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第8話 終わりのない悪夢

「聞きたいこと?」


 いまさら、俺に何を聞きたいというのだろうか。聞くも何も、シモンや魔法使いの奴らなら俺の身辺のことなど、全て把握しているのはわかりきっていたのだ。にもかかわらず、わざわざこんな遠回しな言い方をしてくると言うことに、俺は不快感を覚えていた。その感情はシモンにも伝わっていたようで、顔色一つ変えないまま、シモンは再び口を開いた。


「なに、そう不機嫌そうな顔をするな。大したことではない」


「早く言え。こっちも忙しいんだ」


 扉を叩いてきたのが、奴でなかったと言うことで、ひとまずは安心ではあるが、それでも、物事は何も解決していない。もしも、あの夜の出来事、あの光景が現実のものであったとしたならば、いずれにしても夜になるまでに奴が来ることには変わりないのだ。そうそう時間も残されていない今、大したことではないというシモン達の用事に時間を取られている余裕はないのだ。


「単刀直入に言う。ルカ・アレクサンドリア。お前が『業火の魔女』と行動を共にしているという情報があった。どういうことなのか説明してくれるな?よもや手を組んでシーアン国に叛逆を企てているワケではあるまいな?」


 何を言っているんだ、こいつらは?俺が『業火の魔女』と行動を共にしている?全くもってワケが分からない。


「馬鹿も休み休み言え。どうして、俺が業火の魔女と手を組む必要がある?俺が行動を共にしているのは……」


 そう言いかけた俺の脳裏によぎったのはイーナの顔であった。いや、でもそんなはずはない。イーナが……『業火の魔女』?そんな事あり得ない。『業火の魔女』と言えば、兵士キャンプを1人で全滅させるような凄まじい力と残忍性を持った悪魔のような女であろう。優しくて、何処か姫にも似ているような、優しい少女であるイーナにそんな事が出来るはずがないのだ。


 シモンは、さらに俺へと追求の言葉を続ける。


「ルカ何故黙った?何か思い当たる節があると言うことか?ごまかさなくても良い。すでに我々はお前が厄災と行動を共にしていたという情報を得ているのだ。お前がこの家にいると言うことは、つまり厄災もこの家にいると言うことなんだろう?」


 まさか、そんなはずはない。自らに言い聞かせるように、俺は何度も頭の中でそう呟いていた。


「ルカ?何か揉めてるの?大丈夫?」


「おい、イーナ……」


 タイミングの悪いことに、俺達の悶着を心配したイーナが、部屋の奥から首を覗かせてきた。その姿を見るやいなや、シモンは大きな声であげた。


「いたぞ!『業火の魔女』に違いない!捕らえろ!」


 こうなれば仕方が無い。イーナが業火の魔女であるなんて到底信じられるような話ではないが、奴らに仮に捕まるなんて事があれば、このまま捕らえられて処刑。良くて拷問と言ったところである事は目に見えている。かつてのシモンとは異なり、今のシモンは血も涙もない冷酷な男として、大臣の信頼を勝ち得たのだった。


「イーナ!逃げろ!」


そう言いながら、玄関を防いでいた魔法使い達へと俺は突っ込んでいった。強力な魔法を使う連中とは言え、肉体はそう鍛えられていない。急な俺の突進に、不意を突かれた魔法使い達は、すっかりバランスを崩し、転倒したようだ。だが、とっさのことで、未だ状況が飲み込めていないイーナは動くことができなかったようだ。


「逃げろって!?どういうこと!?」


「いいから!早く!奴らお前を『業火の魔女』だと勘違いしている。捕まったら終わりだ!とにかく逃げろ!」


「ルカ、貴様……!」


 何とかイーナを逃がす。その思いだけで、俺は必死に叫んだ。だが、その行為が裏目に出てしまった事を俺もイーナもすぐに理解した。イーナが逃げる事が出来なかったばかりか、すぐに俺が魔法使い達に捕らわれてしまったのである。がんじがらめにされ、動くことができない俺の首元に冷たい感覚が走る。


「動くな!『業火の魔女』!お前この男と親しげにしていたよな?この男がどうなっても良いのか?」


「俺のことは良い!はやく逃げろ!」


 俺の必死の叫びにも、イーナは全く動くような様子は見られなかった。


――一体何をしている?捕まれば、お前は殺されるんだぞ!


