1-6.おかえりなさいイアン
重い革袋を トンッと置く。
「神の加護が ありますように」
この、金のプレートは、教会の受付で 渡された。
このプレートには、神の加護があり、災いから
身を守ってくれる と言う。
そんな力が あるなら、教会から 私を守ってほしい。
ピーターから、解放してほしい。
そう思いながら、神殿の 通路へと 足をすすめた。
開祖シラーン像に 祈る。
私と、家族に平穏を。
[ウエンディの独白] 【 1-6.立ち行かなく なるまで 】
イアンが、西に 出かけてから、ひと月と なった。
もちろん、イアンが 居ないことが、私にとっても 不安であった。
しかし、それよりもアリーが、ひどい。
賢くて、手のかからない子だと 思っていた のだけれども、
「イアンは、いつ帰る?」
この言葉を、聞かない日が ない。
私より、イアンの方が、懐かれている気が する。
「だいたい、2か月って 言っていた。
でもね、イアンのお父様が、亡くなったらしいから・・・。
それよりも、もう 少し時間が、かかるかも しれないわね。」
アリーは、不服そうな 顔を して、ごろんと 床に転がった。
「それなら、ママの お出かけに、ついて 行きたい。」
首を振る。
アリーを 連れて行くわけには いかない。
あの男の 所へ。
頬を 膨らまし、足をパタパタと 動かすアリーを、
もう少し、大きくなってからね。と なだめる。
もぉ、私 だって イアンが、居ないの 寂しいん だからね。
素直に 不満を 顔に出せるアリーが、うらやましい。
ポツリと、雨の 落ちる音が し始めた。
明日は、お出かけには 向かない 天気のようだ。
雨模様の空は、私の 心の中のよう。
行きたくは ない。
でも、行かなくては ならない。
荷物を用意し、アリーに 行ってくるよ と声をかける。
教会へ。教会へ。教会へ。
どこに 行くの?
こんな 気持ちで。
泣きそう。心が あふれ出しそう。
曇り空は、曇り空のまま。
泣くわけには いかない。
せっかくの お化粧が 落ちてしまう。
神殿へと向かい、奥へ、奥へ。
ピーターの部屋に 向かう。
「こちらの おかげで、誰にも 咎められることなく、
こちらまで、参ることが 出来ました」
金のプレートを 両手にもち、うやうやしく 差し出す。
小さな 宝石箱が カチャリと開く。
プレートは、その中へと、吸い込まれるように 片付いた。
ピーターの目を 見る。
この沼は、深くて 暗い。
吸い込まれてしまうと 出てくることは できないように 感じる。
「あなたの 美容院は、いかがですか?」
「神の恩寵を いただき、つつがなく・・・。
これも、日ごろから、神への祈りを 捧げてくださる、
教会の 皆様の おかげで ございます。」
「そうですか。
ウェンディ、あなたは、隙を 見せてくれない。
もはや、私に 心を開いてくれることは ないのでしょうか?」
難しい。
ピーターとの 会話は、加減が 難しい。
疎まれてもダメ。 近くなりすぎても 良くない。
私は、にこりと 笑い、告げる。
「以前の 私は、子供でした。
あなたが これほどの 高位の方と 存じ上げませんでした。
失礼で、ご無礼な 振る舞いであったと 反省しているのです。」
「ウェンディ、私は、あなたと あなたの娘を・・・。
いや、あなたの 家族を 守りたいと 思っている。
何も 気にしなくていい。
どうか、私を 頼ってほしい。」
どう 答えるべき なのか・・・。
顔を 少し上げ、ピーターの顔を 見る。
おかしい。
部屋に 入ってきたときは、シワ一つ無かった ピーターの 顔。
頬の下には、ほうれい線が くっきりと 浮かぶ。
顔には、たるみが 見え、手に シミの ようなものが 見える。
私の 顔の表情に 気づいたのだろう。
ピーターが、自分の手を見て そっと さする様に 両手を重ねた。
テーブルの上の ベルを チリンと 鳴らす。
「今日は、ここまでに しましょう。」
いつもより 短い面会の時間は、突然、打ち切られた。
*** **** *** *** **** ***
本当は、私が 飛びつきたかった。
1か月半。
予定よりも 短い旅行。
イアンは、きっと 急いで 戻ってきた のだろう。
飛び出したアリーが、イアンの首に 抱き着く。
受け止めて 頭を なでる イアン。
「ただいま。 ウェンディ」
話したいことが、いっぱい。
だけど、アリーが イアンを 離さない。
こんなに 子供っぽい アリーは、久しぶり。
年相応 といえば、その通り だけれども・・・。
興奮した アリーを ベッドに 向かわせることが 出来たのは、
日付が 次の日へと 変わってから だった。
「ウェンディ、何も おかしなことは 起こって いない?」
私は、ピーターとの 面会について、金のプレートについて、
そして、ピーターの 顔や手の 変化に ついて、イアンに 告げた。
イアンが 気にしたのは、金のプレートに ついて・・・。
「近年で、金のプレートが、教祖から 渡された人物は、1人だけ。
現在の、大司教だと されている。
だが、それは、40年以上前だ・・・。
40年前。 私も、ウェンディも 生まれていない。
いったい、その ピーターという 人物は、何歳なんだ?」
40年以上前?
そんな・・・。ピーターは、若い。
20代に 見える 若さだ。
30~40歳だと 思い込んで 年齢など 気にしたことがなかった。
金のプレートの 持ち主が、大司教で あるならば・・・、
それが、ピーターで あるならば・・・、
彼の 年齢は、少なくとも50歳は 超えている。
「大司教は、80歳を 超えると 言われている。
本当に、ウェンディが、面会している人物は、大司教なのか?」
80歳? それは、ありえない。
でも、取次ぎの 司祭は、確かにピーターを 大司教と呼んだ。
混乱する 私の頭を そっと、イアンが 抱き寄せた。
「ウェンディ。
西の伯爵領に、私の 領地も できた。
王都ほど 発展はしていない 田舎だけれども、
少なくとも 教会の 手は 及ばない。
大丈夫。 どうしても 立ち行かなくなるまで 頑張ろう。
うまくいかなければ、そちらで 家族で 暮らすこともできる。」
イアンは、私が 美容院に こだわっていることを 知っている。
理解している。
アリーに 継がせたいと 思っていることも 知っている。
どうしても 立ち行かなく なるまで・・・。
イアンと 一緒なら。
この人が ついていてくれるなら、きっと 大丈夫。
私は、イアンの胸に 顔を埋めた。
5話までで終わらせる予定が、なかなか最後までたどり着けません。