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第11話 繰り返しの果てに


「……大丈夫?」


 もう4度も経験したこのシチュエーション。俺の視界に入ってきたのは、イーナの心配する顔であった。だが、今までとは異なり、不思議と身体は重くない。スッキリとした朝の目覚めに近いような、そんな4度目のループのはじまりであった。


「……ああ、心配をかけたようですまなかった。ありがとう君は一体?」


「良かった!思ったよりも体調が良さそうだね!相当飲んでいたみたいだし、ずいぶん机の上も荒れていたから心配したよ!私はイーナ!よろしくね!」


 名前など聞かなくても、忘れるはずもない。イーナの笑顔をみるたびに、少し心が痛む。

イーナが厄災であると知った俺は、前回のループでイーナと関わることをやめた。そうした方が、お互いのためになると思ったからだ。厄災と関わる者は、総じて不幸が訪れる。そんな俺の思い込みで、自らの呪われた運命をイーナのせいにして、なすりつけていたのだ。


 だけど、それは違っていた。結局この困難はイーナのせいなんかじゃない。俺が自分の力で乗り越えなければならない問題であるのだ。例え、俺の選んだ選択肢の先に、無数の死が待っていたとしても、俺は万に一つの正解へとたどり着かなければならない。そうしなければ、イーナも、ネルも、俺自身も誰も救うことなど出来ないのだから。


 そうは言ってもだ。あの夜に、うちを襲ってきたのが魔法使いの連中の1人であるメンティラだとわかったものの、俺とイーナの因縁を解決するための方法は未だ思いついていなかった。少なくても、魔法使いの連中に、イーナが『業火の魔女』であると知られている以上、不用意に一緒に行動するというわけにも行かないし、メンティラを打ち破ったとしても、結局は、イーナとの因縁は何処かで決着をつけなければならない。


「……? どうしたの?大丈夫? 相当荒れてたみたいだったけど…… 良かったら話を聞くよ!」


 考え事をしていた俺を、再び心配そうな様子でのぞき込んでくるイーナ。俺が頭を悩ませている原因が自分にあるであろう事など、夢にも思っていないであろう。だけど、いつかはイーナの、いや、『業火の魔女』の件については、俺がけりをつけねばならない話である。まだ出会ったばかりであることは十分にわかっていたが、俺にも残された時間がたっぷりあるというわけでもない。だからこそ、俺は包み隠さずに俺の知っていることをイーナにぶつけようと決めた。1人では見つけれない答えでも、きっと彼女となら見つけられる。


「ありがとう。まだ俺の名前を名乗っていなかったな。俺はルカ。ルカ・アレクサンドリア。自分で言うのも、変な話であるが、シーアン国の次代の王の候補者の1人だ」


「ルカ・アレクサンドリア……」


 俺の名を聞いたイーナは、何か思い当たる節があったのか、少し考え混むように黙った後に、再び、俺に向けて笑顔を浮かべながら言葉を返してきた。


「いや、ごめん!何でも無い!それで、なんでそんなに悩んでいたの?」


「イーナは『厄災』という言葉を聞いたことがあるか?」


 何度も同じ話を繰り返している自分が少し可笑しかった。だが、今のイーナはまだ俺に出会ったばかりのイーナであり、何も知らない以上、ここは説明しないわけにはいかないのだ。時間がさほど残されていないのは、確かではあるが、ここで慌てても仕方が無い。まずは、限られた時間の中でイーナの信頼を得ること。それが俺の最初の課題となる。


「なるほど、それで、その厄災であるとされる『業火の魔女』とやらについて、あなた…… ルカはどこまでわかっているの?」


「今回『業火の魔女』は、厄災として認定されたというわけだが。俺は、果たして本当に、兵士キャンプに被害をもたらしたのが『業火の魔女』なのか……そう疑っている」


 俺の言葉に、イーナの表情が一瞬ぴくりと動くのがわかった。だが、イーナは動揺する様子を何とか隠しながら、俺に言葉を返してきた。


「どういうこと?」


「兵士キャンプの人間は、一突きで殺されたような跡があったという。兵士キャンプには、強大な炎魔法が使われた痕跡が残っていたために、今回の犯人は『業火の魔女』であると認定されたわけだが、俺はそんな犯行をする犯人に別に心当たりがある…… それに、俺は『業火の魔女』の正体を知っている。俺の知っているそいつは、決してそんな事をするような人じゃない!心優しくて、俺は何度もその子に救われたんだ!」


イーナは、何も言わずに、ただ真面目な表情で俺の方をじっと見つめていた。もちろん今のイーナには、今までの俺が繰り返しの中で体験してきた記憶なんて無いのはわかっている。もしかしたら、妄言を吐く変な奴だと思われているかも知れない。だけど、それでも、俺にできる事は素直に俺の思いをぶつけること。それ以外に思いつかなかった。


「……なあ、俺は、イーナの事を救いたいと心から思っている。だが、そのためには、イーナ、君の協力が必要なんだ!まだ出会ったばっかりで俺のことを信用できないという気持ちもわかる。だが、俺を信じて、俺に協力してくれないか?頼む!」


