第12話 反撃の時
俺は、自らの家に戻ってきていた。3回目ともなれば、メンティラが来る時間は大体わかっている。奴の襲撃時刻は、周囲が完全に闇に包まれた頃。ならばこちらも十分に対策を練る時間はあるのだ。
――見ていろよ、メンティラ。今度こそお前のその狂った笑顔を絶望の表情へと変えてやる。
そして、遂に、その時がやってきた。こんこんと扉を開く音が家にこだまする。それは俺と奴との因縁に決着をつけるためのはじまりの合図であった。
「はーい!」
我が家を訪れたメンティラを出迎えるネル。俺はあのときと同じように、メンティラに声をかける。大丈夫。まだ、襲ってくることはないことはわかっている。ここまでは前回と同じだ。
「すまないが、剣は預からせて貰ってもいいか?俺はまだ完全にお前のことを信用したわけではないのでな」
俺は冷たくそうメンティラに語りかけた。まずは、武器を奪う必要がある。大丈夫。ここは大人しくしたがってくれるはずである。そして、俺の考えていたとおり、再びメンティラはネルを呼びつけ、自らの剣を差し出そうとした。
「……良いでしょう。では、お嬢さんこちらへ……」
「待て俺が預かる。俺でも不都合はないだろう?」
緊張で思わず震えそうになる声を必死で抑えながら、俺は前のループの時と同じように、メンティラに声をかけた。違和感を察されるような事はあってはいけない。ここは自然に、初めての時と同じように振る舞わねばならない。
「……ええ。わかりました」
メンティラの答えも、あのときと同じである。再び応接室に入ったのも一緒。そして、応接室の椅子に腰掛けた俺達の目の前に飲み物を用意してくれたネルが出て行った。ここからは新しい物語のはじまりである。
俺は椅子を立ち上がり、扉の方に向かう。メンティラはこちらの動きを観察するようにずっと俺を眺めていた。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせながら、俺はメンティラに向かって語りかけた。
「あんたは俺のことを知っているかも知れないが、俺はあんたのことを知らない。申し訳ないが、名前を聞かせて貰ってもいいか?」
「私の名前はメンティラ。メンティラ・アウグスバーンと申します」
丁寧に言葉を返すメンティラ。そして自らの名前を名乗ったメンティラは、ネルに出された飲み物を静かに啜った。そしてゆっくりと机に湯飲みを戻したメンティラの様子を眺めながら、俺は言葉を投げかけた。
「メンティラ。早速だが、聞かせて貰ってもいいか?お前の言っていた『業火の魔女』の情報について」
まずは、メンティラから業火の魔女についての情報を聞き出さなければなるまい。イーナの話が真実であるのならば、メンティラもその目で業火の魔女の姿を見ているはずである。上手く行けば何処かでボロを出してくれる可能性だってあるかも知れないのだ。
「ええ、いいでしょう。私はこの目で業火の魔女を目撃しました。あのとき、私は大臣の命令で、ローナン地方での任に赴いておりました。偶然にも、あの惨劇が起きた日、近くの村に私はいたのです」
俺は今までに無いほどに集中しながらメンティラの言葉を隅々まで聞いていた。幸いにもまだメンティラは俺がメンティラを疑っていることに気が付いていないようである。得意げに語るメンティラに俺は問いかけた。
「兵士キャンプではなく、村の方に?」
「ええ、ルカ様とは言えど、流石に任務の内容までは教えられませんが…… いつも村に見回りに来る兵士が来ず、村の者の中でも不思議がる声が上がり始めておりました。そのため、私は兵士キャンプの様子を見に行くことにしたのです。兵士キャンプに到着した私の目の前に広がっていたのは、まさに惨状としか言いようがない光景でした。兵士は無残に死んでおり、周囲には炎の魔法が使われた痕跡が残されておりました。するとその時に、人の気配がしたのです。私は生き残っている者がまだいるのかもしれない、そう思い気配のした方へと向かいました。そして、私は厄災と出会ったのです」
「厄災と出会った……」
「はい、厄災『業火の魔女』は、一見ただの少女としか言えないような姿でした。私も、まさかこんな少女が1人で兵士キャンプを壊滅させたとは夢にも思っていなかった。偶然、子供が迷い込んでしまったと思い込んでしまった私は、すぐさまその少女を助けようと少女に近づこうとしましたが、少女はこちらに不敵な笑みを浮かべると、強大な魔法を発動しました。そこから先は、よく覚えておりません。逃げるのに必死でしたから」
「なるほどな。そして、大臣に報告したのは、メンティラ。あんただったというワケか」
「そうです。何とか命からがら厄災から逃げ切った私は、すぐさま大臣様に報告いたしました。今回、私がこのローナン地方に同行したのも、その正体を直接見たからに他なりません。私は自ら志願し、再びこのローナン地方に来たというわけです。あなた様と共に今度こそ厄災を打ち破り、兵士達の無念を晴らすために」
相変わらず口の回る男である。思ってもないことを次から次へと口にするメンティラに対し、俺は本当に腹立たしい気持ちで一杯だったが、何とかこらえメンティラに礼の言葉を告げることにした。
「そうか。貴重な情報感謝する。それでメンティラ、つかぬ事を聞いても良いか?」
「はい、どのようなことでしょうか?」
「最近、このローナンの街で話題になっている事件のことを知っているか?」
「いえ……心当たりがありませんが」
