転移者はクラスをすでに掌握している。
急に思いついた話です。
オチなどについては保証しません。
――い、いったい何がどうなっている?
目の前で繰り広げられる光景を見るなり、私は困惑した。
神々と精霊に愛されし世界『レ=デール』。
私がいるこの世界は、神々による創世の時代より何度となく……世界の外側から襲来せし侵略者による侵略行為を受けている。
この世界の住民によって、悪魔や魔人、異次元人、外法者などの様々な名をつけられた侵略者共は、常に神々の寵愛を受けた我々を……そしてこの世界を穢そうと襲来する。
理由は分からない。
もしかすると彼らは、清き存在を穢す事を悦びとする、きわめて特殊な精神構造をしているのかもしれないが……何にせよ、神々の寵愛を受けし、誇り高き聖騎士の一人である私には理解できない趣味嗜好だ。
いや、そんな事よりも目の前の事の方が……私は理解に苦しむ。
私の前には、そんな彼らと戦う者達がいる。
神々が、もしもという時のため、我々人類へと託された【異世界召喚魔術】――侵略者が存在する世界とは別の世界より、彼らに対抗できうる存在を召喚するための大魔術により召喚された、三十六名の勇者様――。
「かーえーれッ! かーえーれッ!」
「かーえーれッ! かーえーれッ!」
『かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえーれッ! かーえ――』
――勇、者さ、ま……?
…………と呼んで、いいのだろうか?
な、なぜ彼らは……周囲に張った結界をぶち抜いて急襲してきた中級悪魔を相手に……帰れ帰れと同じ事を言い続けているのだッ!?
な、なんだか急襲してきた中級悪魔が……今にもその、充血しているかのように赤い両目から涙を流しそうなほど、悲しげな顔をしているぞ!? というか、なんだか体の方もプルプルと、悪い事をして叱られてる子供のように、かすかに震えているような気さえするぞッ!?
もはやここまでくると、敵対心云々以前に……可哀想になってくるッ!! いやそれ以前に小動物のように体をプルプル震わせて可愛くさえ思えてくるぞッ!!?
「ルーシィ副隊長……わ、私の耳がおかしくなったのでありましょうか?」
とその時だった。
私の部下であり、同じ女性であるレニーが、私にだけ聞こえる声でおそるおそる訊ねてきた。
「わ、私には……勇者のみなさまが悪魔に向かって『帰れ帰れ』と言っているように聞こえるのでありますが」
「…………お前もか?」
どうやら私の耳がおかしくなったワケでも、彼ら勇者に、神々が付与された翻訳魔術が、なんらかの誤作動を起こしているワケでもないらしい。
なら、何なのだこの状況は。
何なのだ、この……あまりにも……前回の【異世界召喚魔術】執行の時は絶対になかった不可解な状況はッ!?
とその時だった。
彼ら勇者がこの世界に召喚されてきた時の事が……私の脳裏に甦る。
そして私は、気づいた。
そもそも、彼らは……召喚されてきた時からおかしかったと。
※
数日前。
「頼む、勇者達よ」
この国を今もかろうじて動かされている我らの王が、目の前の床に描かれた【異世界召喚魔術】用の魔法円の上に立つ少年達に頭を下げ、声をかけた。
「この世界を……どうか救ってくれ」
そこは、今にも倒壊しそうなほどのひび割れが起きている……大聖堂。
数百年前に建てられ、そして現在は我がメルクト王国の奇蹟遺産の一つとなっている……一番最初に【異世界召喚魔術】が執り行われた絶対の聖域だ。
初代勇者の持っていた膨大な魔力の影響か、手入れなどを一切せずとも、まるで時間が停止しているかのように、当時の状態を維持し続けるハズのその聖域は、今や【異世界召喚魔術】発動のために魔力をごっそりと削られ、少しずつ時間の強制力に囚われ……劣化を始めていた。
本来であれば【異世界召喚魔術】は、王城で執り行われるハズだった。
いつでも【異世界召喚魔術】を執り行えるよう、王城はいついかなる時も、常に魔力に満ちた空間になるよう、長い年月をかけて魔術的に改良されていたからだ。
だが上級悪魔の大軍勢による大規模な急襲――王城にかけられた魔術への攻撃によって、王城における【異世界召喚魔術】は失敗に終わった。
そしてそのまま、私達は悪魔達に皆殺しにされる……と思ったその時だった。
王城勤めの私の仲間の聖騎士達がとっさに、脱出のための時間を稼いでくれて。
