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19. 《ファイルエラー:データが失われた可能性があります》 奴らの名前はナギサとソウハ

「それっ」



 ソウハが投げた野球ボールが空を飛んだ。華奢な体つきの女の子とはいえ、流石はドウル。成人男性にも劣らないレベルの速さの球だ。


 自分に向かって飛んできたボールをナギサは「おっと」とややよろめきながらキャッチする。ミット越しの手にじぃんと若干の痺れが走る。ナギサは自分の体力の無さと身体の使い方の下手っぷりを仮想現実でも痛感することになった。



 ここはアリュビオン内の公園広場。辺りではプレイヤーが休んだり、ドウルや他のプレイヤー仲間と談笑したり、ナギサと同じく、ドウルと軽い運動で遊んだりしている。

 更に運動用具の貸し出しも行っており、ナギサは「バトル以外で身体を動かすのもいいもんだよ」とソウハを誘ってグローブと野球ボールを借りてキャッチボールをすることにした。



「じゃあこっちもいくよー」



 それ!と一声かけてからソウハに向けてボールを投げる。

 そこそこ力を入れて投げたはずだったが、ボールはひょろひょろと不安になるような動きで、しかも真っ直ぐではなくやや斜め左の方へと飛んで行った。


 ソウハは小走りでスローボールの方へと向かい、何のこと無くボールをキャッチしてみせた。



「あんまり上手くないですね。ナギサ君の運動神経がそんなに良くないことは読み取った記憶から知っていましたが」


「それは言わないでよー!」


「ふふっ。じゃ、いきますよー」



 ボールをキャッチしたソウハが笑いながら意地悪っぽく言って、ボールを放った。

 仮想空間の空に白球が舞う。






  ◆






「私のパーソナルエリアにようこそ、ナギサ君。お茶でも出してあげたいところですが、生憎この部屋には何も無いので持て成すものが何も無くて申し訳ありません」


「別にいいよ、おもてなしなんて。そういう仲じゃないだろう?」



 土曜日の昼下がり。ANOに一人ログインしたナギサはログイン時にも訪れていた白い部屋でソウハと向かい合うようにして座っていた。


 ここは”パーソナルエリア“と呼ばれる、アクロスデバイス内の空間。ドウルは外へと呼び出されていない時はここで生活している。この中にいれば空腹や疲労を感じることがなく、体力や気力も回復するのだという。

 デバイスの”領域移動機能”を使えばプレイヤーもこの空間に来ることが出来ると聞いたナギサは早速やってきた。


 周りには真っ白な壁。床も真っ白。ハッキリ言って、とても落ち着けるような雰囲気の場所ではない。

 ナギサがこの場に来た理由は一つ。普段……自分がログインしてない間はドウルがどこで何をしているか知りたかったからだ。


 ソウハとはそろそろ1週間程度の付き合いになるが、まだ若干の壁を感じずにはいられない。彼女が普段何をしているのか、食事以外に何が好きなのか、そもそもどういう性格をしているのか、ナギサはイマイチ把握していないのだった。それはなんだか寂しい気がした。


 それにフォーラムでも”プレイヤーとドウルは仲良くなっておいた方がいい。隠しパラメータの親愛度がステータスに関わってくる“というような書き込みがあった。ANOを楽しむためにも、バトルで勝つためにも、ここはしっかりと仲を深めておかなくてはなるまい。