「ふん、観念したか。さあ、洗いざらいお前の罪を吐かせてやる!」


「……」


 黙ってこちらの様子を見ていたイーナの口元がわずかに動く。何かを言っているようだったが、言葉までは聞き取れなかった。俺を捕らえていた魔法使い達も、同じく聞き取れなかったようで、リーダー格であるシモンが、勝ち誇ったような態度で、目の前のイーナに向けて言葉を吐き捨てる。


「今更、懺悔の言葉でも吐き出そうというのか?厄災よ!」


 シモンの言葉に、周りの魔法使い達も笑みを浮かべながら、嘲笑を俺達に向けて放っていた。俺は魔法使いの連中に捕らわれ、ネル達も魔法使いに囲まれ身動きが取れず、イーナも完全に絶望的な状況であったが、そんな中、イーナの静かな声が周囲に響き渡った。


「……あなた達、シーアンの兵士達でしょ。今あなたたちの腕の中にいるのは、次代のシーアンの王なんじゃないの?」


「ふん、いまやすっかり落ちぶれたこの男に、我々の王たる資格はない。どうせ姫をたぶらかしたか何かしたのだろう!でもなければ、どうしてこいつが……!どうしてよりによってこいつが、王に選ばれると言うんだ!」


「シモン……」


「黙れ!なぜお前が選ばれて、俺達『シュトラール家』は選ばれない?この国のために、プライドを捨て大臣の信頼を勝ち得たはずだというのに……どうしてお前なんだ!」


 シモンが吐き捨てるように言葉を発する。シモンがそんな事を思っていたなんて……かつて、一緒に遊んでいた頃のシモンしか覚えていなかった俺にとって、シモンの発言はショックが大きかった。


「どうせ、『業火の魔女』とグルになって姫を脅したのだろう?でなければ、お前が選ばれるわけがない!そうなんだろう?ルカ・アレクサンドリア?答えろ!!」


魔法使いの腕の中で、俺は自らの無力さに打ちひしがれていることしか出来なかった。もっと力があれば……! イーナも、ネルも、皆を守ることが出来ない事が出来ない自分に腹を立てる事しかできなかった。そう、シモンの言葉通りである。俺は王なんてふさわしくない。そんな事は自分がよくわかっていた。


イーナも、ただその言葉に黙ってうつむいていた。きっと、こんな無様な俺を見て、心の中で失望しているんだろう。もしかしたら恨んでいるのかも知れない。俺と出会わなければ、こんな目には合わなかったのだろうから。


「あなたたち……」


 うつむいていたイーナの表情はよく見えなかったが、その身体は少し震えている気がした。無理もない。こうなってしまった以上、俺達に待っているのは死。俺達2人で大臣おつきの魔法使い達の集団に敵うわけなどないのだから。


「お前達『業火の魔女』を捕らえろ!相手は厄災だ、油断はするなよ!」


 シモンの指示を受けた部下の魔法使い達が、ゆっくりとイーナの方に向かって近づいていく。だが、イーナは逃げるどころか、顔をゆっくりと上げ、近づいてくる魔法使い達に冷たい視線を向けた。その目は、今まで見たことのないような、まるで今までのイーナとは別人であるかのような目であった。


 直後、突然に魔法使いの悲鳴が周囲へと響き渡った。イーナに近づこうとしていた魔法使いの1人が、急に炎に包まれたのだ。あまりに突然な出来事に、俺も、魔法使いの奴らも何が起こったのかわからないまま、ただその光景を見つめている事しかできなかった。


「なんだ、何が起こった……!?」


相変わらず魔法使いの腕の中に捕らわれていた俺は、イーナの方に目を向けた。今までに見たことないような冷たい表情を浮かべてイーナの目は、怪しく赤く光っていた。今にも吸い込まれてしまいそうなほどに赤く光る目。そして、何処か儚い表情を浮かべていたイーナが、再び静かに俺に向けて口を開く。


「ルカ、ごめんね。だましてたわけじゃないけど…… 私が…… あなたが追い求めていた『業火の魔女』なんだ」


 イーナが、業火の魔女? 嘘だろ?


