第1話 地獄の幕開け
「気に入ったぞ!おぬし、わらわの夫となり、このシーアン国の王となるがいい!」
突然の姫の言葉に、俺ルカ・アレクサンドリアは言葉を失ってしまった。姫の横にいた大臣、ニコラウス大臣も突然の姫の言葉に目をぱちくりとさせ、驚きを隠せないような様子であった。ニコラウスは、やっと姫の言葉の意味を理解したのか、慌てた表情のまま、姫を窘める。
「なりません!姫様!いくら姫様の決定とは言えど…… シーアンの王にはもっとふさわしいものがおります!どうしてよりによって、アレクサンドリア家の……」
大臣の反応も当然だ。何よりも信じられないのは俺自身であった。俺の家、アレクサンドリア家は、確かにシーアンの名家の一つではあるものの、言ってみれば過去の栄光。今や大臣だけではなく、シーアン国民からも『堕ちた名家』とさえ呼ばれているような、没落した家であったのだ。そして、もう一つ、この魔法が一般的になった世界で、俺は、不幸にも魔法が使えない男であった。家柄も良いわけではなければ、強力な魔法が使えるというわけでもないのに、一体何故姫はそんな事を口にしたのか。俺には全く理解が追いついていなかったのだ。
「うるさい大臣!わらわはこのシーアンの正統な王位継承者のはずじゃ……わらわの決定は国の決定。それはおぬしもよくわかっているじゃろう!」
「しかし……」
引き下がる大臣。当の本人である俺は未だ状況を読み込めず、まさに蚊帳の外という言葉通りであった。
「いや、ちょっと待ってください!」
姫の前で失礼なことは承知の上であったが、思わず、俺は声を荒げて姫に言葉を返してしまった。すると、姫は少し不機嫌そうにむくれながら口を開いた。
「何じゃ、おぬしはわらわの夫になるのは嫌と申すか?」
「嫌とかそう言う意味ではなくて……いえ、むしろ身に余る光栄です。ただ……そもそも、私が姫様とこうしてお話をさせて頂いたのも初めてのことです!それをいきなり夫だなんて……!」
そう、何を隠そう、俺ルカ・アレクサンドリアと、シーアン国の姫、ディーナ・エスメラルダ姫が直接会話を交わした機会というのが、これが初めてだったのである。
元々、ディーナ姫のことは、何回も姿は拝見したことはあった。とは言っても、俺が見てきたディーナ姫は、皆の前に立つ姫としての姿であり、まさしくシーアンの象徴としてのディーナ姫である。直接一対一で話をしたことなど一度も無い。当然、ディーナ姫が俺のことなど認知しているはずがなかったはずである。俺は言ってしまえば、弱小の家柄であり、王宮に呼ばれることがあっても、立ち位置は常に隅っこの方。姫にとっての俺、ルカ・アレクサンドリアは、名家の出身の男とは言えど、ただの国民の1人と言っても過言ではなかったのだ。
じゃあ、なぜそんな俺が、ディーナ姫と話すことになったのか。それには、シーアンの闇の時代とも言えるような過去が関わってくることになる。
今からおよそ15年前、他国との戦争に敗れ、シーアン国は王を失った。
無くなった先代の王には1人の娘がいた。それが、今目の前にいるディーナ姫である。先代の王は、子供がいないとされていたが、王が死んだ後になって、妻の1人に王の血を引き継いだ娘がいるという事実がわかったのだ。その知らせに、大臣はおろか国民も喜び、ディーナ姫は一躍、シーアンの時の人となった。
シーアン全土から注目を集めたディーナ姫ではあったが、大臣達はすぐに次の問題に直面することになる。次の王をどうするかという問題である。シーアンの王家、エスメラルダ家には、何故か女子がいない。そのため、シーアンの国王に女性がついたという記録がなかったのだ。
シーアン初ともなる女王の誕生がまことしやかに囁かれ、国の中枢部では度重なる議論が続いたが、結果として、王の血を引きついでいるのにも関わらず、ディーナ姫が王の座につくことは認められなかった。そして、ディーナ姫が15歳を迎えた今年、ディーナ姫の夫となるにふさわしい男、つまり新たな王を決める為の儀式が執り行われることが決定したのだ。