「ソウハは外に出てない時って何してるの?」



 なるべくフランクな感じで、明るい声を出すよう心がけてナギサが口を開く。

 そうすれば向こうも明るく接してくれるはずだ。と思ったナギサだが、ソウハは普段と変わらない落ち着いた調子でこう答えた。



「特に何も」


「……何もしてないってことはないんじゃない?例えばほら――」



 と言いかけたところでナギサが気付く。


 ――そうだ、この部屋には何も無い。


 本当にただの”部屋”でしかないのだ、この空間は。

 テレビも無い。ラジオも無い。電話も無い。映画も無い。ドウルは彼女ただ一人。レーザーディスクは何者だ。



「僕だったらこんなとこ嫌だな……って、何かそういう曲があったような気がする……」


「?」



 何かわけのわからないことを言い始めたナギサに対して、ソウハが小首をかしげる。



「あー、ごめん。なんでもない。……けどやっぱり寂しいとこだよね、ここって。退屈だなーとか思わない?」



 ナギサの問いにまたソウハが「んー」と小首をかしげて考える。

 前にも思ったが時折彼女のとる仕草は幼さを感じる。見た目からは15~16歳くらいの少女の印象を受けるが、それよりも少しだけ年下の少女に見える時がナギサにはあった。



「考えたことがないです」



「……そういえば何か趣味は見つかった?言ってたよね、僕を通して楽しいことや面白いことを学んでいくって。どう?」


「んー…………」



 んー…………とソウハが今度は深く悩むように考える。

 そして5秒ほど経った後に口を開いた。



「まだ分かりません」


「…………よし!」



 ナギサが決意を固めたように立ち上がり、叫んだ。それに少し驚いたソウハが眉をピクリと動かす。


 楽しいこと、面白いこと、この少女にはまだ自分はちゃんと教えられていないようだ。


 それに先日兄と妹のような距離感のカエデとアーメス、シューマに相当懐いている様子のシャルディを見て、彼女達に比べると自分達はまだまだ仲良くなれてないなと感じた。それが少し寂しいと思ったのだ。


 だから、今日はソウハともっと仲良くなる、そう思ってナギサは今日一人でANOにログインしたのである。



「今から遊びに行こう!前にカラオケに行ったり、オシャレしたみたいにさ!ワチャワチャ楽しいことやろう!」


「……前みたいに、と言うとルーレットゲームでコインを全部使った時みたいな?」


「……その件に関しては本当にごめんって思ってる」



 ――この娘、やっぱり意外と根に持つタイプ?







「……はー!久しぶりに身体動かした―!生身の身体は全然動いてないけど」


「あれが”きゃっちぼうる”なんですね。また一つ人間の遊びを学びました」



 それから数分間キャッチボールに興じた2人。今はもうキャッチボールを終了し、広場の隅の方でお互いに缶ジュースを飲みながら休憩していた。

 ナギサは身体の節々に疲れによる痛みを感じ、肩や腿の辺りを揉みながら「ふぅ」と疲れた様子で息を吐いた。


 仮想空間で疲れや筋肉の痛みを感じるというのは不思議な物である。脳が疲れや痛みを認識して、その状態をアバターに反映させているのだろうか。現実世界に戻れば疲労感は消えるのだが。

 そんなナギサを見て、ソウハが両の手を閉じたり開いたりした。



「……何その動き?」


「疲れているなら揉んでさしあげましょうか?」


「えっ」



 疲れているのでお願いしたいところだが、自分よりも年下に見えるあどけない少女に身体をマッサージしてもらうというのは中々危なげな雰囲気を感じずにはいられない。周りが見たらどう思うだろう。


 ……とはいえ、相手は人間ではなく自分の記憶から産まれたドウル。それは周りの人から見ても分かるはずだ。同じプレイヤーとドウルしかANO内にはいないのだから。


 ――うん、そうだ。これも相棒との触れ合いの一つだ。決して”女の子にマッサージとか男子の憧れじゃん!“と内心テンション上がったりはしてないぞ。うん。



「じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようかな」



 そう言ってナギサはうつぶせの状態になる。芝生の柔らかさを身体全体で感じた。

 あ、この地面の感触いいかも。このまま寝ていたい気分だ。



「それでは失礼します」



 ソウハは着物の裾を少しだけめくり、ナギサの肩のあたりに手を当てる。柔らかい掌の感触がナギサの肩に走った。

 心地よい気分だ。いつも刀をカッコよく振るう彼女でも、やっぱり女の子なのだなと感じ――。



 ――ギュウウウウウウウウ!!