おかげで、我らの王や王妃様や神官様、さらにはその護衛として彼らに同行する事になった、私やレニーを始めとする聖騎士は、奇跡的に、五体満足で、王城からの脱出に成功した。
希望は、繋がったのだ。
それから私達は、時間を稼いでくれた仲間達の思いに応えるためにも……王城と同じくらい魔力に満ちた場所を探し求め……最終的に初代勇者が召喚された大聖堂へと辿り着いたのだ。
そして召喚された勇者様は、彼らの世界で言うところの『こうこうせい』という身分の集まり『くらすめいと』なる少年少女だった。
彼らは召喚後、わざわざ頭をお下げになった我らの王の言葉を静かに、かつ真剣に聞き、そしてこの世界を救ってみせると約束してくれた……のだが。
――その時点でおかしい。
私が勇者様達の立場であれば、まずはいきなり召喚した事を詫びろと怒る。
だが勇者様達は、私達に対して敵対心を抱いていないどころか、まるで話を聞くのが当たり前だと言わんばかりに真剣に、誰もが何の迷いもなく聞いていた――。
――いや、ちょっと待て?
その中に一人だけ、気だるそうな顔をした勇者様がいたような……?
※
そして現在。
哀れにも勇者様達に『帰れ帰れ』と言われ続けた悪魔は「うわぁ~~~~ん!! ママに言いつけちゃるけんのぉ~~!!」などと、どこの方言だと言いたいくらいヘンテコな捨て台詞を吐きながら退散した。
「みんな! 俺達の絆の勝利だ!」
勇者様達のまとめ役である『がっきゅういいん』ことタケオ殿が、右手の拳を天に突き上げそんな事を叫ぶが……どこが絆ッ!?
キズナというか悪魔の心にいろいろキズなどをつけたような気がするがッ!?
「と、とりあえずは……悪魔を退散させる事ができてよかった……ですよね?」
レニーが、おそるおそる私に訊いてくる。
私も正直、このような勝利があっていいのか疑問に思うが……。
「まぁ、よかった」
とりあえず同意(?)した。
まぁよく考えれば、彼らは異世界の存在だ。
我々の予想の斜め上をいく戦略なども知っているかもしれない。
「……ああもぅ。面倒だな」
するとその時だった。
私の耳に、なんだか気だるさを感じさせる声が聞こえた。
勇者様達の歓声のせいで、ほとんど聞こえなかったが……【異世界召喚魔術】が成功した後に見た、気だるげな様子の勇者様を彷彿させる声だ。
そう思うと同時に、私はその勇者様を……思わず捜していた。
まるで召喚した私達の言う通りに動く事が今の最善の行動だと心から信じているかのような他の勇者様とは違い、あの勇者様だけは……唯一まともに見えた。
そして、もしもその勇者様がまともであるならば……話をしてみたかった。
――いったいなぜ、あなた以外の勇者様は……召喚者である私達に、あそこまで従順なのだと。
いや、彼が知っているならば、だが…………見つけた。
『がっきゅういいん』をなぜか胴上げしている、勇者様の集団の一番外側にて、彼……確かマコト殿といったか。彼は勇者様達の輪の中には入らずに、気だるそうにため息をついていた。
とりあえず、彼が一人になるのを見計らって訊ねてみよう。
※
「マコト殿、少しお時間をいただいてもよろしいか?」
そして、その日の夜。
私は、一人で夜風に当たっているマコト殿を見つけて……ついに話しかけた。
「……はぁ。いいですけど」
先ほどまで簡易的な風呂に入っていたため、少し顔が火照っている彼は私を見るなり怪訝な顔をしたが……とりあえずは、会話を了承してくれた。
「単刀直入にお聞きしたい」
最初に見た時から思うが、彼はおそらく面倒臭がりなのだろう。
ならば彼を不快にさせないよう、私はできる限り直球に話を切り出そう。
「なぜ勇者様達は、一方的に、勝手な理由で召喚した私達に……積極的に協力してくださるのですか? まるでご都合主義な物語のように」
二代目勇者は、勇者様がいた世界における『をた』なる存在だったと、私の家には伝えられている。
そして彼は、その『をた』としての意見……というより暴言に近い数々を、私の先祖に言ったらしい。
曰く、は? なんで一方的に勝手な理由で召喚したアンタらの言う事をホイホイ聞かんといかんワケ? ご都合主義もいい加減にしなよ。そんなご都合主義な展開物語の中ならある程度通用するけど現実にそんなのあるワケないでしょ。それとも何なワケ? この世界が……なんらかのご都合主義な物語の世界だとでも言いたいワケ? だったら俺にも都合良くご都合主義な事が起こるワケ? チートスキルを持って無双していいワケ? ハーレム作っていいワケ?
