マスターとルクレツィア(4)
ルクレツィアは、四杯目のワインを注文。
そして、一口、ゴクリと飲み込んで話しはじめた。
「ロレンツォを中心とするフィレンツェのメディチ家としては、陰謀の発端のパッツィ家に、徹底的に報復をした」
「パッツィ本家の当主は絞首刑、他の一族もほとんど投獄」
「11世紀以来の名門パッツィ家は断絶、その紋章も全ての館から抹消、事件後一か月間に、逮捕や死刑に処せられた陰謀関係者が約100人」
ルクレツィアは、いつの間にか周囲に集まって来た客に軽く頭を下げ、話を続けた。
「ただ、この報復が陰謀の陰の主役の教皇シクストゥス四世を激怒させ、結果としてロレンツォとフィレンツェ政庁全体が破門、そのうえフィレンツェに宣戦布告」
「教皇国ローマの同盟国ナポリも、これに同調、ナポリ王フェランテの息子カラブリアがフィレンツェ領内に侵攻」
「教皇はフィレンツェ軍と密接な協力関係を保ってきた傭兵隊長も自分たち側に抱き込み、またシェナなどの同盟国を増やす」
「さて、ロレンツォを中心としたフィレンツェは、これに徹底抗戦」
「隣国ミラノやフランス国王ルイ11世をはじめとして全てのヨーロッパの王侯や皇帝に教皇の不当性を訴える外交戦略を実施する」
「ただ、問題なのは、戦争状態が長く続き、膨大な戦費もあり市民の間には重税感と戦争継続への不満が拡大した」
「そして、とうとう、ロレンツォは窮地に追い込まれてしまった」
ルクレツィアはここまで話して、また赤ワインを一口。
マスターが、そんなルクレツィアに
「ここからが、ロレンツォの真骨頂ですね」
と促すと、ルクレツィアは真顔で頷く。
そして、話を続けた。
「ロレンツォが、そこで取った手は、誰も予想がつかなかった」
「なんと事態を打開するために、自分から敵国ナポリに直接交渉に出向いたの」
「フランス国王ルイ11世とかにも仲介を依頼して、下交渉も済ませて」
「二隻のガレー船に乗り込み、29歳のフィレンツェ特使としてね」
「しかも、フィレンツェ政庁には『この私こそが敵の主眼とする人物、それだからこの私を敵の手に委ねる』と手紙を書いてね」
「まあ、悲壮な決意、この手紙を読めば、泣く人もあったでしょう」
ルクレツィアは、またワインを一口飲んで、話を続けた。
「そのロレンツォがナポリに滞在したのは、約二か月半」
「ナポリのフェランテ王も、フランスの圧力もあるけれど、表向きは歓迎」
「王と狩猟とか鷹狩りとか宴会を楽しんだり、用意してきた大金でガレー船の囚人100人を解放したり、気前よくふるまった」
「フェランテ王も、したたかな人だったけれど、ロレンツォも粘った」
「結局は、気宇の壮大さ、才気煥発、含蓄に含んだ判断で、ナポリ王を口説き落としてしまった」
「そして、これがフィレンツェを救うことになった」
「また教皇にとっては都合悪く、オスマン・トルコがナポリ領のオトラントを占領するという非常事態が発生してしまった」
「こうなると、イタリア諸国ならびにヨーロッパ全体の危機に発展する可能性がある」
「教皇としても、ここでフィレンツェを敵に回し続ける余裕などはない」
「ナポリ王が対トルコの共同戦線を主張して、教皇にも圧力をかけた」
「それもあって、教皇もフィレンツェと和解する以外には方法がなくなってしまったの」
ここまで話して、ルクレツィアは、少し休憩。
マスターが、一言。
「もし、ロレンツォがナポリに出向いて、ナポリ王との関係を修復しなかったら・・・」
ルクレツィアは、
「そうねえ、ヨーロッパ全体がどうなったことやら・・・」
集まった客たちには、ため息が広がっている。




