7話(最終話)
今日は、ダニエルの、リサイタルを観に行く日でした。ジュリアンナは、いつものように、母と二人、会場に向かって歩いていました。ピンクのワンピースに、カラフルな靴下を履き、頭には花の髪飾りを付けています。
「この前は、ダニエルくんと、お話出来たみたいね。良かったね」
二人は、パーティーの時の話をしていました。
「うん……でも、あの日はね、本当に夢みたいで、びっくりする事が多くて。ママのスピーチの後もダニエルくんと一緒にいたんだけどね、話した事、あんまり覚えていないの」
「あらあら」
「でもね、ダニエルくん、私の体の事、なんにも悪く言わなかったんだよ。周りの子も、優しかったんだ。それでね、『君はもしかしたら注目を浴びるかもね』」って、言ってくれたの!
ジュリアンナの目は、とても輝いていました。
「それは良かった。ママはね、ジュリアンナにしか弾けないメロディーがあると思っているのよ。ダニエルくんには、わかったのかもね」
「私にしか、弾けない、何か……」
ジュリアンナが未来を思う姿は、純粋そのものでした。なんのけがれもないのです。母は、そんな娘を見ていると、自然と笑みがこぼれました。
「自慢の子だわ。ジュリアンナ、あなたを産んで、本当によかったよ」
ジュリアンナも、母も、とても幸せでした。
「ロザリアさん、ロザリアさん!」
ワンピースを来た、美しい脚の女性が、ジュリアンナの母の前にやってきました。
「あの、私、今日のリサイタルの、手伝いなのですが」
女性が見せてきたのは、ダニエルのリサイタルの、関係者を証明するものでした。
「会長がちょっと、会場に入る前に、話があるって。探していましたよ。あの……正面入り口です」
「あら、そうでしたか、聞いていませんでした。今行きます。……ジュリアンナ?」
母は、ジュリアンナと一緒に行こうとしました。
「ジュリアンナちゃんの案内は、私と、他の案内係が先にしますよ。関係者は、裏口からなので」
「そうですか……? では、よろしくお願いします」
女性は、ジュリアンナの手をにぎると、ニコリと笑いました。
「ママ、また後でね!」
ジュリアンナは、とても元気に、母に手を振ります。母もまた、娘に優しく、手を振るのでした。
まさかこれが、永遠の別れになるなんて、思ってもいませんでした。
ジュリアンナの意識は、遠ざかっていました。体が動かなくなりました。美しい二本の足の女性が、何人もいます。
--五体満足な体……美しい二本の足……私が、もらえなかったものだ……--
女性たちの中には、パーティーの時にいた女性たちもいました。
ジュリアンナは、全てを悟りました。頭も、体も、未熟な指も、五本足も。鍵盤を押すかのように、何度も踏まれます。その度に、音が鳴りました。次第に、痛みは、なくなりました。ジュリアンナの大きな目も、踏まれました。目が、見えなくなりました。そして、音だけが残りました。楽器のように、音がします。とても、残酷な音楽です。
--ああ……私は……。ママ……。今まで本当に、ありがとう……--
指、ピアノで音を奏でる事はできなかったけれど、こんな形で夢が叶うなんて。
ジュリアンナは、蹴られて、踏まれて。
自らの体で、楽器のように。音を奏でながら、静かに、瞳を閉じたのでした