「聞けば、被害者は皆胸を一突きされ、他に傷はなく死んでいたとのことだ。その事件が起こり始めたのは、ちょうど俺達がここに来たのと同じ頃。そして、俺の集めた情報が正しければ、兵士キャンプの兵士達も、胸を一突きされ死んでいたらしい。俺はこの二つの事件、同じ犯人が関わっていると踏んでいる」
もう、隠す必要なんて無い。ここからは俺がお前を追い詰める番だ。その気味の悪い仮面を脱ぎ捨てて、お前の本性を現せ。そう思いながら俺は力強くメンティラに言葉をぶつけた。だが、メンティラはまだ丁寧な外行きの仮面を外さずに、平静を装いながら冷静に言葉を返してきた。
「……つまり、何が言いたいのでしょうか?」
「つまり、兵士キャンプを襲った真の犯人は、魔法使い達の中にいるんじゃないかということだ。聡明なお前ならわかるだろう?メンティラ?」
メンティラの声色がかすかに上ずる。動揺をしているのは丸わかりであった。
「私を疑っていると言うことですか?」
「状況的に考えれば、お前しかその行為が出来るものはいないだろう?」
「ばかげた話です。大体ルカ様が聞いてきたという話、その情報がどうして正しいと言えるのですか?あのとき、あの場所にいたのは、私と業火の魔女の2人だけだったはずです」
「そう、お前の言うとおり、あくまで俺が聞いた話さ。確証はない」
「そうですか…… ルカ様、あなたは私を信じて頂けないようですね。残念です」
そう言って席を立ち上がり、立ち去ろうとするメンティラ。その表情は怒りにまみれていた。そうメンティラが怒るのも無理はない。あくまで今メンティラに話した内容は俺の、推理とは言えないただの推測に過ぎなかったからである。だが、このままみすみすと帰すわけにはいかない。お前はわざわざ俺の巣に飛び込んできてしまったのだから。
「……一人目の被害者は髪の長い若い女性でした。恐怖に支配されながら死にたくない、死にたくないと泣き叫ぶ女性。胸を一突きすると、たちまち女性は動かなくなりました」
俺の言葉に、メンティラの眉間がぴくりと動く。
「……二人目の被害者。彼女は面白いことに抵抗してきたのです。私は彼女の攻撃をすべて受け止め、彼女に絶望を見せつけました。私にかなうわけなどないのだと。そして、彼女は絶望の果てに、自ら武器を下ろし、私に殺されることを選んだのです」
肩をふるわせながら、メンティラは再びあの時と同じような不気味な声で静かに呟いた。
「……お前は一体……」
「3人目、そして4人目……」
「やめろ!お前は一体何者だと聞いている?答えろ!」
明らかに動揺を隠しきれない様子のメンティラ。さらにメンティラを追い詰めるべく、俺はメンティラの本性を引き出すためのキーワードを口にした。
「お前ならわかるだろうメンティラ?俺の力はスクナの力。お前が一番よくわかっているだろう?」
「スクナの力……」
「『スクナの呪い』その呪いがお前にも降りかかったんだ。お前は罪を重ねすぎた」
「……」
動かなくなったメンティラはぶつぶつと何かを口ずさんでいる。よく聞こえなかったが、メンティラが何を口にしているのか、それも今の俺には手に取るようにわかる。そして、メンティラがその言葉を口にするのと同時に、メンティラの言葉に重ねて、俺はとどめの一言をぶつけたのだ。
「「なるほど、やはり私が思っていたとおり、あなたがスクナの生まれ変わりだったのですね」」
俺の言葉とメンティラの言葉が重なる。はっとした顔で混乱の表情を浮かべたメンティラは、瞬く間にあの狂気の笑みへと表情を一変させた。
「素晴らしい!素晴らしいですよ!ルカ様!まさしくあなたこそがスクナ!私のにらんでいたとおりだ!今更包み隠しても無駄と言うことですね!そう、あなたの言うとおり、兵士キャンプを襲撃したのは私。そして、住民を殺害したのも私です!」
狂気の笑みを浮かべながら高らかに叫ぶメンティラ。それは、完全に俺の罠にメンティラがはまった瞬間であったのだ。
「だってよ。リーダーさん」
応接室の端っこにあったクローゼットに向けて俺は語りかける。キィーと言う音と共にクローゼットがゆっくりと開いていく。クローゼットに姿を隠し、俺達の話を聞いていた人物。それは魔法使いのリーダーでもあるシモンであったのだ。その姿を見たメンティラは、動揺を隠しきれない様子で静かに口を開いた。
「……あなたがどうしてここに……?」
「……すまないルカ。全ては俺の管理能力が足りなかった為のことだ。許せ」
クローゼットから出てくるなり俺に深々と頭を下げるシモン。メンティラは完全に蚊帳の外の状態のまま、俺達2人に視線を送り続けていた。
「何故だ?何故シモンがここにいる?どうして魔法使いが……貴様のために動いているのだ?」
「ご託はいい。残念だが俺はお前を裁かねばなるまい。残念だよメンティラ」
吐き捨てるようにメンティラにそう告げたシモン。すでに自白をしてしまったメンティラに言い逃れる術は残っていない。やっと、形勢逆転した瞬間である。だがシモンが味方についたとは言え、まだ油断は出来ない。なんといっても兵士キャンプの兵士達を1人で全滅させるような男である。
「……この私が…… はめられた…… そういうことですか」
次第に身体が震え出すメンティラ。その身体から発せられている感情は語らずとも明らかであった。怒り。否、メンティラの表情は今までに見たことのないほどに高揚していたのである。
「面白い!そうでなくては…… スクナの力、私はそれを超えて…… 究極の力を得るのです!!」




