史の初リサイタル(5)
史の初リサイタル第二部は、モーツァルトのピアノソナタ第16番と第17番の連続演奏。
大きな拍手を受けてステージ中央に進み、史はピアノを弾きだした。
その弾き始めから、聴衆の顔がなごんだ。
バッハの緊張感とは異なる、艶やかなモーツァルトの世界が奏でられていく。
内田先生が隣に座った岡村先生の脇をつつく。
「バッハもすごかったけれど、この子は別格」
岡村先生も、うっとりと聞くばかり。
「まるで天国で天使が弾いているような感じだね」
楽団指揮者の榊原氏も、頷く。
「音楽の心を知っているんだ、歌うように弾いている、譜面だけで弾いているんじゃない、とにかく素晴らしいモーツァルトだよ」
ルクレツィア女史は、夢見るような顔で史を見る。
「いいなあ、史君、どんどんヨーロッパツアーさせたい」
「このリサイタルが終わったら、話を進める」
オーストリア大使館員は感心しきり。
「間違いなく本物、内田先生の言う通り」
「ウィーンの音大で勉強させたいなあ、すぐに先生もファンもつく」
「音も美しい、音楽も美しい、美少年、人気が出ないわけがない」
舞台裏では、母美智子が複雑な表情。
「一年生の時から新聞部で、私もそれを認めてしまった」
「当時の音楽部とトラブルになって、音楽部入部そのものを希望しなかったこともあるけれど」
「音楽みたいな派手な世界には、本当は進めたくなかった」
「史は、身体も丈夫なタイプではない」
由紀は、まだドキドキがおさまらない。
「ここまでくれば、今日のリサイタルは全く問題が無いけれど」
「その後、いろんな人に囲まれるだろうし」
「そこで右往左往するのかな、史の場合」
「それで、ヨーロッパ旅行の前に、大旦那のお屋敷に引っ越し」
「演奏が終わって欲しくない、そうすれば史がいなくなることがない」
いろいろと、無理筋なことまで考えたりもする。
鷹司京子と京極華蓮は、そんな母と姉の気持ちなどお見通し。
鷹司京子
「心配なんだろうね、母と姉にとっては」
京極華蓮
「しかたないよ、わかる気もする」
鷹司京子
「史君のペースに合わせて、ゆっくり着実に進めるかな」
京極華蓮
「うん、演奏が始まれば、誰もが納得する実力、誰もが聴きたくなる音楽ができるんだから、心配はないよ」
モーツァルトを弾き続ける史の周囲では、様々な想いが渦巻いている。