 俺の頭の中にイーナの言葉が何度もこだまする。


「私が『業火の魔女なんだ』

「業火の魔女なんだ」

「……なんだ」


 嘘だ!


 だが、目の前のイーナは、次々と迫ってくる魔法使い達を燃やしていく。イーナの目が怪しく光ると共に、1人、また1人と炎に包まれていく魔法使い達。大臣の直属の魔法使い達ですら、一瞬にして葬っていくイーナの姿は、まさに厄災としか形容できない姿であった。


「なんだ…… これは…… 一体何が起こっている?」


 目の前で繰り広げられる惨状を前に、シモンはただ呆然と立ち尽くしていた。流石に、シモン達もここまでの力は想定していなかったのだろう。きっと、彼もこう思っていたに違いない。


――例え厄災が相手だとしても、力を手に入れた我々ならば、負けることは無い


 だが、まさに厄災という言葉通り、ルカ達の目の前にいる少女は格が違っていた。必死に魔法を放とうと、詠唱を試みるも、その前に燃やし尽くされていく。基本的に、魔法というものは、詠唱を行う事で使用できるものだが、イーナの場合、詠唱を行っているような様子は全くなかった。にもかかわらず、強力な炎で、次から次へと、魔法使い達を地獄の炎へと引き摺りこんでいっていた。威力も速さも魔法使い達の魔法とは全く違う。イーナが詠唱を行わず、魔法を使っている以上、詠唱が必要な魔法使い達に一対一で対抗できる手段はなかったのだ。


 これが厄災の力。天変地異を起こしうる存在であると言われる存在の力なのである。


そうなれば、集団で厄災に対抗するほかはない。だが、圧倒的格上とも言えるような目の前の存在に、手練れの魔法使い達もすっかり混乱に陥っており、もはや指揮系統など機能はしていなかった。無謀にも突っ込んでいっては、イーナの炎に包まれ、断末魔の叫びと共に消えていく。まさに地獄とも言えるような光景が、俺の目の前に広がっていた。


「嘘だろ…… イーナが…… 本当に、業火の魔女……」


「ルカ様!こっちへ!」


 必死に叫ぶネルの声が、遠くから聞こえる。目の前で繰り広げられていた衝撃的な光景に目を奪われて全く気が付いていなかったが、俺を捕まえていた魔法使い達は混乱に包まれ、俺の拘束も解除されていたのだ。だが、もはやショックに身体を支配されてしまった俺はその場から動くことができなかった。そして次の瞬間、魔法使いの叫び声と共に、俺の胸に鋭い痛みが走った。


「クソオオオオ!こいつだけでも!……ぎゃああああああああ」


 俺を刺した魔法使いは直後、激しい炎に包まれ、崩れ落ちていった。俺はあのときと似たような感覚に襲われていた。だんだんと身体から力が抜けていく感覚。そのまま、俺の身体は地面へと崩れ落ちていく。もう脚に、身体に力が入らない。


「ルカ!」

「ルカ様!」


 イーナと、ネルの叫びが重なる。周りの声もだんだんと遠くなっていき、視界もおぼろげになっていく。だが、そんな事はどうだっていい。イーナが、業火の魔女であったという事実。それが俺にとっては何よりも衝撃であったからである。まさか、あんなに優しかったイーナが…… まさか、厄災と呼ばれる存在であったなんて……


「私が『業火の魔女』なんだ」


 だんだんとフェードアウトして行く意識の中、俺の頭にこだましていたのは、イーナのその言葉であった。



……


「……夫?」


「大丈夫?」


 聞き慣れた声が俺の耳へと届いてくる。可愛らしくも、何処か恐ろしいその声は、まさにその『業火の魔女』のものであった。


――ああ、またか


 俺はもう完全に理解していた。俺が今陥っている状況、これは終わりのない悪夢であるのだと。


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