 俺はイーナに向かって頭を下げた。沈黙が続く中、しばらくの後に、イーナがゆっくりと口を開いた。


「……わかった。きっとあなたは、もう知っているのでしょ?私が、あなたの倒さなければならない相手、『業火の魔女』であると言うことを。私も知っていることをあなたに託す。きっとこれは…… 私達がここで出会ったのは、何かに導かれたもの…… そうとしか思えないから」


 イーナが言っている意味、俺はまだいまいち理解は出来ていなかったが、何にせよまずはイーナの協力は得られそうである。まずは第一関門突破である。まあ、とはいってもここまではさほど心配はしていなかったと言えばしていなかった、きっとイーナなら俺を信じてくれるに違いない、そう思っていたからである。そして、何よりも問題はここからであった。


「それで、協力と言っても、私は何をすれば良いの?」


 まさにそれが問題だ。イーナと一緒に行動すれば、再びあの魔法使いの連中にかぎつけられて、家にまで奴らが押しかけてくるだろう。そうなれば、メンティラによる被害は食い止められるかも知れないが、結局イーナが『業火の魔女』であるという事実は変えられない。まだ、何も良いアイディアは思いついてはいなかったが、『業火の魔女』の誤解を解く上で、俺が知らなければならない事実が一つ残されている。イーナが、どうして兵士キャンプにいたかと言う事だ。


「どうしてイーナが兵士キャンプにいたのか。そして、事件の時に、一体何が起こったのか。イーナ、その時に起こった真実を、俺に聞かせてくれないか!」


「……私があの場所にいた理由。それを話す前に、まずは一つだけ重要なことをあなたに話さないといけない。それを話したらあなたは失望してしまうかも知れない。それでもいい?」


 俺はイーナの言葉に力強く頷いた。今更、イーナが何を語ろうとも、俺は決してイーナの事を裏切ったりするつもりはない。イーナにとっては今あったばかりかも知れないが、俺はもうイーナとのやりとりを何度も繰り返して、イーナがどんな人間かは知っているつもりだった。


 優しくて、そして何処か可愛らしくて、そんな存在。ネルと同じくらいに俺にとっては大切な存在になっていたのだ。


「わかった。ルカ、あなたにとって、信じられない話が続くかも知れないけど、これは全て真実。まず、私は人間じゃない。人間の見た目をしているけど、れっきとしたモンスターなんだ。そして、15年前のあの戦争。ラナスティア大平原の戦いに、私はシーアン国の敵である連合軍側として参戦していたんだ」


 何となく想像はついていた。最初は可愛らしい少女だと思ってはいたが、あの圧倒的な力を前に、俺はイーナがただの人間ではないと言う事を確信していた。そのため、イーナがモンスターだというカミングアウトは、俺にとって特段驚くべき事実ではなかった。俺が気になったのはそれよりも後、イーナがラナスティア大平原の戦いに参戦していたと言うことである。


「おい、どういうことなんだ?ラナスティア大平原の戦いに参戦していたって?つまりは…… 俺の親父とイーナは戦っていたと言うことか?」


「あなたの父親が言っていた事が真実であるのならば…… あなたの父親、リオン・アレクサンドリアの最期を看取ったのは私なんだ」


 どんな事実でも受け入れる覚悟は持っていたが、流石にイーナの話に俺の頭の中も混乱していた。親父と戦ったのがイーナ?そして最期を看取ったのがイーナ?つまりは……


「……お前が俺の親父を殺したと言う事か?」


「ううん、それは違う。あなたの父親は、戦いの途中でシーアン国を裏切った。あなたの父親はシーアン国軍と最期まで勇敢に戦い、そして散っていった……」


 どんどんと頭が混乱に陥っていく。親父がシーアン国を裏切った? まさか…… いくらイーナの言っている事でも、俺は全く信じられなかった。シーアンのために、全てを捧げてきたあの父親が、シーアン国を裏切るなんて、俺には到底考えられないことであったからだ。


「ルカ、あなたの父親がシーアンを裏切った理由、それは、シーアンの先代の王、ワン王が死んだ事件が関わってくる。シーアン先代国王ワン王を殺めたのはあなたの父親。ラナスティア大平原の戦いが起きる少し前、ワン国王をはじめとする、シーアン政府に不満を持っていた内部勢力が、ワン政権に対するクーデターを試みた。新たに得られた魔法を後天的に獲得する技術によって、一気に魔法の力を取り入れた軍部達を前に、旧ワン政権の面々は打つ手がなかった。そして、王の下へとその凶刃が届きそうになった時、ワン国王はある決断をした」


 確かに、イーナの言っている話は、俺の知っているシーアンの歴史と同じであった。だが、ただ一つ、俺の父親がワン王を殺めた。その事実だけは俺が聞いていたシーアンの歴史とは異なるし、到底信じられるものではなかった。父親であるリオン・アレクサンドリアが率いていた弐番隊は、ワン王から最も信頼を寄せられていた部隊であり、クーデターの際も、最後まで抵抗したと言われる部隊であったからである。