果たして姫の胸中はいかばかりか、俺にはとても察することは出来ない。こんな形で、自らの伴侶となる男を決めることになるとは、王家の血というのはある意味では呪われた血と言えるかも知れない。ただ、それでも、俺達にとってはまたとないチャンスであった。ディーナ姫には申し訳ないが、今回の儀式は、王家でない人間にとって、次の世代の王になるという千載一遇のチャンスなのである。
だが、新しい王といっても、誰でも彼でもチャンスがあるというわけではない。シーアンの王を継ぐ者は、それなりの家柄である必要があるという大臣の言葉により、姫の結婚相手の対象は、シーアンの中でも名家とされるいくつかの家の男子へと絞られたというわけだ。
幸運と言って良いのかどうかはわからないが、我が一族、アレクサンドリア家は、かつて、シーアン国で隆盛を極めた。そう、他の名家と呼ばれる者達より遙かに長い歴史がある家である。それは、ディーナ姫をはじめとする王家、エスメラルダ家がシーアンの王座に就く前の時代にまで遡るのだ。
とは言っても、俺の家であるアレクサンドリア家は国民や領民からも『堕ちた名家』と言われてしまうくらいに衰退していてしまっていた。俺の父親であるリオン・アレクサンドリアはすでにこの世を去っており、残されたアレクサンドリア家の血筋は俺ただ1人であり、まさにお家取り壊し寸前も寸前といった状況である。そういった背景もあり、まさか、俺にまで姫の婚約者としての話が回ってくることになるとは、夢にも思っていなかった。
「姫様、それにしても、やはりアレクサンドリアというのは……」
「なんでじゃ!良いではないか!ルカは、父上であるワン国王の最も信頼していたリオン・アレクサンドリアの息子でもあるのじゃろ?わらわは結婚するのであれば、ルカが良いのじゃ!」
俺の親父リオン・アレクサンドリアはかつての国王であるワン国王、つまりディーナ姫の父親に最も信頼を寄せられていた男であった。正直、親父との思い出というのは俺もそんなに覚えていない。15年前の戦争で、親父は死んだのだ。俺がまだ物心がついた頃のことである。
親父は、すでに没落したと言われていたアレクサンドリア家にいながら、シーアン国軍弐番隊隊長までのし上がった努力の男である。先代国王の信頼を勝ち取り、異例とも言えるような昇進を重ね、父の活躍によって、一時はアレクサンドリア家はかつての栄光を取り戻しつつあった。だが、15年前の戦争、ラナスティア大平原の戦いと呼ばれる戦いに親父は弐番隊を率いて参戦し、親父の部隊は壊滅。結果としてシーアン国の敗北を招いたのである。最大の味方である先代の国王を失い、敗戦の責任を被せられたアレクサンドリア家は再び凋落の一途をたどった。
そんな事情もあり、そもそも姫と直接お会いして話をするという、言ってみれば王の選抜候補に俺が選ばれたと言う事だけでも驚きであった。それが、まさかの姫と出会って間もなく、開口一番に夫になれと言われることになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
「姫様、やはりこのニコラウス、いくら姫様の頼みとは言えど、それを聞くわけにはいきません!仮に私は良いとしても、他の大臣や、名家の者達から大変な反発を食らうことは目に見えております!一体どう説明されるおつもりで!」
大臣の言葉になにも言い返せないというのは少し悔しいが、正直俺も大臣の言っていることの方が正しい、そう思っていた。
「くだらん!他の大臣のことなど知ったことか!わらわの夫じゃぞ!わらわの好きに選んで何が悪い!」
反発するディーナ姫。一体全体、あったばかりでさほど俺のことも知らないというのに、どこがそんなに気に入ってもらえたのだろうか。悪い気こそしなかったが、むしろ不思議であるという気持ちの方が、俺の中では上回っていた。
「何を言われようと、私も折れるわけにはいきません。良いですか姫様。姫様はシーアンを背負っている身であるのですぞ!」
「いやじゃ!いやじゃ!」
