カフェ・ルミエール文化講座開講記念講座(2)
受講生たちに困惑が広がる中、晃は講義を続ける。
「その中で、注意すべきこととして、原本と異なる異本とは何かということになります」
「そもそも、テクストははじめは単一、同時に複数の本文が出来る理由はありません」
「しかし、その中で、何故、異本が発生してしまうのか、それを根本から考えないといけない」
晃は、ここで一旦、間を置く。
そして受講生たちの真剣な眼差しを受けて、講義を再開する。
「基本的に考えないといけないのは、源氏物語が出来た当時は、今のような印刷技術などは無かったということ」
「となると、どうなるのでしょうか」
「当然、手書きの書写になるのです」
受講生たちの中には、頷く者も出て来ている。
晃はますます講義を進める。
「それを考えれば、やがてはいずれ、書写をする人により、異本が生じてしまうのです、ましてや原本を一字一句変えてはならないかの決まりはありません」
「著作権などの発想もない時代なのです」
「現代の源氏物語読者の中には、各出版社から活字化されている源氏物語の全てを、原作者紫式部が書いたそのままと思い込んでいる向きがあるようですが、それは全く異なります」
「そもそも、源氏物語の写本は、現在判明しているだけで、150種から200種あります」
「その中から、かの藤原定家本や明融本、大島本などから撰取して、一般読者にも読みうるテキストを提供しているに過ぎないのです」
「また、そのテキストの中で、校注者それぞれの判断で、写本の文字列に句読点、濁点を付し、鍵括弧を付し、漢字まであてて、改行をほどこし、仮名遣いを変え、誤字を訂正する」
「そこまでやってはじめて、一般読者でも読みうる活字本ができあがるのです」
晃の講義は続いていく。
さて、ステージ袖口で聞いている大旦那は、
「まあ、それが事実なんだ」
「学問の深さかな」
と、腕を組んでいる。
史は、また違う観点。
「僕は父さんから聞いていたけれど、聴講生さんたちには初耳かな」
「そういう別の角度からの源氏の研究も深みがある」
「ただ単純にストーリーを追うだけでは、浅くなると思う」
華蓮はため息をついた。
「すっごいなあ、晃さん、あんな難しい話をして、最初は全員困惑していたけれど、今は聴き入るのみ、ますます細かい話になっているのに」
道彦も感心しきり。
「こういう話は、まず聞けない」
「知恵の国のを叩くというか、ガツンと一発やられたって話」
「聴講生たちの目が、ランランと輝いているもの」
晃の記念講座は、聴講生たちの学習意欲を盛り立てる効果を発揮しているようだ。




