史の選曲
史は、少し悩んでいる。
それというのも、カフェ・ルミエール文化講座の開講記念パーティーでピアノ独奏で一曲と、大旦那にもマスターにも頼まれたため。
独奏ではないものでは、道彦と練習した「アランフェス」や楽団においては「美しき青きドナウ」の指揮が決定している。
さて、その中で史が悩むのは、自分の独奏の曲がまだ決まっていないこと。
「そろそろ決めて練習しないとなあ」
「バッハも定番すぎるな」
「モーツァルトでもいいけれど・・・」
「ベートーヴェンだと、パーティーには重いかも」
そんな状態で様々なことを考えてなかなか決まらない。
気晴らしに部屋を出ると、姉の由紀が「いつもの変な突っ込み」をされかねないし、外出でもしようとすると、まさに何を言ってくるかわからない。
「ほんと、早く大旦那の屋敷に住みたい」
「姉貴は、混乱要因でしかない」
「ちょっとしたことで、大騒ぎするし、うるさくて嫌」
そう思うけれど、由紀の文句を考えたところで、曲が決まるわけではない。
そして結局、ベッドに寝ころんで考えることにした。
「ふう・・・」
部屋の広めの窓から、夜空が見える。
「もう少しすると、中秋の名月って言うのかな」
「ちょうど、文化講座のはじまる頃」
「アランフェス・・・はスペイン」
「青きドナウは、ウィーン」
「ドイツはともかく、フランスがない」
史は、そこまで考えて、ベッドから出て、楽譜棚に。
「定番だけど・・・これにする」
その史が取り出したのは、ドビュッシーの「月の光」。
そして万が一と思って追加したのは、ショパンのノクターン第三番。
「どっちがメインでもいい、アンコールもどっちでもいいかな」
史としては、それ以上は考えない。
そして曲が決まったので、早速大旦那に電話。
「明日、お屋敷のグランドピアノを貸してください」
大旦那は、全く異存はないけれど、史に
「家の人にも秘密にするのか?」
と尋ねる。
史は、
「はい・・・ちょっと・・・いや大旦那に聞いてもらいたくて」
と言う返事。
ただ、史の本音は、家で弾くと、「姉貴に邪魔されるのが嫌」、それだけのことなのである。