……ご都合主義な物語が大嫌いな彼の言葉は、どれも一理あった。
しかしそれらの言葉を、当時の王などに直接聞かれるワケにはいかず……私の先祖が一人で、数々の暴言を引き受け、それとなく二代目勇者の扱いの変更を、当時の王へと、少しずつ進言したという。
だからだろうか。
私は、そして父も祖父も曾祖父も……我が家の、代々の当主は【異世界召喚】やそれを始めとするご都合主義に対する疑問を持っている。
かつて、私の先祖を胃潰瘍になるまで追い込んだ、二代目のような存在も勇者と呼ばねばならないのか、という疑問も、もちろんあるが、それ以上に、なぜ向こうの都合を考えずに勇者を召喚せねばならないのかと。そして、普通は私と同じ事を思うであろう今代の勇者様達が……なぜ素直に私達の言う事を聞くのかと。
「ああ。さすがに気づく人もいるか」
私の質問に対し、彼はあっさりと、そう返答した。
まるで、いずれはバレるのを知っていたかのように。
自分こそが、あの状況を生み出した張本人だと言いたげに。
「ッ!? い、いったいどういう事だマコト殿!?」
「どういう事も何も……う~ん……どこから話したらいいかなぁ?」
マコト殿は本気で悩む顔をした。
「まぁいいや。面倒臭いけど最初から話すよ」
けど悩む事を面倒臭く感じたのか……すぐにそう言った。
「実は僕は、中学の時イジメられていたんだ。ああ、中学っていうのは教育機関の一つで……とにかくそこで僕は、自分で言うのもなんだけど、別の小学校から入学した秀才くんを上回る学力を発揮しちゃって。それでイジメの標的にされたんだ。その秀才くんと仲の良いヤツが、中学には多くてね。一時期イジメがひどくなって家に引きこもったよ。するとその学内の唯一の味方で幼馴染でもあったタケオ……勇者達のリーダー格で、学級委員長のタケオね。タケオが僕の家に来て、謝ったんだよ。今までお前のイジメに気づかなくてゴメン……ってさ。僕は気にしていないのに、って言ったけど何度も何度も。するとその瞬間、僕は閃いた。そういえば、タケオはクラスじゃ……カリスマ的存在だよなって。でもって、そんな彼と協力をすれば……もしかすると、高校では普通に過ごせるかもしれないと。そしてその日から僕は人心掌握術の勉強を始めた。そういう系の本での勉強はもちろん、僕達の世界にかつて存在した強力なカリスマを持つ偉人の言動も細かく分析した。それを高校生活で活かすために。そして、僕の試みは見事に成功した。今や僕の所属するクラスは、タケオというカリスマを持つ存在の下、全員が平等だ。まさに、千年王国と呼んでもいい理想郷だ。いくら抜きん出た存在がいようとも誰もが気にせず、普通の高校生活を送れる環境を、僕は手に入れた。そしてそれを達成した後、このクラスの空気を他のクラス……それだけじゃなく学校全体……いや、もしかすると全世界にまで伝播させる事ができるのではないか。そうすれば、僕のような存在はこれから先、現れないのでは……そんな事まで思ったのに。よくもその野望の途中で異世界召喚してくれたなバカ野郎」
…………私は、彼の言っている事を理解できなかった。
いや、なんとなくだが理解はしているが……正直理解したくなかった。
彼は、自分がいる場所を、人物を……思い通りに動かせる陰の実力者なのだと。
味方になってくれればとても頼もしいかもしれないが……私は恐怖を覚える。
イジメを根絶するためだけに陰の実力者になった、この勇者の執念もそうだが、その彼によって現在支配されている『くらすめいと』達に。
いや先ほども思ったが味方になってくれれば、頼もしい事この上ないが……彼の思い通りに動く勇者様達が、もしも我がメルクト王国に反旗を翻したら……それは彼らが次の侵略者として立ちはだかる事を意味する。
というか今、彼は……異世界に召喚されて不機嫌になっている。
もしかすると、彼は今すぐ、自分の支配下にある勇者様達に。悪魔や魔人、外法者などと呼ばれる侵略者以上の能力を持つ彼らに。メルクト王国に反旗を翻せ、と命令を出しかねないのではないか?
