3.アリュビオンとドウルバトル
「さて、ナギサ君。それでは早速行ってみませんか。私達ドウルとマスターの生活の場、ANOの世界アリュビオンに」
「アリュビオン……」
ついに来た。自分たちが降り立つことになる世界の名前だ。ようやくその名が出てきた。
ナギサはコクリと頷く。
「うん、行こう。……で、どうすればそこに行けるんだ?」
「デバイスを操作して領域を移動させてください。ここをタップして、次はこっちを――」
言われるがままそうやって操作すると、ナギサの視界がまた光に包まれた。
今日は目がチカチカする一日だ。
◆
「うおっ!?な……なんだここ!?」
目を開けるとそこは先ほどまで自分がいた白い空間でも、自室でも無かった。それどころか頭上には雲一つない青空が広がり、薫る風が髪を揺らした。
足元は綺麗に舗装された石畳。周囲には中世を思わせるようなレンガ造りの建物から、近代的なビルの様な建物までが建ち並んだ、どこかチグハグながらも調和が取れているような街並み――。
簡単に言い表すならば、『異世界』としか思えないような風景が視界いっぱいに広がっていたのである。
更に周囲には人々。彼らのうち何人かは、西洋風の鎧を纏った騎士であったり、茶色いローブを纏った魔術師のような女性であったり、鋼鉄の身体を持ったサイボーグのような人型の存在と連れ添って歩いていた。
ナギサはそれらがソウハと同じ存在、“ドウル”であると理解した。
「おお、凄い……。ははっ、異世界に来たって感じだ……!」
『――――』
あまりに日常とかけ離れた光景に興奮を隠せないナギサの腰から何か音が鳴った。
見ると腰にホルダーが装着されており、その中には先ほどソウハから渡されたアクロスデバイスが収まっていた。
何かの通知だろうか?
そういえばさっきまで目の前にいたソウハの姿が無い。どこへ行ってしまったのだろうかと思いながらホルダーからデバイスを取り出して手元のそれを確認する。
『アリュビオンへようこそ、ナギサ君』
「うわっ、なんでそんなところに?」
スクリーン画面にソウハの上半身が映し出されていた。さっき聞こえていた何かの音は彼女の声だったのだろう。
『私たちドウルはデバイスの中と外を行き来できるのです。今そっちに出ますね』
するとデバイスの画面がパッと光り、目の前にソウハが現れた。
ソウハはナギサを見ると「どうも」と言いながらペコリと頭を下げる。あ、どうも。とナギサも軽くお辞儀。
「で、ここから何をすれば?」
「まずはあそこに行ってみませんか」
ソウハが街の中のとある建物を指さす。それはまるで巨大なスタジアムのようだった。見ると多くの人々はその建物を目指して歩いている。
「あの“ターミナル”と呼ばれる場所がアリュビオンの中心地です。モンスターと戦ったり、採取や採掘を行うための“ミッション”の受領やドウル同士のバトルの大会の開催など様々なことが出来ます。まずは初心者用のミッションで、バトルの戦い方の確認をするというのはどうでしょう?
