カフェ・ルミエールの新メニュー(3)
由紀の顔は「史君は?」と聞かれた途端、真っ赤である。
しかし、この赤い顔は、どちらかと言えば由紀の「お怒り顔」である。
ただ、由紀の「お怒り顔」は、洋子にとって、すごく可愛い。
ついつい笑い出しそうになるけれど、洋子は懸命にこらえる。
「ほら!また私の顔みて笑いそうだし!」
「でも、聞きたいんでしょ?教えてあげる」
「あの、アホの史でしょ?」
由紀は、話始めると止まらない。
まあ、笑いをこらえるのに必死な洋子にとっては、それがラッキーなのだけど。
「あのアホの史もね、嫌々ながらだと思うけど」
「アホの母美智子に強制試食させられてね」
「まあ、私なんてもんじゃないんです、その試食の態度が!」
由紀は、本当に怒り出した。
「史は、一口食べては・・・」
「味のバランスのカケラもない」
「酸味と甘味の調合が品がない」
「香料がキツすぎ、あるいはピントがボケすぎ」
「小麦粉のこね方が甘い、雑」
「餡は、木村親方のほうが、美味しい」
「タルトに合わせるのなら、もう少し工夫が必要」
「もうね、数限りない文句の雨あられ!なんです」
「だいたいね、軟弱な史の分際で、おこがましいって思うんです」
由紀は、ここまで話して、ようやく一息。
洋子は、少し気になった。
「あの美智子さんの試作に、それほど意見が出来るのか」
そして、由紀に聞いてみる。
「その史君の意見に、美智子さんは怒らないの?」
すると由紀は、難しい顔になる。
「それがねえ・・・洋子さん」
「聞いてくださいよ」
「あの美智子さんね、史が子供の頃から、食べ物の意見だけは、史の意見を尊重するんです」
「今回の意見も、全部フンフンと頷いてメモして」
「最後に、史にありがとうまで言うんです」
「ねえ、私の意見なんて、ほとんど聞かないんです、それも子供の頃からだもん」
由紀は、今度はちょっと泣き顔になった。
「そうか、時間がかかったけれど、これが今日の由紀ちゃんが来た理由か・・・」
ようやく、洋子は組んだ腕を解いた。
そして、涙ぐむ由紀を見ることもなく、誰かに電話をかけている。




