第13話 協力
シモン・シュトラールはシーアンの名家の一つであるシュトラール家の生まれであった。シュトラール家はかつて、俺達アレクサンドリア家と友好な関係を築いていた。特にリオン・アレクサンドリアがアレクサンドリア家の当主であったときには、親交も深く、それぞれの跡継ぎである俺とシモンもよく一緒に鍛練を重ねたものだった。
あのとき、俺を捕らえたときシモンが言った言葉、あれはもちろん今や落ちぶれた俺が、姫に選ばれたと言う事に対する一種の嫉妬にも似た感情もあったのだろう。だが、シモンという男は、そんな感情に流されるほど馬鹿な男ではない。幼い頃より彼は人一倍、頭が良かった。それは成長した今も変わらず、計算高く、そして自ら正解だと信じた道を、冷酷に孤独に進むことが出来る強い人物であった。
そもそも、彼が何故大臣の下に従っているか。その理由はシュトラール家が名家の中でも立場があまり高くなかったということにある。
揺れ動くシーアンの情勢の中、名家の中でも比較的立場が低い家は皆、自らの家の存亡に必死であった。シュトラールの家も例外ではない。
国内に大きな影響力を持っていなかったシュトラール家が生き残るために、シモンは大臣のために身を捧げると言う決意を固めた。自らを殺し、来たるべき時のために力をためる。シモンはそんな茨の道を選択したのである。
シモンにとっては、今回の討伐対象が『業火の魔女』でも、そうでなくてもどちらでも良い。問題を解決し、大臣の信頼を勝ち得るということ。それが重要だったのである。
4回目のループのはじまり、イーナに協力をこぎ着けた俺は、次にシモンの元へと向かった。もちろんイーナとは別行動である。
「シモン、ちょっといいか?」
「なんだルカ?協力なら出来ないといったはずだが……」
「知ってるさ。今のお前には立場がある。協力してくれとは言わないさ。だが、お前に、お前にだけは真実を伝えておこうと思ってな」
「真実だと?一体なんの真実だ?お前がリオン・アレクサンドリアの意志を裏切って、すっかり落ちぶれてしまったという真実か?」
一緒にいた魔法使い達もシモンの言葉に、俺に向けて嘲笑を浮かべる。だが、皆が笑う中、シモンの口元は微動だにしなかった。
「シモン、お前この街で最近話題になっている事件について聞いてるよな?胸を一突きされた遺体が次々と発見されているという怪事件」
「ああ、それがどうした?」
「今回の事件、そして厄災による被害。俺は同じ犯人によるものだと踏んでいる」
「つまり、厄災がこの街にいると?」
「そうだ、そして俺はその犯人がお前の部下の中にいる。そうにらんでいる」
途端に先ほどまで嘲笑を浮かべていた魔法使い達の表情が一変する。
「貴様!俺達を愚弄するか!」
「どういうつもりだ!」
一気に俺に向けて、臨戦態勢に入る魔法使い達。だが、シモンという男はなおも冷静を保ちながら、俺の話に耳を傾けてくれていた。
「……そこまで言うというのならば証拠はあるのだろうな?ルカよ。まさかお前の思い込みで俺達を疑っているというわけではあるまいな」
証拠はない。だがそんな事など言えるわけがない。だからこそ俺は、シモンに賭けるほかはない。きっとシモンなら俺の誘いに乗ってくれるはずだ。そう思いながら、俺ははったりとも言える言葉をシモンに投げかけた。
「全てを知りたいのなら、俺の家に来るといい。日が暮れる頃、俺の家に来れば全てが明らかになる」
「ふざけるな!そこまで言って証拠も出せないのか!」
「いくわけがないだろう!馬鹿も休み休み言え!」
叫ぶ魔法使い達を尻目に、シモンは初めて俺に笑みを見せながら言葉を発した。
「面白い、お前のいう証拠とやら、是非見せてもらおうじゃないか」
………………………………………
「シモン、どうする?」
「俺がサポートする。剣技ならお前の得意分野だろ?奴を外に誘導するんだ」
幸いにもメンティラの武器は奪っている。そしてこちらは俺とシモンの2人がかりで挑める。状況は圧倒的にこちらの方が有利であるはずである。ちらっ、ちらっと、俺とシモンを交互に見つめるメンティラ。メンティラがどう動いてくるか、俺はその動きに全真剣を集中させていた。
メンティラの脚がわずかに動く。その動きを見逃さなかった俺は、一気にメンティラとの距離を詰め、剣をメンティラに向けて一気に振り下ろした。キィンという鋭い音と共に、重なり合う剣と剣。やはりメンティラは短剣を仕込んでいたのだ。
「水の術式:鉄砲弾」
俺との交錯によって、動きがとまったメンティラに、シモンの魔法攻撃が襲いかかる。だが、メンティラは身を捻るようにシモンの攻撃をかわし、間合いを取った。ガシャンと大きな音を上げ、シモンの魔法攻撃があたった肖像画が床へと落ちる。
「……2人相手ともなれば厄介ですね……」
「ルカ!逃がすな!扉だ!」
シモンの叫び声が応接室に響く。形勢が悪いと判断したメンティラが向かったのは応接室の扉。家の奥にやつを行かせるわけには行かない。
「まて、メンティラ!」
慌ててメンティラの後を追い、扉の方へと向かった俺の方を振り返ったメンティラの顔は再び妖しい笑みを浮かべていた。扉から踵を返すように、俺の方を向くメンティラ。持っていた短剣を俺に向けて一気に突き刺そうとカウンターを試みたようだった。こちらへと突っ込んでくるメンティラの攻撃を、俺は身体を捻りながらなんとか躱した。
だが、メンティラの狙いは俺ではなかった。メンティラは、扉の方に走り出した俺にカウンターを入れるようなフリをしながら、その攻撃を躱しバランスを崩した俺を横目に、少し離れた場所にいたシモンに向かって一気に距離を詰めたのだ。
「知っていますか?剣と魔法…… 接近戦では剣の方が早いと言う事を!」
「……ほざけ!」
自らの方へと一気に向かってきたメンティラの攻撃を防ごうと剣を抜くシモン。再びキィンという音と共に、シモンの抜いた剣がシモンの手元を離れ、床へと落ちる。
――まずい!!
