第3話 パートナー
「イーナ……」
イーナと名乗った少女の名を聞いたときに、俺の頭の中に浮かんだのは、他でもない。ディーナ姫のことである。見た目もどことなく似ていれば、名前まで似ている。偶然にしては出来すぎているような気もするが……
「どうしたの、ルカ?」
イーナが不思議そうな表情を浮かべながら、俺の顔をのぞき込んできた。おもむろに視界に入ってきたイーナの顔に、思わず俺は驚きを顔に出してしまったのだ。あわてて、言い訳をするように、俺は目の前のイーナに言葉を返す。
「何でもない。ちょっと考え事をしていてな。すまなかった」
「大丈夫?なんか顔が赤いよ……? もしかして、まだ体調が悪い?」
そりゃ、そんなに顔を近づけてのぞき込まれたら、こっちだってドキッともするだろう。天然なのか、はたまた狙ってやっているのかはわからないが、時々、小悪魔みたいに、こちらを翻弄してくるような行動をしてくるのは、なかなか心臓によろしくない。
「大丈夫だ……。それよりイーナ、あんたはローナンの人間じゃないだろう?どこから来たんだ?」
別に、ローナン地方のことを悪く言うつもりはないが、イーナの格好は、すっかり廃れてしまったローナン地方の人々の格好とは明らかに違う身なりであった。この場にそぐわないような身なり、一目でこの地方の人間ではないと言う事は明らかだ。それにイーナは災厄の存在を知らなかった。この国で災厄の存在を知らないものはいないと言っても過言ではない。
「んーまあ西の方?まあまあ、あんまり詳しいことはいいじゃん!」
イーナは、触れられて欲しくなかったのか、ごまかすように笑顔を浮かべながらそう口にした。まあ、そもそも今のローナン地方にいる人々は、ほとんどが様々な事情を抱えている。犯罪を犯して自らの故郷を追われた人、都会で仕事を失いこの地方に追われてきた人、このローナン地方では人の事情に首を突っ込むのは御法度とされている。この地方にいたくていると言う人間も居ることには居るだろうが、基本的には皆ここにいざるを得ない人々であるのだ。
まあ、イーナがどんな事情を抱えているかは、俺の知るところではないが、わざわざこんな荒れ果てた場所に用事と言うことは、ここでしかできない何か重要な用事があるということなのだろう。それに、どうしても俺には彼女が悪い人間のようには思えなかったのだ。
「そうだな…… まあいいさ。それでイーナ、泊まるところはあるのか?さっき助けてくれたお礼というわけではないが、良かったらこの街にいる間、うちにきたらどうだ?」
「えっ……?」
「違う!変な意味じゃない! 宿を借りるのにもお金がかかるだろうと……! それにローナン地方は治安があまり良くないから、1人で歩かせるのは危ないだろうと……! うちなら世話をしてくれるネルもいるし、滞在費もかからないだろ? 俺にも出せる報酬金には限りがあるからな…… せめて、何かお礼でもと思っただけだ!」
つい、変なことを口走ってしまったかと、俺は慌てて弁明を試みた。そんな俺の様子を見たイーナは、一瞬表情を変えたものの、すぐに元の笑顔に戻って、すっかりパニックになっていた俺へと言葉を返してきた。
「ありがとう!そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな!せっかくこうして出会えたんだもの!ルカの話も聞いてみたいな!」
「俺の話?そんな事に興味があるのか?」
「そりゃね!私達はパートナーなんだから!」
誰にも相手をしてもらえない今の俺の話を聞きたいだなんて、変わった奴もいた者だ。そう思いながらも、俺はなんだか嬉しかった。この子と話している間は、俺が俺として認められているような、そんな感覚であった。俺はこの時すでに、完全に目の前の少女に心を惹かれていた。
「そうだな……パートナーか……良い響きだな! イーナ!ぜひともうちに来てくれ。しばらくの間、うちで自由に過ごしてくれてかまわない。きっとネルも喜ぶさ」
「ねえねえ、ルカがさっきから言ってる、ネルってどんな子なの?女の子?」
「ネルはずっと俺を支えてくれてる、言ってみれば相棒みたいなもんだ。そうだな、イーナと同じくらい……いやもう少し上の女の子だよ」
「ふーん…… そっかー!なるほどね……」
「何か誤解をしていないか?別に俺とネルの間には何もないぞ!」
俺の言葉にイーナは少し口角をあげ、ニヤニヤした表情で俺の顔をのぞき込んできた。一体どういう表情なのか、確認しようと口を開きかけた俺に向かって、イーナはさらに言葉を続けてきた。
「ねえ、ルカ。一つだけ言っておくと、私、あなたが思っているよりも大分年上だと思うよ!」
「イーナそれって……?どういうことなんだ?」
「さあ、どういうことでしょう?」
はぐらかすように、イーナが言葉を返してくる。
「おい、さっきパートナーって言っただろ?イーナのことも教えてくれよ!」
「ルカの家に着いたらね!どうせ時間はゆっくりあるんだから! ほらほら!行くよルカ!」
これが俺とイーナとの初めての出会いであった。