歩かなくてもアクロスデバイスの領域移動機能で直接入り口まで行けますけど、どうします?」
「うーん、初めてこの世界に降り立ったんだから、歩いていきたいかな」
「分かりました。では行きましょう。ごーごー」
そう言ってターミナルを目指して歩く。
巨大な建造物に続く街並みの中を歩きながら、ナギサの気分は非常に興奮していた。
大地を踏みしめた自分の足に伝わる感触、心地よい風、それによって揺れる木々の葉。
全てが現実とそっくりだ。そうか、仮想現実もここまで来たか……!と改めて感動する。
そうこうしている内にターミナルへと到達した。中央部分の巨大な入り口をくぐり、中へと入る。
真っ先に見えたのはロビーのような場所だ。ナギサはどうすれば良いか分からず、とりあえず多くの人々が集まっている場所へと足を進める。
ロビーの中央には無数のスクリーンが浮かんでおり、その映像の中では数多くの武器を持った人間達……いや、ドウルが戦っていた。
ロビーにいる人々やそれに付き添うドウルの何人かは目の前で繰り広げられている戦いを真剣な眼差しで、そして更に何人かは談笑しながら観戦していた。
「これは……」
「これはですね」
と、説明をしようとしたソウハの声が遮られ、知らない少女の声が聞こえた。
「お兄さん、初めての人?」
声の主は自分よりも小さい少女だった。
高校生くらいだろうか?緑の上着を羽織り、明るめの黒い髪を肩より少し下の方まで垂らしている。丸く開かれた目が可愛らしい子だな、という印象をナギサは抱いた。
「ああ、今日ダイブしたばかりなんだ。君は?」
「あたし?ミナミって名前でやってる。今行われてるこれはスタジアムで開催されてるドウルバトルだよ。2チームに分かれて戦う団体戦で、5対5の試合をやってるね」
ミナミと名乗った少女によると、これは複数のプレイヤーがランダムで2チームに分けられて戦い合うというルールだという。スタジアムとはターミナル内に存在する施設で、このような大人数でのバトルやイベント会場に使われるらしい。
互いのチームの実力差はあまり開かないようゲーム側が調整してくれるため、腕に自信が無いプレイヤーでも安心。更に沢山のドウルが見られるので観客からも人気のバトルだそうだ。
10人のドウルが広いフィールドの中を駆け巡り、手に持った武器を振るう。
戦いの様子は様々な角度から、宙に浮かぶ何枚かのスクリーンにも映し出されており、ナギサ達が立っている側からよく見えるスクリーンにはフードが付いた緑のローブを身に纏った弓使いと、青銅の鎧を着た赤髪の騎士が激しい攻防を繰り広げていた。
攻防、といっても騎士は弓使いの放つ矢を左腕に装備された大型の盾で防ぐばかりで一向に攻撃出来ていないのだが。
『行くよロビン!”アロー・スコール”!』
ロビンと呼ばれた弓使いの方から女性の声が響く。
彼とリンクしている状態にあるプレイヤーの物だ。構えた弓から一本の矢が放たれたかと思うと、それは何十本もの光の矢となって広範囲に降り注ぐ。
「マジかよ!?こっちにも飛んでくるぞ!?」
「ちょっと!こっちは味方よ!?」
少し離れていたところで戦っていた男の剣士型ドウルと女の格闘士ドウルが驚愕の声を上げる。敵も味方もお構いなしだ。近くにいたお前が悪い、といったところだろうか。
そして対する赤髪の騎士はどこか余裕の笑みを浮かべた。
「このままじゃ他の味方も危ないな。アレ頼んだ!」
『分かってる。”アイアース・シールド” !』
騎士の傍からスキルの発動を告げるであろう合図が聞こえた。
その瞬間、騎士の左腕に装着されてあるひし形の盾が光を放ち、大きく展開する。そして無差別に放たれた光の矢は全て収束し、盾を構えた騎士への方へと向かい一直線に飛んでいく。
『こっちの攻撃を全部受け止める気!?』
「だが、アレだけの攻撃を全て喰らえばひとたまりも無いだろう!」
そしてその攻撃の衝撃でフィールドに土煙が舞う。先ほどのスキルはおそらく攻撃を自身に誘導させるものだろう。
味方を守るために自分を犠牲にするとは……と、緑の弓使いとそのプレイヤーは騎士の敗北を確信した。
しかし。
「――生きてるんだなぁ!」
「何ッ――!」
土煙を払いのけるようにして現れた先ほどの騎士がロビンへと向かって走っていった。あれだけの攻撃を一身で受けたにも関わらずダメージは少ないようだ。
完全に油断していたロビンは騎士の持つ大振りの剣の一撃をモロに喰らうこととなった。
『流石、ナイトは格が違った……!ニンジャなんかとは違うんだよなぁ!』