「――いってぇ!!」



 肩が粉砕するような痛みを感じ、ナギサの身体は陸に打ち上げられた魚のように大きく跳ねた。ソウハが慌てて手を放す。



「ご、ごめんなさい。強くやりすぎました?」


「つ、強すぎたかな……。あの、僕達人間の身体って君達ドウルみたく頑丈に出来てないからさ……。苦手だったら別にいいよ。気持ちだけ受け取っておくから」


「……いえ、リベンジさせてください。このまま辞めてしまえば私はマッサージに屈したことになります」


「マッサージに負ける……?」



 ナギサの肩をさすり、もう一度裾をまくってから再び肩に手を添える。

 もう少し弱めに……もう少し弱めに……と自分に言い聞かせるように呟きながら、ソウハは肩に指を押し込んだ。


 ……今度は何も感じない。肩を揉まれているというよりは軽くつつかれているくらいの感触だ。ナギサは頭だけを少しソウハに向けながら言った。



「今度は弱すぎるかな?もう少し強めでいいよ」


「……分かりました。もう少し強め……もう少し強め……。えいっ」




 ――グギュウウウウウ!!




「いってえええええええ!!」



 公園広場に18歳男子の高めの叫び声が響いた。

 周りのプレイヤーやドウルが何事かとナギサ達の方を見やる。そこには苦悶の顔を浮かべながら肩口を抑えて倒れるナギサの姿と、また両手を合わせて頭を下げるソウハの姿があった。



「もう一回、もう一回リベンジさせてください」


「……ハッキリ言わせてくれ…………。もういいよ……」



 今日のキャッチボールを通して分かったことがある。

 ソウハは負けず嫌いで、そしてちょっと……いや、結構不器用な女の子である。






  ◆






「いらっしゃ~い!また来てくれて嬉しいわ~!」


「ジュンがウザくてもう来ないかと思ってたわ。いらっしゃいませ」



 次にナギサ達が訪れた場所は、以前立ち寄った……というか連れ去られてきた、ブティック”リリィ・ローズ”だった。相変わらず胸元を若干開けたシャツを羽織ったお兄さんのジュンと、彼のドウルであるフランソワ……フランが笑顔で迎え入れる。


 今日のフランの格好は黒いナース姿だ。新しい服をジュンが作る度に着せ替えられているらしい。



「素敵な格好だね」



 なんとなくナギサがフランを褒める。お世辞ではない。素敵だ、と感じたことは事実だ。


 薄桃色の髪の毛とスラリとしたスタイルから陽絶な雰囲気を感じるフランの姿にその衣装は非常に似合っている。身体のラインが分かるほど少しピッチリした着こなしが、男性としてはエロティシズムを感じずにはいられない。



「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。……わたしはこれ、あんまり好きじゃないのだけど」



 フランは感謝の意を述べるが、その顔は特段嬉しそうというわけでもない。今日の衣装には何か思うことがあるようだ。ジュンの方を見やって言う。



「確かに黒色が好きだとは言ったけど、何もナース服まで黒に染めることはないでしょう。大体なんでナース服なのよ」


「えー、カッコいいじゃない?テーマはズバリ、白衣の天使ならぬ黒衣の天使!」


「知らないわよ。しかも妙にピッチリしてるし」


「貴女のスタイルの良さを引き立てるためよ。それで外に出て呼び込みをすればお客がバンバン寄ってくるに違いないわってさっきから言ってるのに、どうしても外に出たがらないのよ」


「当たり前でしょ。怪しい店だと勘違いされる」



 互いに口論を繰り広げるジュンとフランを見てナギサとソウハがクスリと笑う。ナギサよりも早い段階からこのゲームを開始しただけあって、ドウルとの仲の良さが深いことを感じさせるやり取りだ。片方のノリにもう片方が振り回され気味……というのはシューマとシャルディも似てるなとナギサは感じた。


 そんなナギサ達の笑い声にハッとなった2人はそこで会話をやめ、改めてナギサ達に向き直る。



「ごめんなさい。お客様の前で失礼だったわね」


「いえいえ、お気になさらず。僕らは気にしませんよ」


「で、今日は何しに来たの?今度は何か買うんでしょうね?別に遊びに来るだけでもわたし達は構わないけど」


「いえいえ、今日は何か買いますよ」


「あら嬉しい!」



 この前何も買わずに出ていったことを若干後ろめたく思っていたナギサ。次に来た時は何か買わねば……と思い、所持コインに余裕が出てきた今日改めて立ち寄ることにしたのである。