すぐさま床に落ちた剣を拾おうと駆け出すメンティラ。俺もシモンもメンティラの奇襲攻撃にすっかりバランスを崩し、対応することは出来なかった。そして、落ちていたシモンの剣を素早く拾い上げたメンティラは狂気の笑みを浮かべながら、俺達に向かって口を開いた。
「さて、これで形成は互角です」
メンティラに剣が渡ってしまった以上、メンティラをシモンに近づける訳にはいかない。家の中である以上、強力な魔法も発動できない今、シモンは全力を出せないのだ。となれば俺がやるしかない。奴の注意を俺に引きつけ、シモンとの二重攻撃で一気にメンティラを仕留める。それしかない。
「シモン!俺が行く!」
剣を構えながら、俺はメンティラへと突っ込もうと試みた。だが、先ほどとはまるでリーチが違う鋭い攻撃が俺に向かって飛んでくる。メンティラの広範囲の攻撃を防ぐのが精一杯だった俺は、それ以上メンティラとの距離をつめることが出来なかった。
「水の術式……水竜」
シモンの足元から水が巻き上がり、凄まじい勢いでメンティラめがけて飛んでいく。その様は、名前の通り自ら出てきた龍が獲物の喉元めがけ食らいつくようであった。だが、メンティラは、自らに襲いかかってくる水を前に慌てるような素振りは全くなかった。持っていた剣を振るい、自らめがけ飛んでくる水を一刀両断。メンティラはシモンの強力な魔法攻撃を持っていた剣で真っ二つにしたのだ。
「まじかよ……」
思わず俺もそう心の声を漏らしてしまう。シモンは若くして、大臣お抱えの魔法使い達のリーダーとなるほどの実力の持ち主であり、その魔法攻撃はシーアンの中でもトップクラスであるのは明確である。いくら全力とはないとは言え、シモンの魔法を真っ二つにしてしまうほどの力を持っているメンティラを前に、俺は少し恐怖を感じていた。
そんな俺とは対照的に、シモンはすでに次の一撃を放つ準備をしていた。連撃。ここまでの規模の魔法攻撃を連続で打ち出せるのは、流石シモンと言ったところである。しかし、術式を発動したのはシモンだけではなかった。シモンの声とメンティラの声が重なる。
「「水の術式:水竜」」
2人がほとんど同時にはなった水の魔法は、ちょうど2人の間の辺りでぶつかり、激しい音と水しぶきを上げる。思わず飛ばされそうなほどの風が発生し、俺は何とかその場でバランスをとるのが精一杯であった。
「おいおい、家が壊れるぞ……」
応接室にあった肖像像が吹き飛び、大きな音を立てながら床へと落ちる。クローゼットやテーブルなど大きな家具はミシミシと音をあげていた。
「さすがですねえ、流石です。今の魔法は面白かった。つい、私も全力を出してしまいそうになりましたよ!」
メンティラの表情は、先ほどにも増して、より一層狂った笑顔へと変わっていた。もはやとても人とは思えないような顔。それはまさに厄災としかいいようがないような表情であった。
「さて、次はどんな手段で来るのですかね?それとも流石にそろそろ万策尽きたか……」
俺達をあざ笑いながらメンティラは余裕たっぷりにそう口にした。その声色からは、負けるわけが無いと言うメンティラの自負が伝わってくる。本当にメンティラは化け物のように強い。だが、俺達にだってまだ切っていない最後のカードが残っている。俺が笑顔を浮かべた姿を見たメンティラは、きょとんとした顔で静かに口を開いた。
「なにがおもしろいのです……?」
そんな事わかりきった質問である。お前のその余裕に満ちあふれた顔が絶望に変わるその瞬間だよ。
「何かまだ奥の手を残しているようですが…… させませんよ。まずは厄介なお前から……!」
一気にシモンに向けて距離を詰めるべくかけだしたメンティラ。シモンもすぐさま水の魔法で対抗しようとするが、その攻撃はメンティラにするりとかわされる。シモンが再び魔法を繰り出そうと術式を唱える。しかし、その間にシモンは、すでにメンティラの間合いに入っていた。
「これで終わりですシモン。さようなら」
シモンめがけて、剣を繰り出すメンティラ。だがメンティラの放った鋭い突きはシモンを貫くことはなかった。キィンと再び鋭い音が部屋にこだまする。一体何事かといった様子で目を見開くシモンとメンティラの2人。俺にはまだメンティラはおろか、シモンにも伝えていなかった切り札が残されていたのだ。
「何事です……?」
そう口を開いたメンティラの目の前には、1人の少女が立ちはだかっていた。真剣なまなざしでメンティラを見上げるように見つめる少女。俺の最後の切り札。まさしく『業火の魔女』のカードを俺は今切ったのだ。