だだっ子のように振る舞う姫に、俺は思わず笑みを浮かべてしまいそうになった。遠くから姿を見ていたときには、まさか姫がこんな駄々をこねるようにはとても見えなかったからだ。常に口を開くことはなく、美しいドレスに身を包まれていたディーナ姫の姿は、美しくもありながら、何処か非生命的というか、言ってしまえば大臣達に操り人形に過ぎないような存在だと俺は思い込んでいた。だが、目の前で駄々をこねる姫は、まさに15歳の少女らしさを前面に出しており、姫の人間らしい一面を存分に出しているように感じた。
しかし、流石にこんな状況でわざとではないとは言え笑ったのはまずかったようだ。ニコラウス大臣が鋭い眼光で、俺をにらんできた。今は俺が口を挟むような状況では無さそうだ。
「姫がルカ殿のどこをそんなに気に入られたのか、私にはわかりませんが、姫には姫の立場という者があります!正直、ルカ殿に失礼を承知で申し上げますが、ルカ殿と、エスメラルダ家の姫様では、釣り合わないのです!ルカ殿には取り立てて大きな実績も無いし、何よりもルカ殿は魔法が使えない!これは非情にゆゆしき問題なのです!現在魔法を皆が使いこなせる世の中で、魔法も使えない王というのであれば、国民にどう顔向けするおつもりですか!」
先ほどから大臣の言葉は俺の心を抉るように突き刺さってくる。だが、それも全て真実である以上、受け入れざるをいけない現実であるのだ。
そう、大臣の言葉通り、俺は魔法が使えない。そして、それは皆が普通に魔法を使いこなすようになった今の世の中において、大きなハンデとなる事実である。
15年ほど前、ちょうど親父が亡くなったラナスティア大平原の戦いの辺りから、シーアン国内において魔法に関するテクノロジーが急速に進歩を遂げた。
魔鉱石と呼ばれる石を用いた魔法発現技術。つまりは、今まで魔法が使えなかった者でも、後天的に魔法の力を得ることが出来るというものである。
ここ数年の間に急速に発達したその技術は、人々の暮らしに革命をもたらした。人々が普通に魔法を使いこなす時代。そして、そうなれば、なによりも体裁を気にする大臣達が考えつく事は非常にわかりやすい。
『新たな王になるにふさわしいものは、より強力な魔法を使いこなす必要がある』
20歳を迎えた年、ちょうど今年のことである。俺も魔鉱石を用いた魔法発現の儀が執り行われた。一体どんな魔法が使えるようになるのか。ルカ自身も正直少しわくわくしていた。もし、強力な魔法が発現すれば、それだけアレクサンドリア家の地位も向上するかも知れない。そんな神頼みとも言えるような希望に俺は縋っていたのだ。
だが、現実というものは得てして非情なものである。
他の儀式に挑んだ同期達が次々と強力な魔法に目覚めていく中、俺は特別魔法を使えると言った事は無かったのだ。その瞬間、俺の中でのアレクサンドリア家復興の夢も一気に崩れ落ちていった。ただでさえ弱小とも言えるようなアレクサンドリア家の跡継ぎが、ましてや魔法も使えないとわかった時には、世間からの目はより一層冷たい視線へと変わったのだ。多かれ少なかれ何らかの魔法が使えるようになるだろう、そう思い込んでいた俺へのダメージは非常に大きいものであった。
家柄も良いわけではなければ、特別魔法の力に優れているというわけでもない。そうなれば、姫のお相手として、ふさわしいなど到底言えるはずがなかったのである。
「ふーん…… 大臣よ、先ほどの言葉を聞くに、ルカに実績があれば良いのじゃな……?魔法が使えないと言うハンデを乗り超えるほどの実績が」
だが、そんな俺の事情など知ったことかと言わんばかりに、ニヤニヤと笑みを浮かべながら大臣に言葉を返すディーナ姫。なにやら俺の知らないところでだんだんと話が進んでいるようだ。
「ルカ!」
ディーナ姫は、突然に俺へと話を振ってきた。思わず、背筋を伸ばしながら、俺はディーナ姫に言葉を返した。
「今度はなんですか?ディーナ姫」
「おぬし、厄災については知っておるな?」
厄災。俺だけとは言わず、シーアン国内ではその名は誰もが知っているだろう。巨大な恐ろしい肉食獣であったり、はたまたドラゴンのような姿であったり、妖艶の女の姿であったりと、様々な形態が報告されているが、共通しているのは、天変地異のごとく、甚大な被害をもたらすと言われている存在であると言うことである。