 これ全部一人で作ったのか……とナギサは陳列された衣類の数々を見る。衣服のサイズはゲームらしく調整が出来るので、商品は基本的に同一サイズの一種類しかない。それでもよくこんなに作ったものだ、と感心する。フリルの付いたドレス、ファンタジー感溢れるコート、ANOの混沌とした雰囲気に合わせたのか、様々な世界観を感じる衣服がズラリと並んでいた。


 ――途中で飽きたのか、白地のTシャツに文字が書かれただけの商品が並んでいるコーナーもあるが。目立つ位置に置かれた『働けば勝ち』というTシャツが真っ先に目に留まった。

 働くことの何に勝ち負けがあるのか学生のナギサとドウルであるソウハにはよく分からない。



「そうそう、この間ソウハちゃんを見たら和服もいいなって思ってね。まだ少ないけど着物も作ってみたの」


「おお。僕らの存在がジュンさんの創作意欲を刺激したわけですね」


「なんだか嬉しいですね」



 ジュンが指さす方向には数着の着物や甚平、時代劇の侍が着ているような和服が飾られていた。花や鳥の意匠を凝らしたスタンダードな着物や、



「しかしこの調子で商品が増えていくとお店が狭く感じるわね。コインが増えたらこの土地を売って広いとこに引っ越そうかしら」


「気の遠い話ね。大体、この店まだ全然儲かってないじゃない」


「それは言わないでよ」


「あれ、そうなんですか?」



 黒いライダースジャケットを手に取ったナギサがジュンに聞いた。

 あまり儲かってないとは意外だ。立地もターミナルからそう離れていない上に品揃えも良いのに。

 フランが困った顔で答える。



「単純に宣伝不足なのと、プレイヤーが経営している以上開店時間がバラバラだからってのもあるでしょうね。店番用のNPDでも雇えればいいのだけれど」


「へー、そんなのもいるんだ」


「あとは……ジュンがこの前貴方達を攫ってきたのと同じやり方で客寄せしようとするから避けられてる」


「ええー?興味ありそうな感じでお店を眺めてる人を招き入れてるだけよ。前みたいなことはしてないわ」


「昨日なんか無理矢理引っ張ってきてたじゃない!おとなしそうな男の子を!彼凄い困惑してたわよ!これ以上この調子で呼び込みしてたら確実に客来なくなるって!

知らないわよフォーラムに店の悪口書かれても!?」



 フォーラム、と聞いてナギサが口を開いた。



「そうだ、フォーラムでお店の宣伝ってしました?あそこってプレイヤーの情報収集の場だからお店のことを書けばいろんな人に見てもらえるかも」


「それならもうジュンがやってるわよ。そうよね?」



 確かにそのくらいのことなら誰でも思いつくか……とフランに言われてナギサは反省する。

 が、ジュンは「その手があったか!」と感動した様子で両手を叩いた。思いついていなかったらしい。



「ええー……、宣伝不足どころか宣伝自体全然やってなかったの?」


「お店の前で呼び込みをしてればそれでいいと思ってたわ……。不覚!」


「大丈夫かしらこの店主」


「えーっと……更に写真付きで書き込むってのはどうですか?