騎士とリンクしているプレイヤー――声の感じからして恐らく女性――が、ボソボソと笑いながら何か呟いたが、スクリーン越しに試合を見ているナギサ達には何を言ってるのか全く聞き取れなかった。
「凄い」
ナギサの口からそんな言葉が漏れた。
現実離れした外見のキャラクター達が様々なスキルを駆使して、一体となったプレイヤーと力を合わせながら戦っている。
――これがドウル同士のバトル。なんて華やかでカッコいいんだ。きっと、僕と彼女もあんな風に……。
チラリ、とソウハへ視線を向ける。
ソウハはナギサの視線が意味するものに気付いたのか、「見るだけじゃなくてやる方もきっと楽しいですよ」と口にした。
(勝負事ってあんまり好きじゃないけど、けど……)
――カッコいいなぁ。
もう一度、頭の中でそう思った。
◆
それからしばらくして、5対5のチーム戦は赤髪騎士がいたチームが相手チームを全滅させたことで勝利した。最後まで残った騎士と魔法少女のような衣装を身に纏った桃色の髪の少女はお互いを称え合うように握手を交わす。
ドウル達によるバトルを目を輝かせながら見ていたナギサの横で、ミナミが「おっ!」と興奮した面持ちで声を上げる。
「やった!Aチームに賭けてたからコインゲット!」
「賭け?」
「ああ。どっちが勝つか試合前に賭けが出来るんだ。アタシはさっき勝利したAチームが勝つ方に賭けてたから、コインが手に入ったってわけ」
ニッコリと笑いながら自身のデバイスをナギサに見せるミナミ。そこには『アクロコイン+500』の表示が。自分は試合の途中から見ていただけだから参加出来なかったなぁ、とちょっとだけガッカリ。
――それにしてもやっぱりこういう現実離れしたバトルを見ると気分が高揚するなぁ……!自分、いや、自分達もあんな風に戦いたい!
ナギサは初めてのアリュビオンでのバトルを見たせいか、かなりの興奮状態にあった。そんな心の状態が顔に出ていたのか、ミナミが一声かける。
「良かったらお兄さん、アタシと一戦しない?こっちも先週当選したばっかりだからほぼ初心者だし」
「え?いいの?……お手柔らかに頼むよ」
その隣でソウハも、「マスターがよろしいならやりましょう」と了承の意を述べる。その時だった。
「あの、ちょっといいかな?」
ふと、ナギサの背後で声がした。
振り返るとそこには黒いジャケットを着た青年が立っていた。自分と同年代くらいだろうか、背格好も似ている。髪の毛は若干ボサボサでチャラそうな印象を受けたが、その顔と声色はどちらかというと好青年といった感じだ。
「なんですか?」
「さっきちょっとだけ話が聞こえたんだけど……、君、今日登録したばかりのプレイヤーかい?」
「ええ、まあ、そうですけど」
「そうなんだ。自分も今日始めたばかりの初心者なんだけど、よかったら一戦どうかな?」
「えっ、でも……」
チラリ、と隣の少女を見る。先に対戦の約束をしていたのは彼女の方なのだが。
ミナミは別に気にしてない、といった様子で胸の前で手を振る。
「今回はそっちのお兄さんに譲るよ。また会おうね、えっと……」
そういえば自分の方は名乗ってなかったことを思い出す。
「ナギサだよ。それで、こっちのドウルはソウハ」
「そっか、じゃあまた会えたらよろしくね!ナギサさん、ソウハちゃん!」
そう言ってミナミは手を振り、駆け出して行った。
その様子を見て青年は申し訳なさそうに頭を掻く。
「なんだかごめんね。……それじゃあ対戦依頼を送るよ」
ナギサの目の前に「モトカズからの対戦依頼があります」と書かれた画面が表示される。なるほど、目の前の人はモトカズというプレイヤーネームなのか。
先ほどのミナミという少女もそうだが、自分の下の名前をプレイヤーネームに登録している人が多いのだろうか?まあ自分も”ナギサ”という本名と同じ名前でプレイしているのだが。
そしてその下に「YES」と「NO」の表示。その下に更に文字列が並んでいたので読もうとしたが、
「YESを押してもらえるかな?」というモトカズの言葉を聞いて咄嗟に「YES」を押した。
ちなみにその文章とはこうである。――アンティルール。
初めてのバトルだ。現実世界で見知らぬ人と殴り合い、蹴り合いをするのは好きじゃないが(そもそもやったことない)、ソウハと共に武器や魔法を駆使して戦うというのはやっぱり楽しみだ。
自分達は先ほどスタジアムで戦っていた彼らのようにちゃんと戦えるだろうか……。
そう思いながらバトルフィールドに転移するナギサが聞いたのは、下種のような笑い声の混じったモトカズの声だった。
――カードいっただきぃ!