困ったヴァイオリニスト 貴子(1)
史は、内田先生の呼び出しで、音大に出向いた。
その内田先生が呼び出す理由は、不思議なものだった。
「少し困った女の子がいてね、史君に何とかして欲しいの」
「貴子って女の子でヴァイオリンなんだけど」
史は、首を傾げた。
「どういう風に困るのですか?」
「その貴子って人を何とかするのに、どうして僕が?」
内田先生は、詳しくは言わない。
「とにかく来てほしいの、一緒に演奏してみればわかるし、話をしてみればわかる、とにかくお願い、私たちも困っているの」
史としては、「とにかくお願い」とまで言われてしまえば、仕方がない。
「わかりました、出来る限りですが」
と、了承し、音大行きを受けたのである。
さて、その史が予定した時間より少し前、音大の内田先生のレッスン室に出向くと、内田先生とその「貴子」らしき女子大生が待っていた。
史が一見した限り、その「貴子」らしき女子大生は、特に変わった様子はない。
濃紺のジャケットと同じく濃紺のパンツ、そして純白のブラウスと真紅のリボン。
髪の毛はショートカットながらキチンと整えられ、顔もキチンとした美形。
内田先生が言う「私たちも困っている」という様子は、感じない。
史は、レッスン室の入り口で、いつものように
「史です、よろしくお願いします」
と、キチンと頭を下げた。
内田先生が、「貴子」を紹介する。
「史君、わざわざありがとう、この人が貴子さん」
「史君より一つ上になります」
と、貴子にも「自己紹介」を促す。
貴子も史に、少し頭を下げる。
「貴子です、よろしくお願いいたします」
言葉そのものはキチンとした感じ。
しかし、史はそこで違和感。
貴子の表情が、どことなく「上から目線」と感じるのである。
内田先生は、次の手順に進む。
「それでね、史君と貴子さんで、モーツァルトの室内楽をやって欲しいの」
「今から、楽譜を配るから」
と声をかけた時だった。
貴子の表情が、変わった。
「内田先生、その話の順番はおかしいと思うのです」
「私が、この大学の学生なんです」
「史君は、推薦入学が決定しているとはいえ、まだ、たかが高校生ではないですか」
「まずは、私の名前を先に言って、その次に史君の名前を言うべきなのでは?」
内田先生は「ヘキエキした」表情。
史は、「どうでもいいけれど、なんでそこまで?」の表情。




