史の初リサイタル(1)
史の初リサイタル当日となった。
史が部屋で出かける準備をしていると、由紀がドアをノックする。
「もう京子ちゃんが来たよ、さっさとしなさい」
史は、「こんな日まで命令口調?」と思うけれど、こんな言葉を聞くのも、ほぼ今日まで。
リサイタル終了後は、大旦那のお屋敷に引っ越すことになるので、言い返すこともない。
史が、部屋を出て、一階のリビングにおりると、確かに京子と母美智子が、お茶を飲んでいる。
史は京子に頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします」
京子は、柔らかな笑顔。
「うん、いつも通りでね」
少なくとも、由紀よりは、史の心を落ち着かせる。
美智子も余分なことは言わない。
「私も家の事を済ませたら、ホールに向かうよ」
「史は、そろそろ練習?」
史は、「うん」と言う程度。
やはり、初リサイタル当日の朝、何かしらのプレッシャーを感じているようだ。
玄関のチャイムが鳴った。
すぐにインタフォンから「里奈です」と言う声。
史は、小走りに玄関を開ける。
史
「ありがとう、里奈ちゃん」
里奈は恥ずかしそうな顔。
「家でじっとしていられなかったんで、来ちゃった」
里奈がリビングに入ると美智子。
「里奈ちゃん、ありがとう」
「史をお願いね」
里奈はうれしそうな顔。
「はい!わかりました」
京子は目を細めて里奈を見ている。
またチャイムが鳴った。
そしてインタフォンから「加奈子です」。
史が玄関まで出ていくと、里奈もついてくる。
里奈はクスクス。
「昨日の夜ね、加奈子ちゃんと長電話したの、2時間ぐらい」
史が、驚きながら玄関を開けると、加奈子が笑顔。
「おはよう!史君」
「里奈ちゃん、昨日は楽しかったね!」
加奈子と里奈は、ハイタッチまでしている。
その後リビングで世間話をしてから、史、里奈、加奈子は京子の運転する車で、出発。
家に残った由紀は、また寂しい。
「史は、何か、別の世界の人になった」
「今日も主役は史」
「私も何かしてあげたいけれど、つい文句言っちゃうしなあ」
由紀が部屋でウジウジしていると、母美智子からお叱りのコール。
「由紀、掃除機ぐらいはしなさい!」
「私一人にやらせる気?」
「今日は、親戚衆もたくさん来て、忙しいの」
「少なくとも、早めにホールに到着してお出迎えぐらいはしないと、お客さんじゃないんだから!」
由紀は、そこまで言われて、ようやく動きだす。
「うーん・・・正論だけどさ」
「寂しいってこと、わからないの?」
掃除機を手にしながら、由紀は涙ぐんでいる。




