつくかわいい。




「まー、それでもいいからさ。お願いだよ、浅葱のお・ね・が・い♪」


 何そのへたくそなウインク。

 不器用かわいい。




 お分かりだろうか?

 いろんな意味で残念なことに、俺はこの妹のこともまた大好きなのであった。

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