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第6話 困惑と再会 

「悪い冗談はやめろよ…… 覚えてるだろイーナ?一緒にローナン大森林に行くって……災厄を倒しに行くって!それで俺の家で謎の男に襲われて……」


 だが、イーナは戸惑ったような様子のまま、取り繕ったような笑顔を浮かべ、俺へと話しかけてきた。まるで俺のことを不審者を見るような目で見つめるイーナは、さっきまでのきらきらした笑顔を浮かべていたイーナとは全くの別人のようであった。


「本当に大丈夫? どうして私の名前を知っているか、私にはわからないけど…… 私とあなたは初めて会ったはずだし、あなたはずっとここで寝ていただけだよ……」


「寝ていた……?」


 そんなはずはない。確かに俺はあのとき、刺されて死んだはずだ。そう、胸を一突き。その証拠にその時の傷が…… 


 俺は自らの体、確かに鋭い痛みを感じていた場所に手を当て、あれが真実の出来事であったのかどうか確かめてみようとした。だが、不思議なことに俺の胸には刺されたような傷はなかった。それどころか、痛みすらない。


一体どうなっているんだ。あの刺された感触は、だんだんと身体が冷たくなっていく間隔は俺の夢だったのか…… いやそれにしてはリアリティが有り過ぎる。二度と忘れられないような、あの死に近づく感覚。あれは確実に夢なんかじゃなかった。


 周りを見渡すと、確かに俺が昼間、初めてイーナと出会った酒場の風景が広がっていた。イーナとマスター以外誰もいない酒場で、テーブルの上、俺の目の前には、ネルと2人でつまんでいた食事や、ネルの飲み終えたグラス、そして俺が飲み干したであろう酒瓶が数本残されていた。


――そうだ、ネル……!ネルは無事なのか!?


 俺はまだふらつく身体のまま、席から立ち上がり、酒場の出口に向かってかけだそうとした。気持ち悪い感覚が荒波のように押し寄せてきていたが、それどころではない。ネルはまだ無事でいてくれているのか。俺の頭の中はそのことで一杯であった。


次の瞬間、ふと身体を引き留められるような感覚が腕へと走る。俺の腕を、イーナの細い腕が掴んでいたのだ。まだ、混乱しているような様子ではあったが、確かに、あの時と同じ優しいイーナのまなざしが、俺へと注がれていた。


「待ってよ。急に慌てて立ち上がってどうしたの?体調が悪そうなのに、そんなに急に動いたら駄目だよ!」


 イーナの言うことも正しい。俺だってそんなことはわかっている。だけど、今俺はここで止まるわけにはいかない。ダウンするわけにはいかない。一刻も早く家に戻らなければ、そんな感情に、俺は支配されていた。


「行かなきゃ!ネルが!俺の大事な人が!死んでいるかも知れないんだ!」


 おそらく、すごい形相をしていたのだろう。俺のあまりの勢いに、イーナも思わず手を離して、驚いたような様子で、何も言わずただ俺の方を見つめているだけであった。


 しばらくの沈黙が流れる。俺も今すぐにネルの元へ駆け出したいところではあったが、すっかり困惑しているイーナを放っておくというのはどうしてもできなかった。どうして、イーナが何も覚えていないのか。一体今の状況がどうなっているのか。何もわからない俺にとって、イーナはあの状況を共有していた唯一の人物であったからである。きっとイーナなら……今のこの俺の状況について何か知っているに違いない。


 先に2人の間で流れていた沈黙を破り、言葉を発したのは目の前で困惑の表情を浮かべたまま黙って居たイーナの方であった。何かを決意したような力強い表情で、イーナは静かに口を開いた。


「……あなたが何を言っているのか……何を知っているのか、私にはまだわからないけど……きっとあなたは嘘を言っていない。ねえ、私も着いていっても良い?あなたの言っている大事な人……ネルさんがどんな状況なのかはわからないけど、もしかしたらあなたの力になれるかも知れないよ!」


「ありがとうイーナ!こっちだ!」


 俺達は、アレクサンドリア邸、ネルが待っているはずの俺の家へと駆けだした。息が切れそうになりながら、それでも俺は全力でかけ続けた。走っている間、俺が考えていたことはただ一つ、ネルの無事を祈るだけであった。