そう思うと、私の背筋は……まるで氷に触れたかのような寒気を覚えた。
メルクト王国の命運は……今ここにいる私にかかっている。
その事を嫌でも自覚してしまい、全身から冷や汗が出てくる。
近くに私の仲間は……いない!?
気配を探ってみたが、この場どころか隣の部屋にもいない!?
みんな、他の勇者様の世話で忙しいのか……ん? 世話? そ、そうだ。まだ、マコト殿の機嫌を直す方法が一つだけ……たった一つだけ、この場でもできる方法があるッ! は、恥ずかしいが……メルクト王国のためであれば……し、仕方が、ないッ!!
「ま、マコト殿……」
私は、羞恥心と国家の存亡を頭の天秤にかけつつ……意を決して鎧を脱いだ!
「わ、私の事は自由にしていいですから……だから、我がメルクト王国には……」
そして次に、上着に手をかけようとした時だった。
「あ、ブッチャケそういうのはいいんで」
あろう事かマコト殿は、私の申し出を断った!?
よ、よかったよーな残念なような……というより屈辱だ!!
私は騎士だが女だぞ!? 殿方に好かれたい気持ちはちゃんとあるぞ!?
「僕が女性とそんな関係になるために人心掌握術を会得したとでも? 失敬な」
……え? ま、まさかマコト殿……他の勇者様を操る、という極悪非道な行為をしているから悪い人かと思ったが、思ったよりもイイ人なのか?
「僕が欲しいのは、洗脳や強迫による……嫌々ヤりましたな気持ちじゃないんだ。だから女性と、そ、そういう事をするのは……自然に互いに、恋心が芽生えてからがいい」
マコト殿はそう言いながら、夜風によって冷えてすでに赤みが消えたハズの顔を再び赤くさせた。
…………って、まさかの恋愛観!!
極悪非道な事をしているクセに、何だその純粋な気持ちは!?
しかも顔を赤くして……ちょっと可愛いと思ってしまったではないか。極悪非道な事をしているクセに。
「まぁ、なんというか」
マコト殿は、顔を赤くしながら再び口を開いた。
「元の世界に帰るためにも、とりあえず、この国に協力はするよ。国が僕達を……裏切らない限りはね」
赤くしながら、なんて怖い事を言うんだこの勇者様は。
いや、彼の言う事はごもっともだが……顔を赤くしながら言う事か?
それともなんだ? 自分の恋愛観を話して恥ずかしがってるのかこの勇者様は。
「お~いマコト! もう就寝時間なのに何やって………………ッ!?!?!?」
するとその時だった。
『がっきゅういいん』の勇者タケオ殿が声をかけてきたのは……ってタケオ殿? なぜその場で固まっているのですか?
「あ、あー……お、お邪魔しました~」
それどころか、なぜ回れ右して…………あ゛ッ!!
鎧脱いで、上着に手をかけたまんまだった!?
「ち、違ッ!! 待てタケオ!!」
「た、タケオ殿!? ち、違います誤解です!!」
私とマコト殿は慌ててタケオ殿を追った。
とりあえず……今のところ恋愛に対して純粋なマコト殿ならば、おいそれと反乱しないかもしれないな、なんて思いながら。