ジュンさんが作った服をフランちゃんが着て、その写真と合わせて店の情報を書くんですよ。人間だけじゃなくてドウルもオシャレ出来るってアピールになりますし」


「なるほど……その手があったわね。けどどうせなら人間の写真も欲しいわ。ワタシが映るのもいいけど、店主とそのドウルの写真だけじゃちょっと効果が薄いかしら……」



 と、ジュンが考えた後、バッとナギサとソウハの方を向く。

 そして言った。



「貴方達!今日だけでいいからリリィ・ローズ専属のモデルにならない!?会計安くするから!」









「いいわねー、すっごく素敵よー。ナギサ君はもうちょっと顎引いてみようかしらー?」



 アクロスデバイスをカメラのように構えたジュンがまるでカメラマンのように指示しながらナギサと隣に立つソウハをデバイス内蔵カメラの枠内に収める。

 ソウハは相変わらず落ち着いた表情で凛とした佇まいだが、ナギサの方は肩がプルプルと小刻みに震えていた。


 そもそも家族や学校の教師以外の人間に写真を撮られたことがあまりないので、どうしても緊張してしまう。


 それに今の格好も緊張に拍車をかけていた。「ワタシがこれ着ても似合わないから、貴方が着て宣伝してね」と言われた時に断ればよかった。どうしてあの時「えっ、えっ、ええーっ……。が、頑張ります」と言ってしまったのだ。まさか心の底ではこの格好を求めていたとでもいうのか。



「自信を持ってくださいナギサ君。とっても似合ってますよ」


「似合う似合わないの問題じゃなくてね……」



 大正時代の女学生のような格好をしたソウハがナギサを褒める。普段着物姿が似合っているだけあって女学生の格好も違和感なく様になっている。

 ジュンからもフランからも褒められたのでお世辞ではなく本当に似合っているのだろう。


 だがそんな問題じゃないのだ。


 なんで……なんで……。



「なんでまたセーラー服なんだ……!」


「あっ、動いちゃ駄目!今の恥じらう表情すっごく良かったのにー!」


「うーん、この店、本当に怪しいとこに見えるわね」



 黒衣の天使がボソリと呟いた。傍から見れば怪しげなコスプレ集会場である。


 そしてソウハはこの撮影会を通して学んだことがあった。

 ナギサは女の子の格好が似合う男の子である。







「この写真を載せて……送信!」



 店の宣伝用写真を撮り終えたジュンは、自分とフランが映った写真とナギサとソウハが映った写真の2枚をリリィ・ローズの情報に添えてフォーラムへと書き込んだ。

 セーラー服……セーラー服がネットに晒された……と下を向いて呟くナギサ。



「でも可愛かったですよ。ナギサ君の可愛らしい姿を皆に見てもらえるのがドウルとしても誇らしいです。これでANO界の人気者間違い無しですね。トップも夢じゃないですよ」


「こんな形でトップには立ちたくない……」



 これでお客さんが一杯くるといいわー♪とテンションを上げて小躍りするジュンを尻目にフランが「彼には悪いことしたわ」とナギサを心配そうに見ながら呟くのだった。


 ちなみにフランの服装は先日ナギサ達と出会った時と同じゴスロリのものに変わっていた。黒いナース服で映るのは「嫌だからこれで映るの!絶対R-18の怪しい店だと勘違いされるから!」と彼女が全力で断った結果無しになったのである。

 そしてマスターであるジュンはまるでモデルのようなオシャレなコートと帽子を被ってカッコよく決めている。



 ――自分だけズルい。



 ナギサはお買い上げした女学生服と白いワンピース。そして自分の分のセーラー服の情報が映し出されたデバイスの画面を見ながらそう思った。



(悪いことをした……とは言ったけど、ちゃっかり買ってる辺り女装にハマりかけてるわね)



 わたしは悪くなーい、とまた一人フランが呟いた。







「今日は写真と買い物ありがとうね!これで明日から忙しくなるわよー!」


「だといいんだけどね。……あ、そうだ。これわたしとジュンからのお礼」



 フランが1枚のカードを取り出し、ナギサに手渡した。

 ナギサがそのカードを手に取ると、光の粒子となってアクロスデバイスに吸い込まれる。そしてデバイスの画面上には『SR:ハラキリ・ビート』を入手しました。との表示が。



「この前手に入れたスキルカードなんだけど、わたしの趣味じゃなくてね。あなた達にあげるわ」


「ありがとう!しかりハラキリか……。痛そうであんまり使わせたくないな」




 SR:ハラキリ・ビート

 チャージ時間:中

 分類:特殊/刀剣限定

 ・自身の腹部を剣で貫き、生命力を刃に宿す。この時自身のHPを任意の数値削り(最小で現在のHPの10%)、その分だけ攻撃力を上げる。

 装備時、HPが半分以下の状態で敵の攻撃によってHPが0になった場合、このカードと他のスキルカードをランダムで1枚使用不可にすることで、HP1で復活する。

(使用不能になったスキルカードの装備時効果は無効となる。バトルフィールド、ミッションフィールド外での戦闘の場合は一定時間使用不可となる)