「それで、ワン王の決断って何なんだ?どうして俺の親父が、ワン王を殺した?」


「ワン王の決断。それはあなたの父親、リオン・アレクサンドリアに自らを殺させることだった。もう逃れられないと悟ったワン王は、最も信頼している自らの部下に、シーアンの未来を託した。そして、あなたの父親はワン王を仕留めた功労者として、新たなシーアンの上層部に名を連ねた。全ては、軍部によってぐちゃぐちゃにされたシーアン国を立て直すために、そして自らが殺めたワン王のために……」


「……」


 俺は何も言わず、イーナの言葉をただ聞いていた。自らの最も尊敬する男を殺さなければならなかった親父の心中はどのようなものであったのか。想像すればするほどに、親父の苦しさが自分自身の苦しみのように伝わってくる。


「そして、ラナスティア大平原の戦いで、あなたの父親は祖国シーアン国に刃を向けた。王を追い詰め、すっかり力に溺れたシーアン国を立て直そうと言う覚悟で、彼は祖国を裏切る決断をした。だけど、流石にそこまでは上手く行かなかった。あの戦いであなたの父親は深手を負い、そのまま帰らぬ人になった」


 だんだんとイーナの言葉が俺の頭の中で消化されていく。親父はシーアンのために最後まで自分の信じるままに生きたのだ。形としては確かにシーアンを裏切ったのかも知れないが、結局親父は最後までシーアンに最も忠誠を誓った男であったのだろう。


「……なあ、イーナ。イーナは親父の最期を看取ったんだろ?親父は…… 親父は最期になんて言っていたんだ?」


「あなたの父親の最期の言葉は……『俺の息子、ルカ・アレクサンドリアを頼む』 そして、もう一つが、『俺の生まれ育ったローナン地方で眠りたい。静かなローナン大森林の中でゆっくりと眠りたい』 その二つだった。戦争が終わった後に、私達は、リオンさんの亡骸を、その言葉通りにローナン大森林の中に運び、墓を建てた」


 まさか、あの厳しい親父が最期にそんなことを言っていたなんて…… こみ上げてくる気持ちを俺は必死でこらえようとしたが、それも敵わなかったようで、目から大粒の涙が零れてきてしまった。そんな俺の様子をイーナは、優しく何処か儚げな表情を浮かべたまま、黙って見守ってくれていた。


「すまない、親父が…… ありがとう、イーナ」


 正直、俺は本当に親父のことを覚えていない。今となっては、顔すらもぼんやりとしか思い出せないほどに、親父の記憶は少ない。だけど、イーナの話を聞いて、俺はリオン・アレクサンドリアの息子で本当に良かった、そう心から思った。誰よりも尊敬の出来る、最高に格好いい男であったのだから。


そして、そんな親父の生き様を俺に教えてくれた、そして最期までその人生を見届けてくれたイーナには感謝の気持ちしかなかった。それ以外に俺はイーナに返す言葉が見つからなかった。


 イーナは、優しい声色のまま、俺を気遣ってくれていた。


「ううん。大丈夫。続けても大丈夫?」


「ああ……」


「私が今ローナン地方に来ている理由、それはルカ・アレクサンドリア、あなたを探すこと。そして、リオンに託された思いを私が叶えること。それでも、私だって自分たちの国の事もある。結局向こうのことが片付いて、ある程度時間が出来るようになるまでに、こんなに時間がたってしまったけど……」


「……うん」


「そして、ローナン地方に来ていた私は、まず、リオンさんが眠っているローナン大森林に向かった。彼に祈りを捧げるために。そして、その帰り、ふと寄った村で私は異常に気がついた。普段定期的に来るという見回りの兵士達が来ないという村人の言葉に、私は兵士キャンプの様子を見に行くという提案をしたんだ」


「……うん」


「私がたどり着いたとき、兵士キャンプはすでに壊滅状態だった。皆、すでに動かなくなっていて、共通していたのは、胸に深い刺し傷があったと言う事。その時、私は人の気配を感じた。もしかしたらまだ誰か生存者がいるのかもしれない。そう思った私は、気配のした方へと向かった。そこで待っていたのは……」


「メンティラ……」


間違いない。俺はそう確信していた。全てはあの男の犯行であると。イーナもその男の名前こそわからなかったが、きっと俺の思い浮かべている人物と同じであるとおもっているようだった。


「私を見つけた男は、逃げる事無く私を襲おうとしてきた。私も魔法で奴に対抗したけど、結果として奴を捕まえることは出来ずに、取り逃すハメになってしまった。その結果が今の状況だよ」


 そう結局は、全ての因果はあの男を中心に回っているのである。俺を苦しめている原因、そしてイーナを苦しめている原因、そしてシーアンを陥れようとしている原因も全てはあの男、メンティラにある。


「全てはあの男……メンティラのせいで……俺もイーナも…… イーナ!一緒に終わらそう!2人で、奴を捕まえて……イーナの誤解を解こう!」


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