――ネル。頼むから無事でいてくれ。神様……どうか、これ以上俺の大切なものを奪わないでくれ。


 大通りを突き抜け、路地を曲がると、ようやく俺の家が見えてきた。まだ太陽が顔を沈めていない中、俺は全身汗まみれになりながら、俺達はアレクサンドリア邸の玄関の前へとたどり着いた。


「ここが……あなたの家?ネルさんはどこに?」


 俺の後をついてきたイーナが、冷静にそう声をかけてきた。妙なことに、あれだけ長い間全力疾走をしたはずなのに、イーナは全く息が切れていないようである。まあそれも今は些細な問題だ。ネルが生きていてくれているかどうか。それだけが、今の俺に取っては重要な事であったのだ。


「イーナ開けるぞ!」


 俺は勢いよく、玄関のドアを開けた。そのままの勢いで家の中に駆け込み、俺はネルの名を叫んだ。


「ネル!ネル!いるか!?いたら返事をしてくれ!」


 すると、家の奥から、聞き覚えのある声が響いてきたのだ。何度も見てきた光景。ずっとあって当たり前だと思っていた光景。そんないつもと変わらない光景がいかに貴重であるか。そんな感覚を俺は今まさに味わっていたのだ。


「ルカ様?一体どうしたのですか?そんなに慌てて……」


「ネル!?」


 パタパタと小さな足音を立てながら、俺のいる玄関に向けて走ってくるネル。いつもと変わらないネルの姿を見た俺は安堵からか一気に全身の力が抜けていくような感覚に襲われた。あまりの俺の勢いある声に、他の使用人達も何事かといった様子で俺の元へと駆け寄ってきた。


「良かった…… 生きていて良かった…… 本当に良かった……」


 ネルは生きていた。それにイーナも生きていた。じゃあ俺が見たあのときの光景は一体なんだったのか?本当に俺の夢だったのだろうか?いや、もし夢だったとしたら、まだ出会っていないはずであるイーナの事を俺が知っていたのはおかしい。それに、あのときの痛み。傷跡こそない、あの痛みは鮮明に覚えている。


 そう確かに、俺はあのとき死んでいたはずであるのだ。だとすれば考えられる可能性は二つ。ここが死後の世界か、もしくは俺が過去に戻ったという事である。死後の世界かどうかについては、俺も死んだことが無い以上どちらかはわからないが、もし過去に戻ったのだとしたら、あのときと違う行動を俺がしたから先の未来も変わった。イーナとのデータをしなかったことによって、俺の未来は変わった。そう考えれば、つじつまが合ってくる。


 だが、過去に戻るなんて、そんな事など本当にあるのだろうか。到底信じられるような話ではない。そんな事を考えていたおれにイーナが戸惑ったような様子で言葉をかけてきた。


「ま、まあ……ネルさんも生きていたみたいだし……よかったね!じゃあ、私はこれで……」


「ルカ様?一体このお方は?」


 立ち去ろうとしたイーナの姿を見たネルが口を開く。ネルはイーナに会っていないし、イーナの事を知らないのだろう。ならば、ネルにもひとまずはイーナの事を紹介しておかねばなるまい。何せイーナは俺のパートナーになって一緒に厄災を討伐してくれると言ってくれたのだから。


「彼女はイーナ。ネルと分かれた後、俺は酒場で急に体調が悪くなって…… その時に助けてくれたのが彼女だ。それに、あの厄災『業火の魔女』の討伐にも協力してくれるとのことだ」


「え……なにそれ……ごめん聞いてないよ……」


 そうだった、そういえばあの約束をしたのは、この世界でイーナと出会う前であり、今のイーナには俺の名前すら伝えてなかった。申し訳ないと謝ろうとした矢先のこと、すっかり興奮した様子のネルが、イーナの方に向けて満面の笑みを浮かべていた。


「え……本当ですか!?イーナ様!しかもルカ様を助けて頂いたなんて……本当になんと言えばいいか……このネル、一生をかけてイーナ様に恩を返します!そうだ!ちょうどお食事の用意をしていたところですので、良かったら是非食べていってください!」


 笑顔を浮かべながら、再びぱたぱたとせわしなく厨房の方へと戻っていたネル。その姿を笑顔で見送っていたイーナであったが、ネルが部屋の奥に姿を消すと、俺に向かって少し怒ったような声色で語りかけてきた。


「……ちょっと、どういうこと?」


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