 自分のHPを削った分攻撃力を上げるスキルらしいが、そのために腹部を剣で貫くという発動条件が非常に痛そうだ。

 装備時に発揮される復活効果は頼りになりそうだが、使用不能にするスキルを自分で選べないのが悩ましい。使いこなすのは難しそうだ。



「ナギサ君は私達ドウルのダメージなんて気にしないで使ってください。ナギサ君に腹を切れと言われたら切りますよ私は」


「お、重い……。もっと自分は大切にしようよ」


「ふふっ、相変わらず仲良しね」



 ジュンがナギサ達を見て小さく微笑む。



「そうだ、ワタシ達もリアルで忙しかったりバトルやミッションで遊んでる時があるから衣服の作成に使う素材集めを手伝ってもらうことがあるかもしれないわ。その時はクエストに内容を張り出しておくから、もし都合が合えばよろしくね?

とはいってもナギサ君を指名するわけじゃないけれど」


「クエスト?」



 聞き慣れない単語にナギサが聞き返す。ミッションとは違うのだろうか。



「デバイスに“クエスト”ってメニューがあるわ。そこではワタシのようなプレイヤーからアリュビオンに住むNPDが様々な依頼を出してる。それを解決すれば報酬が手に入るのよ。……もしかしてアクロスデバイスの機能あんまり確認してない?」


「あはは……、その通りです」


「ナギサ君、ゲームの説明書とかあんまり読まないタイプですから」


「何故それを知って……あ、そうか。僕の記憶持ってるんだもんな」



 ドウルバトルにミッション、更にクエスト。

 ANOには遊べる要素が沢山あるようだ。そしてドウルとの交流の機会も。


 まだゲームを始めたばかりだ。ゆっくりワチャワチャ楽しんでいこう。そして……出来るなら上を目指そう。

 ナギサはソウハの顔を見る。どうしました?とソウハが聞いたので「なんでもないよ」と返した。



「この世界を満喫するためにも君と一緒に頑張らないとねって思っただけ」


「なるほど。私も同じ気持ちです。お互いに、ふぁいと、おー」


「おー」



 ソウハが軽く拳を天に突き上げたのでナギサも同じく腕を伸ばした。


 ――ナギサ君!ふぁいと……おー!


 また頭の中にノイズが走った。快活な少女の声だ。

 その正体はまだよく分からないが、自分と親しい誰かの言葉だ。悪い気はしない。


 さぁ、これからもワチャワチャ楽しんでいこう。








  ◆








 ――何が“ふぁいと”よ!私のことなんて何も知らないくせに、適当なこと言わないで!


 ――正直、迷惑なのよ。君が……!!ナギサ君の存在が……!!




「――――ハッ!?」




 その日の夜のことだった。ナギサは深夜に目を覚ました。枕もとのデジタル時計は午前の2時過ぎを示している。


 悪い夢を見た気がする。幼い自分を責める誰かの姿だけはハッキリと思い出せた。

 相手も自分も泣いていた。自分は責められたことで泣いたのか、相手の姿を見て泣いたのかどうかは分からないが。

 その声と姿は……自分を励ますあの少女に似ていた。



「誰なんだ……。あの子は……」



 真剣に思い出そうとしたが、再び睡魔が襲ってきてナギサは布団を抱いて目を瞑った。

 たまたま悪い夢を見ただけだ。自分の記憶の中の少女と夢の中の少女が同一人物というわけではあるまい。

 軽く考えてからナギサの意識は闇に堕ちていった。



 ――そうやって、また忘れようとするんだ?



 自分の知らない自分の声が頭に響いた。

 気がした。


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