清の懐石料理店開店に向けて(3)
史は、清と約束の土曜日午前9時に、清の待つ開店前の懐石料理店に出向いた。
史が
「おはようございます」
と入っていくと、清がキビキビとした動きで、出て来て、
「ありがとうございます、申し訳ございません」
と、頭を下げる。
史は、恐縮気味。
「清さんに頭を下げられると、恥ずかしいです」
清は首を横に振る。
「いえいえ、史坊ちゃまの意見が、すごく助かるんです」
「それに、感性が別格と思うのです」
史がテーブル席に座ると、清は早速、抹茶と梅の形の生菓子を出してくる。
史は一目見て、うれしそうな顔。
「さすが清さんですね、この時期に白梅の形の生菓子」
「抹茶も香りが素晴らしい」
清も一口、抹茶を口に含み
「これは静岡からです、馴染みの茶農家から」
史は、白梅の生菓子を一口食べて
「これは清さんが作ったの?」
「うん、清さんの味がする、こっちの関東の味とは違う」
「でも、このほうが好き、実はね」
清は、頷いて、史の顔を見た。
「それでね、史坊ちゃまに、相談したいのは」
史も清の顔を見る。
清は真顔。
「この店で流すBGMなんです」
「史坊ちゃまの感性を参考にさせていただきたくて」
史は、少し考えた。
「うーん・・・懐石料理店なので、どちらかと言えば、静かな音楽」
「でも、暗い曲は聞きたくないかなあ」
「パーカッションの音が響き過ぎた音楽は、よくない」
清は、フンフンと頷いている。
史は、また考えて
「音楽ではなくて、自然音を録音したのもいいかも」
「海の音、川の音、小鳥の声とか」
「それに、静かな曲が流れているとか」
「とにかく音楽が主体ではなくて、料理が主体」
「料理を壊さない音楽というかBGM」
清は、史の言葉一つ一つをメモしている。
清
「音楽配信サイトを契約しましたので、それを使います」
「静かなジャズも考えていました」
史は頷いた。
「そうですね、それもあります」
「音量に注意して、会話の邪魔にならない程度に」
「それと、お昼と夜で、流すBGMも変えるとか」
「他には、季節や天候で変える」
「料理の内容で変える」
「いろんな方法があると思うんです」
清
「そうですね、食べている時の雰囲気まで含めて、料理を楽しむ」
史
「それと、懐石なので、清さんは問題ないけれど、料理を運ぶ人の香水とか」
「店全体のフレグランスも控えめがいいかなと」
清は、史の意図をすぐに理解した。
「そういえば、史坊ちゃまと由紀お嬢さんは、例の銀座のとんでもない懐石で、気分を害したのが、仲居さんの香水だったとか?」
史が頷くと、清はうれしそうな顔。
「史坊ちゃまが、一番話がしやすいんです」
「また、相談に乗ってください」
史は、恥ずかしそうな顔。
「僕は、懐石は清さんの味で育ってきたので・・・」
「でも、できる限り、がんばります」
清と史の会話は、ずっと続いている。