太古の時代より、災厄と呼ばれる存在によって、シーアンは幾度となく危機に陥ってきた。例えば、古代の王朝で次から次へと王が原因不明の死を遂げた原因とされる死を司る邪神スクナや、国を一気に崩壊寸前へと追いこんだ大地震を起こしたと言われる幻獣マガツといったような存在。正直、伝説に尾ひれがついたというか、多かれ少なかれ話の誇張はあるだろうが、それでもそんなでたらめな力を持った奴らが災厄と呼ばれる存在というわけである。
「姫様、まさか……?」
驚いた様子で大臣が呟く。一体厄災がどうしたというのだろうか?俺は未だ姫の意図するところを読めないままでいた。すると、姫は笑みを浮かべながら、俺に向かって説明を始めたのだ。
「おぬしの生まれ故郷であるローナン地方。その大半を占めるローナン大森林はモンスター達の巣窟であるのは、ルカ、おぬしも知っているであろう。つい先日のことだ。ローナン大森林近くの兵士キャンプが壊滅した。生き残った兵士によると、この世のモノとは思えないほどの強大な力を持った、女の姿をしていたらしい。そこで、わらわ達は、今回の相手を『業火の魔女』と名付け、厄災として認定する決断をしたのじゃ!幸運にも、まだそれ以外の被害の報告はないが、たとえ、人里離れた地とは言え、いつ市街地へ近づいてくるかわからない以上、シーアン国としても放置しておく訳にはいかないというわけでな」
姫の話を聞いて、まさかとは思ったが、一応確認をしてみる。
「それで……その厄災を……」「
「ここまで言えばわかるじゃろうルカよ。おぬしが厄災を打ち破れば、国民や、他の大臣達からの信頼も得られるじゃろう。これ以上無いうってつけの任務だと思うがのう……」
確かに、姫の言うとおり、俺が厄災『業火の魔女』とやらを打ち破れば、それは何よりの実績となるだろう。だが、姫の提案したプランには、重要なことが抜けているのだ。そもそも、そんな厄災を相手に、魔法を使えない俺が対抗できるかどうかという話である。
「……そうじゃな、流石に厄災を倒したとなれば、ルカ・アレクサンドリア。おぬしを認めざるを得ないことは確かである!」
先ほどまで混乱の一途をたどっていた大臣は、すっかり冷静を取り戻し、笑みを隠しきれないような様子で、そう口にした。演技も見え見えである。どうせ、魔法の使えない俺に厄災を倒せるはずがない。厄災に挑んで俺が死ねば、都合良く邪魔者を始末できてラッキー。そう思っているのが丸わかりであった。
「いや、待ってください!相手はあの厄災でしょう?魔法の使えない私が敵うはずが……」
そう言葉を出しかけた途端、俺は首元に涼しい感覚を感じた。まるで命を握られているような、そんな感覚。先ほどまでのだだっ子のような姫とは全く異なり、全身から威圧感を放っていた姫の姿に、俺は獰猛な肉食獣ににらまれてしまったかのような感覚に陥っていた。そして、ディーナ姫は妖しい笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「……わかっておろうなルカよ。やるじゃろう?」
俺は無意識のうちに首を縦に振ってしまっていた。その瞬間に、先ほどまで俺を押しつぶすように発せられていた姫のオーラは何処かへと消え、再び俺の目の前には15歳の少女が戻ってきた。
「よし、話は決まりじゃ!ルカ、そうと決まればすぐに行動開始じゃ!良い報告を楽しみにしておるぞ!わらわのために頑張るのじゃ!」
そして、すっかり元気を取り戻した大臣は、姫の言葉に付け加えるように、俺へと話しかけてきた。
「もし、姫の頼みを無下にするようなことがあれば……わかっておるな?ルカ・アレクサンドリアよ。わしの部下の魔法使い達が常におぬしを見張っていることを忘れるでないぞ……」
進むも地獄。逃げるも地獄。これではどちらが厄災であるかわからない。それでも、俺は生き残る為に、そして、アレクサンドリア家の為に、厄災『業火の魔女』に立ち向かう他はなかったのだ。
文字通り、俺の『地獄』はこうして幕を開けた。